第2話 消えた探偵の傘
「この中に、犯人が居ますっ!!」
「居ねーよ」
ビシィッ! と虚空を指差している女探偵の頭を背後からぶっ叩く女ギャル。パチンッ! と結構いい音が探偵の頭から響く。
結構痛かったのか、探偵は頭を抱えて蹲っていたが、やがて涙目で振り返ってギャルを睨むと、
「痛いじゃないかっ! 何てことするんだっ!!」
探偵が抗議して来るが、ギャルはガン無視だ。
「人様に迷惑を掛けるんじゃない。見ろ。何事かと思って道行く通行人がみんな立ち止まってこっちを見てるじゃないか。ああ、すみませんね~。ちょっと、いや、大分頭のおかしい子の言うことなんで無視してくださいね~」
立ち止まった通行人たちに歩くよう促すギャル。探偵がコンビニを出るなり、急にさっきのように叫んだものだからコンビニ前を歩いていた人たちが皆一切に何事かとその歩みを止めたのである。
「人を頭のおかしい子扱いするなぁ~っ! 犯人が居るんだよぉ~っ!!」
「百歩譲ってコンビニ内に向かって言うならまだしも、コンビニの外に向かって『この中に犯人が居る』って叫ぶって何事だよ。何? 地球上のどこかに犯人が居るって言いたいの?」
地球のどこかでは事件が起こり、その犯人は地球上のどこかには居るだろうから、間違ってはいないのだろうが、何ともずいぶんと大雑把な推理である。
「ちょ、ちょっと言葉には綾があったかもしれないけど……」
おかしなことを言った、ということは自分でも自覚があるらしく、探偵は少し気まずそうな顔をしているが、
「でも事件は起きてるんだもんっ!」
「地球のどこかで?」
「違う! Now! Here! ここでっ!」
「よし、分かった、自首しろ」
「何で私が犯人なのさっ!? 探偵が事件起こしたら物語終わっちゃうじゃないかっ!!」
「名誉毀損で訴えられる前にもう終わりにしようぜ」
「ヤダっ!」
「ワガママな……」
ギャルが物憂げな顔を両手で覆って嘆いていると、
「っていうかホントに事件だもんっ! ホラっ! 私の傘が無いっ!!」
「傘ぁ~っ?」
言われて入り口近くの傘立てを見てみるギャル。
「……あるじゃん」
中に居る人の物か、もしくは雨が止んだので忘れて帰ったか、ビニール傘が数本刺さっている。
「ワ・タ・シ・のっ! 傘が無いのっ!!」
「ああ、そういう? 誰かが間違って持って帰ったんじゃねーの? 傘間違えるって、そりゃ褒められる行為じゃないかもしれないが、同じようなビニール傘が何本も刺さってたら間違っても仕方なくね? 事件なんてまたオーバーな」
「違うもんっ! 私の傘、ビニール傘じゃないもんっ!!」
「…………ほう」
それは確かにちょっと事件性が上がったかもしれない。似たような傘を間違えて持って行ったのであれば、当然、間違えた似たような傘が傘立てに残っている必要がある。現状、傘立てに刺さっているのはビニール傘のみ。探偵の言う通りであれば、間違えた可能性は低いだろう。意図的に持って行った、と考えるべきだ。
「しかし、ビニール傘より頑丈そう、ってのは分からんでもないが、雨が止んでるのにわざわざ傘なんて取っていくかねぇ?」
「あの傘、いい傘だからなぁ~。それ目当てかもしれない」
「何? 千円くらいすんの?」
「一万円」
「たっか」
「真にお洒落な人はそういう小物にこそ気を遣うんだよねぇ~」
「傘に気を遣う暇があるなら、その探偵のコスプレに気を遣ってほしいが。後、何でそんな高級な傘コンビニに持ってくんだよ」
「買ったばっかだから見せびらかしたかった」
「わっかりやすい動機だな……」
そんな高級な傘を傘立てに刺して放置したコイツもコイツな気はするが、まぁ、持って行った奴が悪いことに変わりは無い。
「というわけで、犯人をとっ捕まえてやるんだ」
「張り切ってるのはいいがどうやってやるんだよ? 町中聞き込みでもするわけ?」
もしそうなら付き合ってられないので先に帰るぞ、とギャルが思っていると、
「チッチッチッ。あれを見給え」
「ん?」
探偵が指差した先には監視カメラがぶら下がっている。
「あれを見れば一発さ」
「お前にしちゃいい着眼点だとは思うが、」
「というわけで、見せてもらってくる!」
「あっ、おいっ! ……行っちまった」
探偵が行ってしまって暇なので、家に帰ろうかとも思ったが、幸いここはコンビニ。時間を潰すのには困らない。新作商品なんかを『へ~、こんなの出てたんだ~』と眺めていると、プリプリと怒った探偵が帰ってきた。
「どうだった?」
「まったくもう! 話の通じない奴らだよっ! 一般人には見せられないってさっ!!」
「だろうな」
まぁ、今回に至っては被害者なわけだから協力してくれてもいいような気はするが、コンビニのバイトに勝手に監視カメラの映像を見せる権利も無いのだろう。
「向こうがその気ならこっちも実力行使だもんね」
「どうすんだよ?」
ギャルが聞くと探偵は誰かに電話を掛ける。それほど長いやり取りをしないで電話を切ると、何故かコンビニの監視カメラの写真を撮り始める。それからスマホで誰かとメッセージのやり取りをした後、もう一回別角度から監視カメラを撮影しメッセージを送る。
察するに監視カメラの写真を相手方に送っているようだが、一体何をしようと言うのだろうか? 返事待ちなのか、コンビニの前で仁王立ちになって5分ほど経った頃だろうか? 探偵のスマホにメッセージが届いたらしく、探偵がそれを確認すると、
「よし、監視カメラの映像ゲット」
………………はっ?
「……いやいや、待て待て待て。何を言ってる? 何が起きた? ちゃんと説明しろ」
「近頃の監視カメラは録画した映像をクラウド、つまりネット上に管理してたりするんだって。ほら? 交通事故とかでドライブレコーダー壊れたけど、データはクラウド上にあったから無事だった、みたいな話聞かない?」
「ああ、聞いたことあるな。ってか、要するにあれだろ? パソコンとかスマホのアカウントとか作った時に貰える一定の記憶容量と一緒だろ?」
「…………ん?」
「…………端末に直接保存してないってことだろ?」
何故そっちからクラウドの話をしてきたのに話通じないんだ、とギャルは思ったが、連絡相手からの受け売りの言葉をそのまま話してるだけなんだろうな、と察した。
「あー、うんうん、そうそう。で、端末に保存してないってことは、その場に居なくても映像が確認できるってメリットもあるんだけどね。逆に言うと、クラウドで保存している場合、保存先は必ずネットに繋がっていることになるから、ネットに繋がっている、ということは頑張ればアクセスできちゃうってことなのさ」
頑張れば、って簡単に探偵は言うが、
「いや、ちょっと待て。じゃあ何か? 今さっき送られた監視カメラの写真から型番調べて、その監視カメラが録画データを保存している場所を探し出して、そこに入り込んでデータを持ってきたってこと? こんなものの5分くらいで?」
「みたいだよ? ほら。添付に動画ファイル付けられてる」
「し、信じらんねー……」
そんなにITに聡いわけでもないギャルだが、当然、そんな簡単にアクセスできるようなものではないハズだ。簡単にアクセスできたら普通にセキュリティ的に問題がある。そこにあっさりとアクセスして保存データを拝借してきたわけだ。
「このご時世、ITに精通している者にできないことなんて無いのさ」
近頃、全ての物がインターネットへと繋がるようになった。そこで得た利便性の弊害とも言えよう。
「……連絡先の奴が相当優秀みたいだな……。ってかこれフツーに犯罪じゃねーの?」
「犯罪はバレてこそ犯罪。バレなければ犯罪じゃない」
「探偵失格なこと言い出しやがった」
まぁ、そもそもこの女探偵に探偵と名乗る資格があるのかは大分怪しいところだが。今回なんて推理もへったくれもない。助手とやらのハイスペックな力技のごり押しで事件を解決しようとしているわけだし。探偵の必要性とはあるのだろうか?
「くっ……」
探偵が急に呻いた。心の声でも漏れていたか? とギャルは慌てて口を塞いだが、探偵は涙目でギャルを見てくると、
「……どうしよう?」
「何よ?」
「今月ギガ使い切ってるのと、ファイルが重たいので全然ダウンロードできない……」
「お前マジ使えねーな」
傘にお金を使う暇があるのであればスマホのギガにお金を使ってほしいところである。助手が頑張って映像を手に入れた意味が何もない。
「仕方ない。向こうで映像つけて画面共有してもらお」
再度助手に電話を掛ける探偵。向こうもよくこんな探偵のお遊びに付き合うものである。ギャルだったらもう知らん、と探偵をブロックするところだが、助手はギャルよりも優しい性格らしく、言われた通り録画映像の画面共有をしてくれているようだ。すると、
「あれぇ~っ? 写ってないじゃ~んっ!!」
どうやら見せてもらったカメラの映像に目ぼしい映像が無かったようで、探偵が悲鳴を上げている。カメラのアングルでも悪くて取っていくシーンが映ってなかったのか? とギャルは思っていたが、
「えっ!?」
探偵から素っ頓狂な声が聞こえてくる。嫌な予感。
「あっ、あ~っ……。な、なるほどね……?」
目が泳いでいる。明らかに犯人の目の動かし方である。
「ちょ、ちょっと待っててね?」
電話先に言ったのか、ギャルに言ったのか曖昧な感じで探偵はコンビニへと戻っていった。そしてしばらくすると、ずいぶんとしっかりした造りの高そうな傘を抱えて戻ってきた。
「それが噂の一万円するとかいう高い傘?」
「う、うん……」
バツが悪そうに目を合わせようとしない探偵。
経緯はこうだ。
買ったばかりのおニューの傘を見せびらかしたかった探偵は確かに傘を持ってコンビニへとやってきた。
しかし、傘を傘立てへと刺す寸前、探偵の防犯意識が微かに働いた。傘立てに刺して放置した状態で誰かに持って行かれたらマズい、と。
そう思った探偵は、結局、傘立てに傘は刺さずにそのまま店内へと入店した。そして、店内の商品を物色している間に何かの拍子で傘を置いた。
置いたことを忘れた探偵はそのまま店内の物色を続け、店を出た瞬間、傘立てを見て叫んだ、ということだ。
謎は全て解けた。
ギャルは探偵が抱えている傘を指差す。
「貸せ。その傘へし折ってやる」
「いぃぃぃやぁぁぁっっっ!!」
ポンコツ探偵の自由帳 うたた寝 @utatanenap
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