第10話:陽菜のために。
陽菜の話を聞くとハルが毎日どこかへ出かけていて、
それを問いただしても白状しないってことだった。
陽菜はハルがてっきり悪い遊びを覚えたんだと思った。
自分のせいだと・・・自分がハルを街に連れ出したりしたからだと・・・。
慶彦さんは困った。
事実を陽菜に伝えるべきか・・・
あのハルに話があると言われた日。
ハルのお願いと、誰にも言うなと言うハルとの約束。
でも、このままだとハルは陽菜に誤解されたままになる。
「しかたない・・・ハルあのこと陽菜に言ってもいいかな」
「こうなった以上、いつまでも隠してはおけないだろ?」
ハルはうなずいた・・・。
「陽菜・・・聞きなさい」
「実は、ハルは今、パン作りの修行をしてるんだよ」
「え?」
「パン?・・・ほんとに?・・・」
「ハルが?・・・パン作りの修行・・・してるの?」
「実は今、お父さんはハルに頼まれて毎日パン作りを教えてる」
「でもハルが陽菜には内緒にしておいてくれって・・・」
「まだ、この先、どうなるか分からないし・・・」
「一人前になってから陽菜に話すって言うからね」
「かならずパン職人になれるかまだ自信がなかったからね・・・」
「そんな中途半端な状態じゃ言えないだろ」
ハルは済まなそうにそう言った。
「なに?ハル、パン作ってるの・・・」
陽菜は確かめるようにまた同じことを繰り返した。
「なんで黙ってたの・・・どうして教えてくれなかったの?」
「ごめんね、だから・・・だからね、人にパンを食べてもらえる職人さんに
なってから、ちゃんと陽菜に話そうと思ってた」
「でも、なんで今更パン屋の修行しようなんて思ったの」
「ハルは、ある人の想いに応えたいんだって・・・」
慶彦さんがハルをフォローするように言った。
「ある人?・・・」
「ハル・・・誰か好きな人いるの?」
ハルは何も言わず、うなずいた。
「うそ・・・ほんとに?・・・ショック・・・」
陽菜は思わず両手で口を押さえて床にしゃがみこんだ。
(私は、あふれそうな想いををずっとずっと抑えてきたのに・・・)
(他に好きな人ができたって?・・・なにそれ・・・)
「陽菜・・・」
「それなのに・・・」
「・・・分かった・・・もういい」
泣きじゃくりながら陽菜は力なく立ち上がろうとした。
「陽菜、待ちなさい・・・ハルの言ってるある人ってのは・・・」
「聞きたくないよ、そんなこと・・・」
「まあ、聞きなさい」
「お父さん思うんだけど・・・ ハルが言ってるある人、っていうのは、それは
陽菜のことじゃないかな?・・・って思うんだけど・・・」
「え?・・・・私?」
陽菜はほほの涙をぬぐいながら自分を指差した。
「うそ・・・だって好きなが人いるって・・・ちょっと待って・・・」
「それって私のこと?」
「ねえハル・・・私のことなの?」
「想いに応えたいって人って・・・私?」
「そうなんだ、私のためにパン作りの修行してたんだ?」
「陽菜、落ち着いて・・・ちょっと早合点しすぎだよ」
「パン職人になることは陽菜のためでもあるけど・・・自分のためでもあるんだ」
「陽菜、言ったよね、逃げないでって・・・」
「あの言葉、胸に刺さったよ」
「だから決心したんだ・・・もし一人前になれたら今度はちゃんと陽菜の気持ちに
応えようって・・・」
「え〜、そうなの・・・なんだ・・・私、バカだ」
「でもハルも人が悪いよ・・・そんな人を泣かすようなことして」
「黙ってるんだから・・・」
「そういうのは最初のうちに言っておいてよ、誤解するでしょ」
「だから、一人前になったらって言っただろ・・・」
「もう、許さないから・・・ちゃんとパンが焼けるようになるまで 許さない
からね」
「ごめん、黙ってて・・・」
「僕は陽菜のために頑張るから・・・」
「陽菜の見た夢を正夢にしなきゃね」
「ハルのバカ・・・」
そう言っても陽菜はほんとは飛び上がるほど嬉しかった。
そしてハルの前向きな気持ちを知った。
今日は泣き笑いの陽菜だった。
パン職人になること、それがハルの陽菜に対する応え・・・。
もしも今後、陽菜からの告白がなくてもハルはすでに、自分に対する
陽菜の愛におっけ〜していた。
陽菜は自分のために前に進もうとしてるハルの気持ちが、なにより
一番嬉しかった。
つづく。
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