第11話:ふたりのパン屋さん。
結局、ほんとの話、陽菜とハルがもし結婚となるともう親の承諾は
必要ないんだけど、それでも、ふたりは 慶彦さんと麻美さんに
結婚したいことを告げた。
慶彦さんと麻美さんはもうとっくにふたりの関係を許していた。
「ねえハル、ハルが修行を終えるまで私、待てない」
「先に返事だけ聞かせて?」
「なんの返事?」
「とぼけて・・・」
「私はとっくにハルに愛を告白したよ・・・」
「だからハルからも、自分の気持ちをはっきり言ってほしい」
「ふ~ん、でも僕、猫だよ」
「人間と猫の恋愛なんてありえないでしょ」
「生物学的に見てもありえないよね」
「また〜とぼけたこと言って〜」
「あのね、私をからかわないの・・」
「素直になりなさいよ」
「分かってるって・・・面と向かってなんて照れるし・・・」
「私はハルの何倍も恥ずかしい思いをしたよ」
「一緒にパン屋さん、やろうねってのじゃダメなの?」
「それは分かってる、でもその前の言葉が聞きたい」
「分かった・・・」
「・・・・照れるな・・」
「ほら、頑張れ」
「陽菜・・・好きだよ・・・」
「んで・・・心から愛してる」
「僕の全部で陽菜を世界一幸せにするから」
「どんなことがあっても陽菜を離さないよ」
「陽菜は永遠に僕のもの・・・ずっと一緒だよ、僕の命尽きるまで・・・」
「パンがうまく焼けるようになったら僕と結婚してくれる?」
「これでいい?」
「めっちゃ棒読みだけど・・・ん〜・・・まあいいか・・・」
「でも、そんなにたくさんの愛で私を包んでくれたら息ができなくなりそう・・・」
「ありがとうハル」
「でも命尽きるまでなんて縁起でもないこと言わない・・」
「だって前にも言ったけど、僕の寿命の方が・・・」
「だから、平気だって・・・そんなこと気にしない」
「でも今の・・・愛の告白じゃなくて、プロポーズになってない?」
「いきなりのプロポーズ?」
「そのつもりだけど・・・婚約指輪はないけどね」
「指輪なんていらない、ハルがずっとそばにいてくれたら・・・」
ハルは陽菜のそばに寄って彼女を優しく抱きしめた。
この後の光景はご想像にお任せして、
もしここにたくさんのギャラリーがいたら「ヒューヒュー」の嵐だったでしょうね。
今のふたりの心は春の季節のように明るく眩しく輝いていたのでした。
ハルは半年ほど、がんばって慶彦さんからパン作りのノウハウを習得した。
まだまだオリジナルのパンを作るには一人前とは言えなかったけど、
大丈夫と慶彦さんが太鼓判を押してくれた。
そしてめでたく陽菜とハルは教会のチャペルで両親と親友の美紀と五人だけの
細やかな結婚式を挙げた。
ハルの猫の被り物は取らないという条件で・・・。
式場のスタッフはハルの顔は被り物だと思ってるだろう・・・
もしかしたら顔のどこかに大きな傷でもあるのかと、それを隠すために
猫の被り物をしてるんだと・・・。
その間にもハルは一人前のパン職人になるために修行を続けた。
そして陽菜もめでたく大学を卒業した。
お店もリニューアルして、店名もめでたく 「猫のパン屋さん」に変わった。
ハルは厨房でパンを焼いて、陽菜は店に出た。
慶彦さんと麻美さんはハルと陽菜のバックアップに回った。
パン屋がリニューアルオープンした、その日に美紀がパンを買いに来てくれた。
一緒に記念写真を撮ろうと言うことになってお店の中で撮った 自撮りの中に陽菜
と美紀の後ろでピースサインをしたハルが写っていた。
美紀がその写真をインスタとツイッターにアップしたため 猫のマスクを被った
ご主人がパンを焼いてる「猫のパン屋さん」があるって 噂になり、おかげで
お店は人気のお店になった。
みんな、ひと目ハルを見ようとやってきたが、ハルは見世物になるのが嫌で
陽菜の要請がないかぎりお店には滅多に出てこなかった。
誰も本物の猫がパンを焼いてるとは思ってないわけで、 いまどきの流行りの
ように変わった人がいるとみんな興味を持つ。
変わってるってだけで逆にもてはやされたりする。
ハルもそう言った、たぐいの人だと思われて、テレビ局から出演オファーを
受けたがことごとく断った。
って言うか本当のところ、ハルの正体は分からないままなのだ・・・。
ただ普通の猫じゃないことだけはたしかだった。
桜の並木通りを抜けるとその先に公園があって、その公園を突っ切った場所に
小さなパン屋さんがある。
そのパン屋さんの名前を「猫のパン屋さん」と言った。
そして陽菜は30歳になっていた。
今でも猫のマスクを被った主人がパンを焼いてるってうわさだった。
陽菜が30歳になってもハルは現役でパンを焼いていた。
お店の壁には陽菜と美紀とピースサインをしたハルが映った写真が飾って
あって、そしてその写真の横にもうひとつ・・・。
陽菜とハルがハルとそっくりな二匹の子猫を抱いた写真が飾ってあった。
陽菜の面影がないところを見ると猫の遺伝子は人間のより強いらしい。
もしかしたら、あと何百年か後には地球は猫だらけの星になってるかもしれないね。
おしまい。
猫のパン屋さん。 猫野 尻尾 @amanotenshi
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