ポンコツ探偵の自由帳
うたた寝
第1話 消えたアイドルのCD
1
「この中に、犯人が居ますっ!!」
男女がワイワイと楽しく昼食を取っていた学食にて、一人の女探偵、らしき人物が声高々にそう宣言した。ある者はビックリして啜ろうとしていたラーメンを噴き出し、ある者は探偵の方を見てコソコソ話をし、ある者はスマホのカメラを向けて撮影を始めている。
らしき、と言葉を濁したのは、探偵らしきコスプレと探偵らしき発言から探偵なのだろう、と推測しただけで、探偵、という確証があるわけではないからだ。本当の探偵はきっとあんな分かりやすい恰好はしていないだろうし、犯人捜しは多分警察の仕事のハズだ。なのであれは多分自分が探偵だと思い込んでいるヤバい奴だろう。
関わらないに越したことはないな、と女ギャルは判断し、お湯を注いだカップ麺を持って床に胡坐を掻いて座る。お昼時で席がもう空いてないのである。3分計ろうとスマホのタイマーを起動させていると、
「そして、犯人は……、貴方ですっ!!」
探偵はそう言うと、ビシィッ!! という効果音が付きそうなほどにしっかりと手を振り上げてその犯人とやらを指差した。
そこまでは別にいい。彼女が探偵だというのであれば、むしろそれは責務とも言えよう。問題は、だ。その探偵が指差しているのがギャルだということ。
「あっ?」
ちょっとドスを効かせた声でギャルが睨むと、
「ひぃっ!?」
慌てて近くの席に座っていた恰幅のいい男子生徒の背中に隠れる探偵。事情を知らない者が遠目に見ると、ギャルがコスプレ女を恫喝している図である。何故犯人扱いされたハズのこちらが悪者扱いまでされなければいけないのか腑に落ちないギャルではあるが、努めて冷静に返すことにする。
「……私が犯人だという根拠は何なのでしょうか?」
疑われるようなことを無意識にギャルがしていたのかもしれない。それであれば仮に濡れ衣だったとしても、自分にも非はあるか、とギャルが思っていると、その質問を待ってました、とばかりに探偵は生徒の背中から出てくると、
「アリバイが無いからですっ!!」
「………………」
『………………』
未だかつて、推理小説の主人公である探偵が推理を披露した際に、ここまで異質に静まり返ったことがあっただろうか?
「アリバイが無い!!」
「いや、聞こえてる。別に聞こえなくて静まり返ってるわけじゃない」
「なるほど。ぐうの音も出ないわけね?」
「言葉も出ないって意味ではあってる」
ギャルは面倒くさそうに髪を掻きながら辺りを見渡して、
「……アリバイ無い人~、挙手!」
『……………(おずおずと手を挙げる一同)』
「…………全員、みたいですけど?」
「あ、あっれぇ~?」
そりゃそうである。学校の食堂で普通に昼食を取っているだけのメンバーなのだ。アリバイなどそうそう持っていまい。そもそも、何の事件かもいつの事件かも聞かされていない中でアリバイが無いと言われても困るわけだが。
何の事件の話? って聞くべきか悩んだが、アリバイの流れでもう一個ギャルは聞いてみることにする。
「動機は?」
「…………ドウキ?」
「おい、何『私初めて聞きました』みたいな顔してやがる?」
「ちょ、ちょっと待ってね?」
ギャルに背中を向けて何やらコソコソし始める探偵。やがて恐る恐るこちらを振り返ると、持っていたスマホをギャルの方におずおずと差し出しながら、
「……あの」
「何?」
「『ドウキ』ってこれで合ってます?」
「それは『同期』」
「……これ?」
「それは『動悸』」
「…………これ?」
「犯行の理由は何だと聞いているっ!」
「あ、あ~あ。最初からそう言ってくれればいいのに……」
拗ねたように口を突き出しているが、何で探偵を名乗っている人物が『動機』を知らないのだろうか? 医者でメスを知らないようなものだ。名乗っている職業によっては詐欺を疑うレベルである。
一方、動機の意味は分かったものの、恐らく思いつかなかったのだろう。探偵は組んでいた手を解いて、腰へと当てると、
「ふ、ふん。笑止! 『誰でも良かった』などという動機がまかり通る以上、犯罪に動機など不要!」
とんでもねぇことを言い出しやがった。おおよそ探偵が口にしていい言葉とは思えないが、地味に筋が通っているのが厄介である。
アリバイ、動機、と来たらもう一個お決まりで聞いてみたいものがある。
「なら証拠は?」
「………………ショウコ?」
「お前いい加減にしろよっ!?」
「わーっ! 暴力はんたーいっ!!」
我慢の限界に達したギャルが探偵の胸倉を掴む。まぁ、犯人呼ばわりしておいて、理由があんなにフワフワしているわけだから気持ちは分からんでもないが、近くに座っていた、恐らく相撲部か何かだと思われる恰幅のいい男子たちに引き剥がされ押さえ込まれるギャルであった。
2
立場逆転、とばかりに取り調べをする刑事のようにカツ丼を食べさせながら探偵を尋問するギャル。ちなみにカツ丼は探偵の自腹である。
「要するに、トイレに行っている間に買ったCDが無くなってた、と」
「(ガツガツガツガツガツッ!!)」
「おい。カツ丼かっこんでないで聞けよ。どんだけ腹減ってたんだよ」
口の中に大量のカツ丼を放り込み、頬袋をパンパンにした探偵は咀嚼中で喋れないことを理解したらしく、コクコクコクッ!! と勢いよく頷いてくる。しばらくモゴモゴモゴモゴ続けていたが、やがてゴックン……ッ!! と大きく飲み込むと、
「ぷはぁーっ! ねぇ? 非道な事件でしょっ?」
「非道かは知らんけど、本当に盗まれたわけ?」
「だって無いもんっ! ホラッ!!」
そう言ってリュックを開けて見せてくる探偵。聞くに、食堂で席取りにリュックを椅子に置いてからトイレに行き、戻ってきてリュックの中身を確認したところ、CDが無くなっていた、とのことだった。
ちなみに盗まれたCDは今日発売のCD。さほどアイドルに興味が無いギャルでも名前くらいは知っている最近話題の女性アイドルグループの新曲だった。確かドラマか何かがヒットしてそこから一気に人気になったグループだったかと思う。何人組のグループなのかも知らないが、そのドラマに出てた子の顔だけは分かる。ドラマ自体は観ていないが、観る番組、観る番組に必ずと言っていいほど出演していたため顔だけ覚えてしまった。
盗まれたことが事実なら確かに盗難事件だろうが、盗まれた、と仮定すると、不自然な部分が出てくる。
まず一つ目。どうして探偵のリュックの中にそのCDがあることを知っていたのか。リュックの中にしまっていた、とのことなので、CDを買ってリュックにしまうところでも見ていない限り、CDがリュックの中にあることは知らないハズだ。
二つ目。盗むにしたって何故こんな人の多い食堂で盗むのか、という疑問。人のリュックの中をガサガサ漁っていれば目立つだろうし、誰かに見られるリスクもある。リュックごと盗んだ方がラクだろうに、何故わざわざCDだけ抜き取ったのか。
そもそも、CDを盗む、ということ自体ギャルには違和感がある。
「それってそんなレアものなわけ?」
たかが、と言ってしまっては何だが、CDなんかをわざわざ盗むだろうか? 例えばアーティストの直筆サインが付いている、とかならまだ分からんでもないが。
「う~ん。初回限定盤だから、そういう意味では通常盤よりはレアだけど……。今日発売日だから、今日とか明日までならお店に行けば普通に買えるんじゃないかなぁ……」
「じゃあわざわざ盗むほどじゃないな。個人的なお前への嫌がらせなんじゃねーの?」
「いやー、それは無いねー」
「何で?」
「私が人に嫌われるなんてありえないから」
「現在now進行形でウチに嫌われているんだが?」
「それは貴女の性格に難がある」
「ロクに根拠も無く人を犯人扱いしてきた奴にだけは言われたくねーな」
いよいよもって謎だ。盗む価値があるように聞こえない。探偵は否定しているが、嫌がらせで隠された、とでも考えた方が自然だ。
「あ、でもクリアファイルはちょっとレアかも」
「クリアファイル?」
「店舗ごとにCDを買った時に付いてくる特典が違くてね。ほら、学校の近くにCDショップあるじゃない? あそこで買うとこの子がプリントされたクリアファイルが貰えるわけ」
スマホで調べた店舗特典のサンプルを見せてくる探偵。恐らくグループのメンバーの一人なのであろう人物がポーズを決めてクリアファイルに写っている。ギャルは顔も名前も分からないメンバーではあるが、とりあえずその写真を見て真っ先に思ったのは可愛いとかではなく、
「めっちゃ嫌そうな顔をしてこっち見てるけど」
ポーズが嫌なのか、衣装が嫌なのか、あるいはそういう顔をして写って欲しいと言われたのかもしれないが、新曲の特典に付くクリアファイルの写真としては、ずいぶん嫌そうな顔で写っている。アイドルの写真ってもうちょっとニコニコ笑顔で写るか、クールなキメ顔で写るかだと思うのだが、こんな嫌悪感丸出しで写っていいものなのだろうか? スタッフが撮った楽屋での流出写真、とでも言われた方がまだ説得力がある。
「それがいいんだって~」
「へー」
人様の趣味にとやかく言う気は無いギャルだが、あれだろうか? 女の子に嫌悪感のある顔で見られたいということなのだろうか? 運営がこういう顔で写っているグッズを展開しているくらいなので、それなりに需要があるのだろうが。よく分からない感覚である。
「ん? いいんだって、って、何か他人事だな」
「ああ、私はあんまり詳しくないからね」
「じゃあ何で買ったし」
「弟が推してる子なんだ~。このクリアファイル貰えるお店が学校の近くだったから、買ってきてあげるよって」
「へー。いいお姉ちゃんじゃん」
「そう。ちょっとでもそうやって好感度稼いでおかないと……」
急にどんよりしだした。何だ? とギャルが聞く前に探偵は理由を語り始めた。
「思春期なのか、最近、お姉ちゃんとは一緒に歩きたくない、なんて言われて……。グスン……」
「よく分かんねーけど、一緒に歩きたくない理由ってそのコスプレが原因じゃねーの?」
「えっ? あっ? これっ!? これのせいっ!?」
「いや、分かんねーけど。お年頃の男の子としてはコスプレしてる姉と一緒に街歩きたくはないんじゃねーの?」
クラスメイトにでも見られたら後日絶対弄られるだろう。
「なーんだっ! 言ってくれれば全然脱ぐのに~」
「お前のアイデンティティそれでいいのか?」
トレードマークならもう少し貫いてほしいと思わんでもないが、人様が嫌がるくらいなら素直に辞める、というのは見上げたものなのかもしれない。
「ってか何? クリアファイルも盗まれたわけ?」
「CDの入ってた袋ごと、って感じ。クリアファイルもその中に入ってたから」
「なるほどな」
特典も絡んでくるなら少し話変わるかもな、とギャルは思った。例えばその特典がもう無くなってしまっているとか。同じく推している人なのであれば、そのクリアファイルを見てつい出来心で、というのも考えられるのかもしれない。
「誰かにCD買ってきたことやクリアファイルのことって話したか?」
「ううん。ついさっき来たばっかだし」
「…………さっき?」
もう昼休憩だが? とギャルは思ったが、そういえば、あのCDショップが開くのって昼近くの時間じゃなかっただろうか?
「もしかして……?」
「サボった」
「清々しいな、お前」
でもそれもそうか。盗むくらい熱狂的なファンであれば、そもそも授業くらいサボって自分で買いに行くか。盗む理由がどうも見当たらない。やっぱり嫌がらせなんじゃないだろうか? とギャルが考えていると、
「おーい! 誰かトイレに忘れ物してなーいっ?」
食堂のトイレの入り口で女子が叫んでいる。その手に持っているのは何かの袋だろうか。
………………袋?
嫌な予感がしたギャルが探偵の方を見ると、その視線の意図を一瞬組めなかったらしい探偵は『?』と首を傾げていたがやがて、
「………………あっ」
探偵は思い出した。思い出さなければ良かったような気もしたが、思い出してしまったのだからもう後の祭りだ。
経緯はこうだ。
探偵は午前中の授業をサボって学校近くのCDショップへと出掛けた(良い子は真似しないように)。目的のCDと特典を無事入手した彼女はCDと特典の入った袋を大事にリュックの中へとしまい、学校へと向かうと、もうお昼休みが始まっていた。
お昼休みの食堂の席は争奪戦。出遅れると席の入手は難しい。それはギャルが諦めて床に座ってカップラーメンを食べようとしていたことからも明らかだ(良い子は真似しないように)。
しかし、探偵はツイていた。食堂での食事は諦めていた探偵だったのだが、トイレが一番近い場所、という理由でトイレ目的で食堂へと入ったところ、空いている席をたまたま見つけたのだ。
席を取ったものの、元々がトイレ目的で食堂に来ている。トイレに行きたい彼女は席を取っておくため、リュックを椅子に残して席を立つ。その際、リュックから貴重品は取り出した。
この貴重品の中にCDの袋も含まれていた。
貴重品を持ってトイレへと入った探偵は、CDの袋をトイレのドアに付いている荷物掛けのところに引っ掛けた。それから用を足したわけだが、ドアの荷物掛けに荷物を置く習慣など、今までの彼女には無かったこと。用を足した爽快感もあってか、彼女は完全にドアに引っ掛けた袋の存在を忘れていた。袋をドアに引っ掛けたままトイレを後にする。
そして、貴重品をバッグへと戻す際、手元にCDの袋が無いことを、リュックからそもそも取り出していないから、と都合良く解釈した探偵はバッグの中にCDの袋が無いことに気付き大慌てで大騒ぎした、というわけだ。
謎は全て解けた。
「あ、あっはっはっはっは……」
笑って誤魔化そうとした探偵だが、
「おい」
ドスの効いた声を出すギャルがそれを許しそうにない。探偵も自分が完全に悪いという自覚くらいある。であれば、することなど一択である。
「すみませんでしたぁっ!!」
帽子を取って床に四つん這いになって頭を下げる。自分が悪いことをして誰かに許して欲しい時は土下座一択である。
しかし、足元で土下座している探偵を見ても、犯人扱いされ散々振り回されたギャルの怒りは収まらない。腕を組んでしばし考えた後、ギャルは探偵にとって一番重たいであろう罰を科すことにした。
「お前、弟との外出時もコスプレ脱ぐの禁止な」
「いぃぃぃやぁぁぁっっっ!!」
特典を入手して弟の好感度は上げたものの、一緒に外出できるようになるのはまだまだ先の話らしい。
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