上がって下がって

田川侑

上がって下がって

近所の家の灯りが次第に消えていく中、私は夜食を買いに近くのコンビニに行くことにした。

 小腹が空き始めたと感じた時にふと見た料理番組が原因だったかもしれない。

 使い古したパーカーを羽織り、家鍵を持って玄関のドアノブに手をかける。

 住んでいるところが古びたマンションのせいか夜中に家を出るのは少し気が引けたが、夜食のことを思えば肝が小さい私でもなんとか家を出ることができた。

 

 外に出ると、夏の風が私の頬を撫でた。

 夜の夏は良い。

 昼間のあの地獄のような気温とは違い、夜はなんと過ごしやすいことか。

 暑くも寒くもなく非常に丁度いい気温を保っているし、近くには川が流れているため水が流れる音と相まって心地良さに拍車をかけた。

 

 いつもなら健康のためにと自分に言い聞かせては足早に階段で降りるのだが、今日は何となくエレベーターを使うことにした。

 下の矢印ボタンを押すと、矢印の上に映っている数字が変わり、耳障りな音とともにエレベーターが動き出した。

 数字が七のところで止まるとこれまた耳障りな音に合わせて扉が開き、中に入るや否や埃っぽい匂いに眉をひそめつつ私は一と書かれたボタンを無造作に押した。

 いつだったか管理人に尋ねたことがあるが、このエレベーターもマンションと同様に建てられた日から一度も修繕をしていないらしく、住人からは度々『エレベーターの音が不快だ』と不満の声が上がっているらしい。

 それに最近では誰も乗っていないはずのエレベーターが上に下にと勝手に動き出したなんて話もあるとかで、「いよいよこれは修繕をしないといけない」と管理人が住人と話しているところをよく聞いていた。

 あまり期待はしていないが、できることなら早く直してもらいたいものだ。


 エレベーターを降りて真っ直ぐコンビニまで向かう。

 と言っても、マンションから目と鼻の先にあるため一分ほどで到着した。

 自動ドアが開くと店内からよく耳にする音が流れた。

 店内を見渡すと二十代前半くらいの男が気怠そうに品出しをしているのが見える。

 片手に持ったカゴの中にお目当ての洋菓子を次々と入れていき、ついでに缶酎ハイも二つ。

 明日は休暇なので今日は映画でも観ながらお酒とおつまみで夜更かしコースだ。

 

 レジで会計を済ませ、ぎっしりと詰まったビニール袋を片手に帰ろうとしたその時、ふと背後から気配を感じた。

 気になり振り返るとさきほどまでレジ打ちをしていたはずの男がすぐ後ろに。

 いきなりのことで一瞬驚いたが、レジの方に視線を向け女性の店員に代わっているのを確認して納得した。

 目が合ってしまったこともあり小さくお辞儀をすると、相手も返してきた。

 男とはコンビニで別れると思ったが、どうやら彼も私と帰り道が同じらしく、あろうことか帰る家も一緒で同じマンションの住人だったことにはさすがに驚いた。

 これは何かの縁かと思い話しかけようとしたが彼はマンションに着くなりそそくさと階段を上がってしまった。

 彼の後から階段で上がるのはどこか気が引けたのでエレベーターを使って上がることに。

 ボタンを押し、自分の階に着くまでスマホをいじりながら待つこと数秒……。

 

 ふと、違和感を感じた。

 スマホから視線を少し上に向けると、止まるはずの階層を過ぎていたのだ。

 押し違いかと思い、番号を確認するが押したはずのボタンの明かりは消えている上に、どの階層のボタンにも明かりもついていなかった。


 私の脳裏に管理人と住人の会話が過った。

 エレベーターは最上階に到達すると、扉が開くことなくまた一階へ下がり始めた。

 焦った私は自分の部屋がある階層のボタンを何度も押す。

 だが、一向に明かりがつく気配がない。それどころかエレベーターの速度が上がっていき、耳を塞ぎたくなるような鋭い音が外の方から聞こえてくる。

 糸が切れたような嫌な音とともに一瞬足が浮いたのを感じた。

 


 やばい、そう思った瞬間ーー。



 飛び上がるように目が覚めた。

 数秒何が起きたのか思考を巡らせ、おでこから落ちた冷えピタシートを見て理解した。

 枕元にあった体温計で体温を測ると、すっかり熱は下がっており、閉め切ったカーテンの隙間から日光が顔を覗かせていた。


 二連休の初日、朝から無駄に疲れを感じながら私の休日が始まった。


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上がって下がって 田川侑 @tagawa_yu

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