第2話

「あーダメダメダメダメ!それ捨てないで!使うやつ!要るやつ〜!」

「必要なメモ書きをこんなとこに放り投げておく先輩が悪いんですけど!?」


転部してから1週間後。私が文芸部員になってまず真っ先に取り掛かったのは部室の大掃除だった。長谷川先輩も初対面時に比べるとかなり人物像が見えてきたが、言ってしまえばこの先輩はビジュアルだけが満点で生活能力面はほぼ0点のとんだ問題児だったのだ。アップデートが止まりっぱなしの激重パソコン、床に投げ捨てられたスナック菓子のゴミ、提出期限を大幅に過ぎているであろう重要なプリントの山。途中で100点のテストを数枚見つけてしまいあっ頭もいいんだ……と若干打ちひしがれたものの、それにしても先輩は片付けというものを知らずに生きてきた世間知らずの王子様のような存在だった。このまま放置していたらそのうち部室にキノコとか生えかねない。それは流石に困る。


1週間懲りずに片付け続けた結果ようやく本来の床が見える段階まで辿り着いたのだが、先輩はどうも部室が整頓されていくのが気に食わなかったらしい。相変わらず自分は山積みの本に囲まれたまま、私の手によって処分されていくプリントの山を恨みがましげにじとーっと見つめている。


「1年かけて作り上げた俺の楽園が……」

「ゴミ屋敷の間違いじゃないんですか?」


私の散々な物言いに先輩はうわ酷いっ、と口を尖らせたものの、その仕草が妙にコミカルで思わず笑ってしまう。ある程度好き勝手に動いても黙認してくれる点に関しては先輩は寛大だったし、何よりこの明るくて気さくな人柄は私にとっては凄くありがたかった。まさか入部して1週間でここまで軽口を叩けるようになるとは、入った当初の私はこれっぽっちも想像していなかったから。


それに、黙々と掃除をしながらもう1つ気付いたことがあった。長谷川先輩はしょっちゅうくだらない話をしては勝手に笑い、新発売のスナック菓子をつまんではゴミをそのへんに放り投げ、それでも絶対にキーボードを打つ手は止まることがない。パソコンの画面を上から下へ塗りつぶしていく文字の羅列は、そこに宿る熱意は、きちんと本物だった。


「私だって早く書きたいんですから、先輩ももうちょっと協力してくださいよ。まずは部室にゴミ箱を置いてください」

「あっ、この部屋ってゴミ箱無いんだ!?」

「全部床に捨ててましたからね!!」


私が文芸部員として活動を始められる日は、どうやらもうしばらく後になりそうだ。

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タイトル未定 @newjoa1038

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