一家にひとつ推しの声  2人/3人台本

サイ

第1話

男:「今日はみんな見にきてくれてありがとうね。じゃあ、お疲れ様。」


男は配信終了ボタンを押し、ふうと息を吐いた。


男:疲れた…エゴサでもするか。


男はスマホに指を走らせる。


ファン:「やっぱツッキーの声癒される…神…!」


ファン:「寝ながら聞こうと思ってたのに、聞き惚れちゃってとうとう最後まで聞いちゃった!ツッキーの声まじイケボ!」


ファン:「コメント読んでもらえた!嬉しすぎてどうにかなりそう…ツッキーのおかげで明日からまた頑張れるよ!」


男はスマホに笑みを向ける


男:今日もいい感じだな…まさか声だけでこんなに人気が出るとはね。


男:流行りのFPSゲームは軒並み下手で手も足も出なかったし、トークスキルも正直あんま自信ないけど…。


男:でもコメント読んでちょっと話すだけでみんなすごく喜んでくれるもんな…こりゃ天職だな。


いい気分でひたすらスワイプして反響を見ていると、一つのメッセージに目が止まった。


男:え、これって…


下田:「こんにちは。こちらは株式会社ウミベの下田と申します。」


下田:「ご相談させていただきたいことがあり、ご連絡させていただきました。」


下田:「連絡先をお伝えしたいので、お手数ですがDMを開放していただいてもよろいいでしょうか。」


男:ええっ…株式会社ウミベって…あの楽器を作ったり売ったりしていることで有名な?!


男:なんだろう…とりあえずDMで連絡先聞いてみるか…。


連絡先を交換すると、早速音声通話がかかってきた。


男:もしもし…


下田:お忙しいところ恐れ入ります、株式会社ウミベの下田と申します。今はお時間大丈夫ですか。


男:あ、はい。大丈夫です、いくらでも。


下田:ありがとうございます。今回はサツキ様にとあるお願いをしたくて連絡させていただきました。


男:お願い、ですか。


下田:はい。単刀直入に申し上げますと、サツキ様の声を用いて、サウンドロイドを制作したいと考えております。


男:サウンドロイド?!僕がですか?!


下田:左様でございます。誤解のないようにサウンドロイドについて軽くご説明させていただきますと、


下田:1人の人物の声をデータ化することで、任意の文章を読み上げたり、歌を歌ったりできるようになる、というものですね。


下田:サツキ様は我が社のサウンドロイドについてはご存知ですか?


男:ご存知も何も…動画サイトで活動していれば知らない人はいないくらいですよ!


下田:ありがとうございます。それで…どうでしょう、お受けいただけますか?


男:受けます!是非受けさせてください!


下田:わかりました。それでは詳細な日程は追ってご連絡させていただきます。


男:はい、ありがとうございます!


下田:こちらこそありがとうございます、それでは失礼します。


連絡がぷつりと切れた。


男:やばい…もう緊張してきた…俺の声のサウンドロイドってどんな感じになるんだろう…楽しみだな。



ー約1年後ー



男:とうとう俺のサウンドロイド、発売したな!実際に使ってみたけど、まんま俺がしゃべってるみたいで感動ものだな…


男:そうだ、みんなの感想も見てみるか。


男はSNSをチェックする。


ファン:ツッキーのサウンドロイド買った!あの声が家でいつでも聞けるなんて…ウミベさんまじ感謝。


ファン:はぁ…サウンドロイドになってもツッキーのイケボは健在だ…良すぎる…。


ファン:ツッキーが…私のために…私だけに話しかけてくれる…ここは天国か…?


男:みんな満足してくれているみたいでよかった!これで配信の方にももっと人が来てくれれば…!



ーその晩ー



男:「お待たせ、それじゃあ今日の配信始めようか!」


男:(…あれ?いつもよりリスナーが少ない…?)


男:「今日はみんな忙しくてもう寝ちゃったかな…?ゆっくり休んでね!」



ー1週間後ー



男:どうなってるんだ…?リスナーが増えるどころか減る一方だなんて…。


男:俺何かしたっけ…SNSで見てみるか…。


ファン:サツキロイドまじ神。これ本人いらないわ。


ファン:本人はあんま気の利いたこと言ってくれないし、トークもつまんないけど…サツキロイドは私だけにしゃべってくれるからイイ!


ファン:本人超えたなぁ、これは。もうわざわざ配信いかなくてもいいや。


男:えっ…みんなサウンドロイドごときに満足しちゃうのか?!絶対生の声のがいいに決まってるのに…!


ファン:本物とそっくりすぎて聞き分けできないね。ウミベさんすご。


男:聞き違うはずないだろ…?!こんないい声してるのに…


ファン:家中の家具をスマート化してサツキロイドにしゃべってもらうようにしちゃった!まるで一緒に住んでるみたい!


男:頼むよ…ボイスならいくらでも出すから…帰ってきてくれよ…!




そのとき、一つの投稿に目が止まる。




男:なんだ、これ…


ファン:「イケボ系配信者サツキの裏の顔暴露!やばいの聞いちゃった!!」


男:動画か…?裏の顔って…別にやましいことは何も…。


動画の再生ボタンを押す。イベントのときに販売した写真の画像が画面いっぱいに表示される。


男:「(サツキロイド)俺さぁ…女いるんだよね。…そう。もう別れようかなぁって思ってるけどね。」


男:「(サツキロイド)そいつと別れたら…付き合ってくれる?」


動画は暗転し、そこで終了する。


男:なんだよこれ…!サウンドロイドを使って作ったのか…?


男:気分悪いけど…こんなの誰も信じないだろ…さすがに…な?


震える手でコメント欄を開く。


ファン:「ツッキーはそんなこと言いません!今すぐ削除してください!」


ファン:「クオリティは高いけど…これはさすがにやりすぎでは」


男:そ、そうだよな?そうだよな?!


ファン:「うわー、でも言いかねないかも。」


ファン:「えっこれ本当に本人が言っていたんですか…?」


男:いやいや…ちょっと待ってくれ


ファン:「幻滅しました。」


ファン:「は?最低。イケボなら何言っても許されると思うなよ。」


男:俺じゃない!なんでわからないんだよ!どう聞いたって機械音声だろ…?!


慌てて配信開始ボタンを押した。





男:「みんな…きょうはみんなに伝えなきゃいけないことがあるんだ…。その…動画について。」


男:「みんな、サツキロイドで遊んでくれてありがとう。でも良くない遊びをしている人を見つけてしまって…。」


男:「俺はあんなこと言った覚えはないんだ。」


ファン:「言った覚えはない、って何…?忘れてるってこと…?」


ファン:「え、元カノさんかわいそすぎ。」


男:「ちがッ…!(咳払いして)…そうじゃないんだ。俺はそんなこと言ってないし、そもそも付き合ってもいない。」


ファン:「嘘乙」


ファン:「焦って火消ししようとしたってロクなことないのにね。」


男:「違う…違う…!!どうして誰も信じてくれないのさ!!」


ファン:「うわ、キレた。」


ファン:「怒鳴ってなんとかしようとするなんて…最低。」


配信は荒れまくり、大炎上のまま終わることになった。


男:どうして…どうしてこんなことに…俺が何したって言うんだよ…。



ーしばらくしてー


下田:はぁ…やっぱりツッキーの声は最高ね。


下田:私だけに、私のためだけにしゃべってくれるなんて…とろけそう…。


下田:…ツッキーは私だけを見てくれてたらいいのよ。他の女になんて構う必要ないんだから。ね?ツッキー?


男:「(サツキロイド)ずっと、きみのそばにいるよ。」




ー終ー

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