第4話 パン工房と縁日

お祭り騒ぎ、働く、パン工房


 今日はシノさんの勤めるパン工場に仕事に来ていた。この工場には5つのパン焼きがまがあり、順序よくパンを焼いていた。

 パン焼き窯5つでは工場とは呼べないか。パン工房というべきか。

 この工房のオーナーの話では、パン焼き窯の熱がどこからか逃げていて、味が変わってしまう。という漠然とした話を聞いた。

 熱が冷めるのが問題なのか。ボイラー技師の仕事とは若干異なるけど。しかし、新しい部署、開発部のリン先輩はこういうのも経験のうちだから、実物を見てこい、ということだったので、僕は断りきれずに、このパン工房に来た。

 熱が逃げるのは、果たして窯からなのか。それをまず調べなければならない。

 僕の案内にシノさんがついてくれることになった。僕は少し嬉しくなり、頑張ってシノさんに良いところを見せるぞ、などと行き込んでみたが、その直後、いや、仕事のできる男っていうところを見せなければ、とまとまりのない思考をしてしまった。

 僕は道具カバンから各種の計測器を出し--大半が小型ボイラー用だ--職人の動きを邪魔しないように、窯に温度計を差し込んだ。

 窯の温度は低くはない様だけど……なぜだろう、別の要因か?試しに熱量計も測って見たけれど、5つの釜どれもバラバラの数値を出すけれども、適正量に収まっている。

 窯が原因ではなく、別の要因があるのだろうか?試しに外気温と工房ないの気温を測ると、工房内の温度がこういう職場にしては低いのか。

 そこまで考えをまとめると、午後からどこから調べるか考えてみよう、と思っていた。

 パン工房だから普通にパンが美味しいのだろう、と思ってこちらでパンを買う予定だったから、弁当は持たずにここに来た。

 するとシノさんが現れ

「シブさん、お弁当を持ってきましたか?」

「いいえ。こちらのパンを楽しみにしていたものですから。こちらで買おうかと」

「それなら、私と一緒に並びましょう。従業員はパンは無料なのです」

と言われた。

 僕は従業員ではないので食べて良いのか、少し身構えていたのだけれど、シノさんの言うとおり、無事パンを手に入れることができた。

「シブさんは何を選んだのですか」

「ええと、あんぱんとアップルパイを」

僕は手のひらサイズのアップルパイとあんぱんを取り出した。

「あら、シブさんは粒あんを選んだのですね。粒あんお好きですか」

と訊かれた時、僕はドキッとした。僕はこし餡はすきだけれど、粒あんは苦手なのだ。粒の残っている豆が、甘い味付けされているのが、まず許せない。そんな気持ちがあるからか、粒あんは喉を通らないのだ。

「すみません、僕は粒あんは苦手なので、シノさん、食べてくれませんか」

「あら。粒あん苦手なのですね。では私のこし餡のあんぱんと交換しませんか」

「良いのですか」

「はい。私は粒あんもこし餡も好きですから」

「ありがとうございます」

パン工房のパンは美味だった。作りたてというのもあるかもしれない。

「今日の夕方から、この辺りで縁日が立ちますよ」

と言われた。僕はドギマギとしてしまった。これは僕から一緒に行こう、と言うべきなのだろうか。

 でも、シノさんはただの世間話をしただけかもしれないし。それに調べ終わったら会社にもどらなっければならない。止めるか。止める理由は幾つもある。

「僕、3時までこちらで仕事して、それから会社に戻ります。そしたらまたこちらに来るので、一緒に縁日に行きませんか」

「まあ。シブさんはお疲れではないですか」

「大丈夫です。5時にはこちらに伺います」

「はい。では待っていますね」

思いの外簡単に行ってしまった。

 よし、シノさんは僕とお祭りに行きたい。僕もシノさんとお祭りに行きたい。

 さて、これで3時までに原因を究明しなければならないことになった。

 僕は一休みしているパン職人に、話を聞いてみた。

「室内の気温が低いとパンを焼く時どうなりますか」

「そうだなぁ。パン種がうまく膨らまなくなるし、焼いた後、すぐ冷えると食感がざらっとして美味く無くなるんだ。それに温かいうちに買って貰えればお客も喜んでくれるだろ」

僕は確かにそのとおりだと思い、その職人にお礼を言った。

なるほど、さっきの社長は細かい話を省いたけれども、最初から職人に聞けばよかったんだ。

 僕は、先ほどこの窯を見せてもらった時に、ボイラーから熱を供給してもらっている窯であることを確認していた。

 ボイラーに原因があるかもしれない。僕はボイラー用の計測器を取り出し、ボイラーを調べてみた。結果はボイラーは正常だった。

おかしいな、と思いつつ、時間が迫っていることに気忙しくなってきた。

 と僕が見上げた場所に換気扇があった。それも新しい。

 僕は社長を捕まえ、

「あの換気扇はなんですか。いやに新しい様ですが」

「ああ、あれかね。あれはお上の言いつけでね、こういうパン工房では小麦粉とか使うだろ。それに火も使うし、小麦粉でいっぱいの部屋では爆発が起こるっていうんだ。それで取り付けたんだけどねぇ」

それだ!

 僕は遂に原因に辿り着けた。急いで会社に帰り、簡単な報告書にまとめ、リン先輩に押し付けると、またあのパン工房にトンボ帰りした。

 シノさんは、この辺りで待っているはずだけれども。と、辺りを見回すと私服姿のシノさんを見つけた。

「シノさん。すみません、遅れました」

「いいえ。それほど待ってはいませんよ。今日は珍しく残業があったものですから」

では行きましょう、とどちらともなく言い、縁日に向かった。

 今日は忙しかったけど、忙しい分だけ良い日になった、と思った。

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