ブアメード 2人用台本

サイ

第1話


男:(m)薄い意識の中で、低く、大きな音が聞こえる。機械音。換気扇か何かだろうか。


男:(m)薄く目を開くと、無機質な灰色が見えた。


男:(m)少しずつ目を開く。打ちっぱなしのコンクリート。見たことのない世界。


男:(m)座っている。俺は椅子に座り…


男:「?!」


男:(m)椅子に、縛り付けられていた。立ち上がることができない。


男:(m)拘束具がガチャガチャと音を立てる。


男:「…ッ!意味わかんねぇ、なんだこれ…!」


男:(m)もがいてみるが、簡単には抜けられそうにない。


男:(m)いったい何が起きているんだ。


男:(m)しばらくもがいていると、どこかで扉が開く音がした。


女:「あら。ようやく目が覚めたのね。」


男:「誰だよお前…どこだよここ!いったいどうなってんだ!!」


女:「口も縛っておくんだったわ…うるさくて仕方ない。」


男:「質問に答えろ!!」


女:「いいわよ。でも答えたら、あなたにも質問に答えてもらう。」


男:「質問…だと…?」


女:「8月3日、あなたがしたことについて。」


男:「…悪い。最近事故を起こしちまって、ここ数年の記憶がごっそり抜け落ちているんだ」


女:「へぇ…?」


男:(m)まずい、信じていない。


男:「本当だ、信じてくれ。アンタが俺の知り合いだっていうなら、謝るから」


女:「知り合い…?」


男:(m)癪に触ったらしい。女は真後ろに立って何かを取り出した。


女:「悪いけど、もう始めさせてもらうわ。考えてみたら、あなたに時間をくれてやるなんて馬鹿馬鹿しいわ。」


男:(m)女はそういうと、強引に俺に目隠しをした。






男:「なっ……おい!やめろ!!」


男:(m)部屋に靴音がこだまする。


女:「あなたには、思い出してもらわなくちゃいけない。そして、罪を償ってもらわなきゃいけない。」


男:「罪…?」


女:「そう、あなたはいくつもの罪を犯してきた。その一つ一つを、思い出してもらう必要がある。」


男:(m)ごそごそと、音が聞こえる。


男:(m)罪について尋ねようとしたとき、突然足の指に激痛が走った。


男:「…ッ?!」


女:「痛かったら騒いでもいいのよ?どうせ誰も来ないんだから」


男:(m)どうやら足の指を刃物で切られたらしい。


女:「人間って、どのくらいの血液を失ったら死んでしまうか、知ってる?」


男:「さ、さぁ…?3分の1ってところじゃないか。」


女:「まぁ、そんなところかしら。さぁ、よく耳を澄ましてみて。」


男:(m)痛みを堪えながら、耳に神経を集中させる。


男:(m)ポタ、ポタと雫が落ちる音が聞こえてきた。俺の足から出ている血か…?


女:「さぁ、あなたの出血量が3分の1に達する前に、始めましょう。」






男:(m)血液が滴り落ちる音が部屋に響いている。


男:(m)これは死へのカウントダウンということか…?どうしてこんなことになったんだ。荒ぶる呼吸を整え、パニックになる頭を落ち着かせて、俺は女に尋ねた。


男:「アンタは俺がいくつもの罪を犯したと言ったな。俺は一体何をしたんだ。」


女:「人間の頭って、都合がいいわよね。ほんと。」


男:(m)ため息を混ぜながら、女は俺に話し始めた。


女:「一つ目。16歳の女性の話。ここでは仮にAさんとしましょうか。」


女:「Aさんはいつも日が暮れるまで学校に残って勉強していたそうよ。」


女:「塾に通うお金なんてない。なぜならAさんには妹が2人、弟が3人いたから。」


女:「Aさんは常に下の兄弟に気を遣って暮らしていたのね」


女:「そんなAさんに、お母さんは申し訳ないという思いを持ちつつも、せめてと思って家の近くのバス停までAさんを迎えに行ってたらしいわ。」


女:「でもある日、日がすっかり沈んでも、Aさんはバス停に現れなかった」


女:「真っ暗な中、お母さんはAさんを探しに走ったそうよ。警察にも連絡して。」


男:「まさか。」


女:「ようやくお母さんのもとに帰ってきたAさんは、見るも無残な姿だった。」


男:「……!!」


女:「すっかり冷たくなった体には、無数の殴られた跡や切り傷があった。」


男:(m)二の句が告げられなかった。胸がぎゅっと締め付けられる。


女:「死因は頭を強く殴られたことによる急性硬膜下血腫。衝撃で脳と頭蓋骨が衝突し、血管が損傷してしまったのね。」


男:(m)…寒気がした。どうしてそんなひどいことを。


男:(m)感傷に浸っていると、血液が滴る音が俺を現実に引き戻した。


男:(m)バケツか何かで血液を受けているようで、底面が血液で覆われたからか、音がピチャ、ピチャという音に変わっている。


男:「その子のことはかわいそうだとは思うが…それとこれと何の関係がある?」


女:「何も関係ないとでも?」


女:「いいわ、この際全て、あなたに教えてあげる。やめろと言われても、耳を塞ぎたくなっても、全て、教えてあげるわ。」






男:(m)ひとつ、またひとつと事件について聞かされた。


男:(m)そのどれもが凄惨で、むごたらしい末路だった。


男:(m)事件の話で精神が削れてきたのか、あるいは失血量がまもなく3分の1を迎えようとしているのか、だんだん息があがってきた。


男:(m)こんなに話を聞いたのに、俺はまだ濃霧の中にいる。


男:(m)思い出せない。でも何かが霧の向こうで見える気がする。


男:(m)あと少し、あと少しで思い出せる気がする。


男:(m)女はまた話し始めた。


女:「これは8月3日のこと。ある女性がデパートの前で待ち合わせをしていた。」


女:「待ち合わせの相手は、妹。白血病で長らく入院していたけど、治療の甲斐があってようやく回復し、退院することができた。」


女:「青春時代を病院で過ごしてきた妹は、おしゃれを楽しんだことも、流行りのスイーツを食べたこともなかった。」


女:「だからお姉さんが、今まで経験してこなかった分、妹にたくさん楽しいことをさせてあげたいと思ったのね。」


女:「妹はこの日をとても楽しみにしていた。デパートのWebサイトを見て目を輝かせていたわ。」


女:「なのに、妹は待ち合わせの時間になっても、いっこうに姿を現さなかった。」


女:「脳裏にここ最近の暴行事件がよぎったお姉さんは、妹に連絡をとった。」


女:「すると妹は、かわいいお揃いのブレスレットを見つけてしまって、待ち合わせ時間に間に合わないって言ったの。」


女:「お姉さんはほっとため息をつき、待ってるから気をつけて来てねと伝えた。」


女:「妹との連絡はそれが最後だったわ。」


男:(m)霧がだんだんと薄くなり、『それ』は明瞭になっていく。


男:(m)『それ』は顔にべたりと垂れる血糊。


男:(m)『それ』は耳をつんざく悲鳴。


男:(m)『それ』は手から、足から伝わる感触。


女:「妹は、ボロボロになって帰ってきた。」


男:(m)女は声を震わせていた。


男:(m)…どれくらい経っただろう。


男:(m)絶え間なく血が滴っているせいか、もう息が苦しい。


男:(m)でも俺の記憶は鮮明だった。








男:「…シオリか。」


女:「…やっと、思い出したのね。」


男:(m)俺はイライラするとすぐ物や誰かに当たり散らすタイプだった。


男:(m)最初は家族や友人に暴言を吐き捨てるなどしていたが、次第にそれでは満足できなくなり、物に当たるようにもなっていた。


男:(m)しかしそれでも発散しきれなくなった俺は…


男:(m)見知らぬ女に暴力を振るった。


男:(m)弱者に一方的に暴力を加え、蹂躙することが、とても快感に感じた。


男:(m)殴られてけいれんを起こしていた女が気持ち悪く思って、頭を執拗に殴り続けたら、動かなくなった。


女:「妹は…アンタに殴られるために生まれて来たわけじゃない!」


女:「辛い治療に耐えて、必死に乗り越えてきたの!同年代の女の子がテレビやSNSで活躍するのを見て、いつか私もこんなキラキラした人生を送りたいって…!!」


男:(m)暴行に快感を覚えた俺は、何度も繰り返し、そして8月3日、あの女を殴った。


男:(m)あの女は言った。


男:(m)シオリにお揃いのブレスレットを届けたい。だから見逃してくれと。


男:(m)そいつを、その顔を、


男:「俺は…俺が…」


女:「アンタが!妹を殺したのよ!!」


男:(m)視界がチカチカし始めた。


男:「あの日俺は…何もかもうまくいかなくて…むしゃくしゃして…あの女をボコボコにした。そしたら…誰かが通報して…バイクで逃げたら…交差点を…曲がりきれなくて…」


女:「……!」


男:(m)声にならない怒りが伝わってくる。


男:(m)今、女はどうしているのだろう。


男:(m)こぶしを握りしめているのか。凶器を振りかざしているのか。


男:(m)答えはいずれでもなかった。


女:「…もういいわ。あなたはここで死ぬのよ。」


女:「だいぶ血が溜まって来たわね。3分の1まであと少しかしら?」


女:「私はアンタを殴ったりしない。殴る価値もない。だからそこで、血が滴っていくのをただ感じていればいい。」


男:「待ってくれ!悪いと思ってる!いつか…やめようと思っていたんだ!こんなこと…してちゃダメだって…八つ当たり…なんて…」


男:「助けてくれ!!頼む!!ちゃんと…罪を償うから…許して…ッ!!」


女:「…もう遅いわ。」


男:(m)遠ざかる靴音。扉が開いて、閉まる音。


男:「許してくれッ!!お願いだ!!死にたく…ない…!!」


男:「ああっ…あああ…」


男:(m)もう体に力が入らない。


男:(m)最期まで声を出し続けたが、女が戻ってくることは、なかった。






女:「以前噂には聞いていたけど…ノーシーボ効果って本当にあるのね…」


女:(m)彼の死はネットニュースで見て、初めて知った。


女:(m)彼はあの日、自分の足の指を斬りつけられたと思っているのだろうけど。


女:(m)本当はただ刺激を与えただけ。


女:(m)あとは血の滴る音と見せかけて、水を垂らしていただけ。


女:(m)彼は気のせいで死んだのだ。


女:(m)妹たちの痛みは、きっと地獄で嫌というほど味わうだろう。


女:「…私より獄卒の方が、よほど辛い痛みを与えてくれるもの。」


女:「せいぜい苦しむことね。」





ー終ー

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