第5話 その掌には

「まさか……」


 カズキは外に飛び出た。奏太もその後ろから様子をうかがう。

 そこには、先程森で襲ってきた化け物が、村を襲っていた。家屋を破壊し、逃げ出した住人たちをその爪に牙にかけていく。


「ソウタ! 力を貸してくれ!」

「そんな……俺に何ができるって言うんだ」

「あれは元々、森のぬしだったんだ。無暗に村を襲ったりしない、賢い狼だった。でも理が乱れて、あんなに大きくて凶悪な化け物に変わってしまった。イマジンで理を正すんだ!」


 そんなことを言われても、普通の中学生が化け物と対峙なんてできるわけがない。ただの狼だったとしても無理だ。恐怖に身がすくむ。


 家を追われた村人たちは、村長に助けを求めるようにこちらに走ってくる。怪我をして歩けなくなった人を別の人が支えて歩き、母親は幼い我が子を抱えて走る。その後ろで、男たちが農作業に使うくわすきを振り回して化け物を牽制している。

 その時、小さな子どもが転んで、逃げ遅れるのが見えた。化け物はその子どもを、容赦なく爪にかけようとする。

 カズキが全力で走り、間一髪、子どもと化け物の間に入った。杖を構えるが、魔法を使う間もない。


 化け物はカズキに向かって、その鋭い牙の並んだ巨大な口を開く。カズキは杖を水平に突き出して、かろうじて化け物の牙を受け止めた。化け物は牙が杖に食い込んでしまい、次の攻撃に移れないようだ。

 だが、両者の力の差は歴然だ。化け物は赤い目をぎらつかせ、大きく裂けた口からよだれを垂らしている。ほどなく、カズキは化け物の餌食になってしまうだろう。


「くっ……」


 カズキが苦しげな声を上げる。

 助けないと。奏太はとっさに飛びだそうとするが、見えないものに足を引っ張られるように、足が止まる。

 助けるって、どうやって。勇者とかイマジンとか言われたって、よくわからないのに。

 それに。

 奏太の心に、暗い影が落ちる。誰かを助けたって、いいことなんかない。人は簡単に裏切るし、貧乏くじを引くだけだ。目の前の少年と、クラスメイトの一樹の姿が重なる。

 でも。


「カズキ!」


 ゲンナイが悲痛な叫びを上げる。

 それを聞いた奏太は、全てを投げ出すようにして走っていた。運動は得意じゃないけれど、すぐに足と肺が痛くなるのを我慢して懸命に走った。掌では、アミュレットが淡く輝きを放ち始めていた。

 走りながら、奏太はともかく、化け物をカズキから引き離そうとした。イメージを現実にする力があるのなら、叶えてくれと祈った。

 すると、アミュレットから放たれた金色の光が細い鎖になり、化け物を縛り付けた。動きを封じられた化け物は地面に転がり、カズキは重圧から解放されて立ち上がる。


「また助けられたね。ありがとう」


 しかし、まだ和んでいる場合ではない。

 この後、どうすればいい。追い返すだけでは、きっとまた襲ってくる。それではだめだ。何か根本的な解決方法を考えないと。

 思いを現実にする。それが自分にできるのなら。

 奏太は覚悟を決めた。それに呼応するように、掲げたアミュレットが光り輝く。

 力でねじ伏せるのではない。そんなやり方は元来好まない。

 カズキは理を正せと言った。それは暴力ではないはずだ。

 奏太はイメージする。森の主ってどんなものだろう。少なくとも、狂暴じゃなくなって――願わくば仲間になってくれたらいいなと。

 アミュレットから柔らかな光が生まれ、獣を包み込む。

 光が収まると、そこには一回り小さくなった狼がいた。毛並みは禍々しい漆黒ではなく、つややかな灰色になり、瞳は知性を感じる穏やかな藍色をしていた。

 灰色狼は、奏太の足元にすり寄って、くんくんと鼻を鳴らす。まるで人懐こい犬のようだった。

 そっと指を差し出すと、銀色の狼は匂いを嗅ぎ、顔をすりつけてきた。温かくてくすぐったい。動物を飼ったことにない奏太には、新鮮な感覚だった。


「やった……?」


 できたんだ、こんな自分にも。これが、自分の力、イマジン。

 奏太は知らずに感嘆の声を漏らし、アミュレットからこぼれる光の残滓を見つめていた。

 



「じゃあ、いってきます」


 奏太とカズキは、旅の支度を整え、村長を始めとする村人たちに見送られていた。


 村は被害を受けたが、幸い死者はなく、負傷した人たちの手当ても終えて、壊れた家屋の立て直しに走り回っていた。

 奏太はカズキと一緒に数日間それを手伝っていた。イマジンの力で家を修理したり、怪我を治したりできないか試してみたが、アミュレットはうんともすんとも言わなかった。何か使用条件があるのか、奏太の練度の問題かは判然としないが、何でもできるというわけではなさそうだった。


 そして、それが落ち着いた頃合いを見計らって、旅に出ることにしたのだった。カズキも同行してくれることになった。知り合って間もない相手との二人旅は気まずいとも思ったが、この世界のことを知らない奏太には、道案内はありがたい。

 目的地は、ゲンナイに教えられたイルーシアの中心、女王のいる都クリスタリア。この世界がどれくらい広いのかわからないが、いつまでもこの村に留まっていても始まらない。各地の異変を鎮めながら、そこを目指すことにした。


 奏太は元の世界から着たままだった詰襟の制服を脱ぎ、村人から木綿のシャツとズボン、それと着物のような上着をもらい、帯を締めていた。アミュレットは首から提げて、シャツの中に隠している。教科書の入った鞄は、ここでの旅には必要のないものだろうから、村長の家で預かってもらうことにした。

 二人の足元には、護衛のようにあの狼が付き従っている。この狼もすっかり奏太に懐き、ついてくる気満々のようだった。最初こそ村人たちに怯えられていた灰色狼だが、荷物を運ぶ手伝いをしようとしてみせたり、子どもたちと遊んだり、よく馴れた犬のような可愛らしいしぐさを見せ、段々と受け入れられていったのだった。

 世界の理を正すとか、この力が何なのか、正直わからないことだらけだ。でも、困っている人がいて、自分にできることがあるなら、やってみようと思った。


 奏太の物語は、ここから始まる。

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君が奏でる物語 月代零 @ReiTsukishiro

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