第4話 イルーシアの危機

 カズキは村に入ると、そのまま奥を目指した。奏太もそれについていく。

 しかし、村の中は閑散としていた。家はあるから人は住んでいるのだろうが、ひっそりと静まり返っている。畑があって作物が植えられているが、それらもしおれて生気がないようだった。地面にも、外と同じようにあちこち地割れが起きている。


「ただいま、じいちゃん」


 カズキは一番奥まったところにある家の扉を開け、中に入っていった。奏太もそれに続く。


「おお、カズキ! 無事じゃったか! まったく、一人で狩りに行くなど、無茶をしおって……」


 家の中には囲炉裏が掘られていて、熾火が燃えていた。その傍らに座っていた白髪頭の老人は、カズキの姿を認めると、立ち上がって彼の存在を確かめるように、肩に手を置いた。


「獲物は獲れなかったけどね。でも、もっとすごい人に会えたんだよ。言い伝えにある勇者だよ!」


 老人は、そこで後ろの奏太に気が付き、目を丸くする。


「勇者じゃと?」

「そう! 言い伝えは本当だったんだよ! これでもう安心だよ!」


 カズキは目を輝かせて奏太を紹介するが、老人は訝しそうに目をすがめて奏太を見る。やっぱり怪しまれて当然なのかもしれないが、居心地は良くない。


「まあ、二人とも疲れたじゃろう。ひとまず座りなさい」


 老人は奏太から視線を外すと、囲炉裏の縁に戻る。家の入口は土間になっていて、一段高くなって板の間になっていた。

 やはり日本の家のように、靴は脱ぐ仕様のようだ。奏太とカズキも靴を脱いで、中に上がった。夢中になって忘れていたが、奏太は教科書やノートが入った通学鞄を持ったままだった。土埃を払って、脇に置かせてもらう。

 カズキが持っていた杖を軽く掲げる。すると、囲炉裏の熾火が燃え上がった。そこに、老人が部屋の隅に置かれた大きな壺から、ヤカンのようなものに水をくみ、火にかけた。少しすると、しゅんしゅんと湯気が立ち上る。老人は湯呑を三つ用意するとヤカンを火から下ろし、沸いた湯を注ぎ入れた。


「葛湯じゃよ。お飲み」

「ありがとうございます」


 奏太は湯飲みを受け取ると、息を吹きかけて冷ましながらすすった。とろりとした甘みが口の中に広がり、緊張がわずかに解れた。


「儂はゲンナイ。この村の村長で、カズキの祖父じゃ」


 それを受けて、奏太も名乗る。


「ソウタ。今、この世界は危機に瀕しておる。……言い伝えの話は聞いたか?」


 ゲンナイは湯飲みをすすりながら、奏太を見つめる。奏太はごくりと唾を飲み込んだ。


「はい」

「世界の理が乱れ、天変地異が起き、獣は猛り、人々を襲っている。村人も怯えて、家に引きこもっておる。お前さんも見たじゃろう。この村だけではない。世界の各地で異変が起きていると聞く」


 あの化け物のような狼や、地割れに畑のしおれた作物。それらが「理が乱れる」ことによって起きているということなのだろうか。


「このままではこの世界は崩壊し、生き物は滅びてしまう。これは、儂らにはどうすることもできん。理を正し、世界を救えるのは、お前さんのイマジンの力だけなのじゃ」


 カズキとゲンナイ、二人の視線を受け止め切れず、パチパチと燃える囲炉裏の火に視線を逸らした。

 

「でも……俺はそんな大した人間じゃないです。それに、家に帰らないと……」


 帰る、という言葉を口にしたが、自分でそれに違和感を覚える。帰っても、学校は楽しくないし、店から持ち出してしまったこのペンダント――アミュレットなんて言われているけれど、この件でどれくらい怒られるかと思うと、気が重くなる。帰る必要があるのか、あの世界に。

 ゲンナイはそんな奏太の胸の内は知る由もなく、首を横に振る。


「お前さんが元の世界に帰る方法は、儂にもわからん。じゃが、クリスタリアを目指せ。クリスタリアは、この世界の中心。そこに女王がおわす。女王陛下は、イルーシアの全てを統べる者。お前さんが帰る方法も、もしかしたら知っているやもしれん」


 話を聞きながら、奏太はじっと床に目を落とす。

 いきなりわけのわからない場所に飛ばされて、世界を救えと言われたって、無理だ。奏太が言い伝えの勇者という話だって、彼らが勝手に言っているだけで、奏太には一つも自覚はないのだし。

 その時、外から轟音と悲鳴が聞こえてきた。

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