第2話 進歩党と言うのは


 シブは東京から群馬を回って新潟に向かう汽車に乗っていた。遠回りになるから、少し乗り継ぎが悪い。水上で1時間40分待たされる。その待ち時間に弁当を買って食べていよう、と思った。東京から高崎を経て、水上へゆく。汽車はC50型で、最新のボイラーを搭載していないため、足が遅い。

 うちの会社のボイラーを採用していてくれれば、と思う。もっとも汽車のような高機能で繊細なボイラーの設計などしたことはないだろうが、会社のアーキテクトは。

 高崎で降りて、上毛高原を通って水上へ着く。水上で弁当を買う。おむすび3つにおこうこう。日本に来た直後は、シブはこのおにぎりが苦手だった。正確にいえばおにぎりを巻いている海苔が苦手だった。初めて見た時は黒い紙が貼ってあるのかと思って剥き取ろうとしたものだった。

 今でも海苔がなければ良い食べ物なのにな、と思う。ダイコンのおおうこうはザワークラフトにちょっと似ていて余り違和感もなく食べられた。

 汽笛の音が鳴る。二重連結の汽車が高崎に戻るようだ。2台の機関車が黒い煤煙を吐く。その煤煙を避けるため、シブはおにぎりを懐に入れる。

 と、不用意に動いたものだから、シブの懐からおにぎりがこぼれ落ちた。咄嗟に手を伸ばしたが、ダメだった。もう食べられない。    

 シブは自分のうかつさに文句の一つも言いたくなった。

 懐を探ったが、此処であらためておにぎりを買うと、新潟に着いた時に食事代が心許ない。しかしラムネの一本くらいはいいんじゃないか?と思い直した。

 弁当売りからラムネを買う。一本3銭だが飲み終えた瓶を返したら1銭返ってくる。

 シブはそう考えてラムネを買った。蓋のビー玉を落としラムネを煽る。冷たいラムネが喉を過ぎてゆく。

 ラムネを飲み終わり、瓶を返そうとすると、駅舎の向こう側から馬車がやって来た。金蘭の馬車だったからかなり位の高い人か、金持ちなんだろうと思った。

 瓶を返して1銭貰い、馬車の方を見た。馬車から出て来たのは軍人のようで、カイゼル髭を生やしていた。逞しい男だな、と思った。

 だけど、熟練のボイラー技師だってそれ位の男もいるぞ。何しろ、ボイラーって重いから、筋肉がつくのだ。

 僕はまだ見習いのエンジニアみたいなものだから、まだ筋肉はついていないけど、と思い、いつか筋肉のついた自分の体を夢想した。

 そのカイゼル髭の軍人は、汽車に乗るらしく、立ったままプラットホームで待っていた。あの人、これから1時間も待つのを知らないのかな、教えてあげたほうが良いかな?と碌でもない親切心が湧いてきた。

「あの、軍人さん」

軍人と思しき男が不機嫌な目でシブの方を向いた。その睨め付けるような顔づらで見るものだから、シブは話しかけるんじゃなかった、と思った。

「なんだ、小僧」

「あの、この汽車はあと1時間以上待たないと来ませんよ。立っているのはつらくはありませんか」

と言った。

「ふむ。しかしな、軍人は立つのが基本だ。走る歩く立つ。これができなければ軍人ではない」

「少しだけ軍人をひっこめて此処で座ったらいかがですか。僕の座っていた所です。引っ込めた軍人の分は僕が立っています」

「ふむ。しかし君が大変ではないかね」

「これくらい仕事で慣れていますから」

シブは答えた。

「その代わり、軍人さん、話し相手になってください」

シブは軍人にそうお願いした。

 軍人の話を聞いた。シブの聞いた所によると、軍人は、アランと言い、帝都の民主進歩党という政党の軍人だと言う事だった。馬車から降りたのは馬車では三国峠を越えられないからだ。汽車なら越えられる。と軍人いった。シブは、汽車でも峠を越えるのはだいぶ無理をしないとダメだ、と思った。

 軍人はシブのことを聞き、ボイラーエンジニアの見習いだ、と言うとそれは大変立派な仕事で早く1人前になれるよう精進することだ、といった。民主進歩党というのは科学文明の進歩を尊び、その象徴として蒸気機関の事を特に押しているようだった。

 シブはトイレに立つと、若く、痩せた、猛禽類を思い出させる顔をした男が立っていた。

「君あの軍人さんと知り合いかね」

と聞いて来たので、シブは、いいえ、先ほど出会ったばかりです、と答えた。

男は「ふぅん」とシブに猜疑の目を向けたが、それ以上のことはしなかった。

 代わりに

「この紙をあの軍人さんに渡してくれないか」

シブは何となく嫌なことが起きそうで、その紙を受け取るのを躊躇ったが、1円貰い、渋々紙を渡しにいった。

軍人さんはその紙を見るなり、血相を変えて、サーベルを抜いた。

 そして男に切り掛かった。

だが、その男は懐からピストルをだし、軍人を撃った。3発命中し、軍人さんは倒れ、大量の血を流して死んだ。

「なんでこんなことを」

「この軍人は民主進歩党の軍人だと言ってなかったかい」

「そう言ってました」

「この男は民主進歩党から経理簿を盗んだのさ。内容は僕は知らされていないけどね、党には重要なものだったらしいよ」

「貴方は一体何者なんですか」

「僕かい、僕は探偵さ」

「でも貴方のやったことは暗殺です」

そうかもしれないね、僕は真実に背を向けたのかもしれない。

 そういって、軍人のアタッシュケースを拾うと、そのまま立ち去った。

 シブの心はやりきれない思いでいっぱいになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る