お題貰って1時間で書く習作
かほん
第1話 東京発甲府行き
冬の東京駅。シブは4番線のプラットフォームに居る。まだ成長期のシブには行き交う大人たちに無視されがちになる。
と、背中を押され、鞄を蹴飛ばされたシブはホームに鞄の中身をぶちまける。中からは何本かの、材質のことなる20cm棒が何本か――真鍮だったり、木材だったり――が転がりでた。シブは慌てて棒をかき集める。
そのシブの様子を見かねたのか、一人の男が棒を拾ってシブに渡す。
「どうも」とシブ。
「気をつけていきな」と男から声をかけてもらい、汽車に急ぐ。
ボイラーを炊いている、今まさに出発せんとする列車を見つける。
急いで汽車に飛び乗り、予約していた席を探す。
席は有った――だが団体客が、シブの席に座っていた。
「そこ、僕の席なんですが」
そんなシブの声に鉱夫のような団体客は聞こえないかのように無視をする。
「すみません、あの」シフの声が客室内に響く。
「あぁ?なんだって」
「僕の席なんです」
「うるさい坊主だな。向こうへ行きな」
一人の男がシブを蹴飛ばす。蹴飛ばされたシブは強かに腰をうちつけ、痛みに顔をしかめた。
「こっちに来なさい」
シブは自分を助け起こしてくれた男を見た。先程シブの荷物を拾ってくれた男、だとおもう。
シブは男のいうこっち、に男の後ろからついて行く。
男に連れられていった席は4人掛けで、先客が一人いた。
後ろから見たら少女のよう。
「この席は私達が予約した席なので、他の誰も乗らないよ」
男はテランと名乗り、少女をシブに紹介した。
「彼女はシワというんだ。耳が聞こえなくてね、手話ができれば会話できるんだが。ああ、いいよ、大体の人は手話が出来ない」
シブは手話が出来ないことを、誠に申し訳なく、また残念に思う。
シワと名乗った(教えられた)少女は、白いヴィクトリア朝のドレスとみまごう、豪華で奢侈なものだ。ただ、汽車は煤煙を吹く。白いドレスに煤灰がかからなければいいのだけど。
「シブ、君が持っていた荷物だけど。あれは画材かね?」とテランが尋ねた。
シフはやや驚いて
「いいえ、あれは新しいボイラー用の材料なんです。その、家庭用の」と答えた。
「へーぇ、じゃぁシフ。君はアーキテクトなのかい?」
「いえ、アーキテクトでなくエンジニアです。まだ見習いですが」チラリチラリとシワの方を見てしまう。
「それで、将来有望なエンジニアのシフ君は、これから何処に行くんだい?」
「山梨の、甲府まで行きます。上級エンジニアの先輩が来るまでに、その、作業環境を整えるために、行きます」
「それは大変な仕事のようだね」
会話の折々でテランはシワに話している内容を手話で伝える。シワは、やはり手話でテランに相槌をうつ。
その相槌の幾ばくかは自分にも向けられている、とシフは思う。シフは自分の気の回らさにいつも苛立ちを感じていた。だから、シワから手話で話しかけられると、なんと返すべきなのか悩む。
それを眺めていたテランはシフに
「シワは時々、君が手話を話せない事を忘れるみたいだよ。だから気にしないでやってくれたまえ。それに彼女は読唇術が使える。たまに話しかけてやってくれると、私も嬉しい」
そう言ってテランは微笑む。
シワと少しお喋りを楽しむ。
話しかけてその答えから、こうではないか?と手話を繰り返す。シワは笑い声を立てないように笑った。
テランはその様子を見て、
「シフは手話を覚えるのが早いようだね。大したものだよ」
「いえ、そんなことは」
手話に疲れてくると、シフは、シワの姿を眺めていた。
汽車が甲府駅に着き、シフは降りる。窓ガラス越しに、シワに向かって
「サヨウナラ」
と話しかけた。
シワも微笑みながら
「サヨウナラ」
と返してくれた。
「コンニチハ。サヨウナラ」
はどれくらい時間が立っても忘れないだろうとシフは思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます