第3話 古い言い伝え
黒髪で奏太と同じくらいの背丈の少年は、奏太を背にかばい、RPGなんかで見るような魔法の杖のようなものを獣に向かって構えている。木を削りだしたような、身長ほどの長い杖の先に、赤い宝石がついていた。
もう一度獣が姿勢を整え、こちらに飛び掛かってくる様子を見せる。獣のターゲットは、獲物を捕らえる邪魔をした少年に移っていた。
獣が力をためて跳躍した瞬間、少年の杖の先が輝いた。風に乗って木の葉が舞い上がり、獣に向かって刃物のように縦横無尽に襲いかかる。
しかし、見た目より威力はなかったのか、獣は束の間怯んだだけだった。不快そうに首を振って、再び攻撃の姿勢を見せる。
少年は一歩も引かずに獣をにらみつけているが、背中越しに焦りが伝わってくる。彼も、この獣を撃退する決定打は持っていないようだった。万事休す、というやつかもしれない。
思考が恐怖に支配されそうになる中で、奏太は思った。こんなわけのわからない状況で死ぬのはごめんだ。しかし、獣は無常に地面を蹴り、鋭い爪と牙が迫ってくる。
その時だった。
手の中に握り込んでいたままだったペンダントが光り、獣は見えない壁に阻まれたかのように弾かれ、転がった。そのまま、大きなダメージを食らったかのように動かない。
「早く! こっち!」
その隙を逃さず、少年は奏太の手を引いて駆け出した。整備されていない道を、手を引かれながら懸命に走る。
すっかり息が上がるころに森を抜けた。膝から力が抜けて座り込み、必死に呼吸を整える。肺が痛い。もう一歩も動けないと思った。
「大丈夫?」
少年も肩で息をしているが、奏太ほどの疲労は感じていないように見えた。
顔を上げて初めて少年の顔を確認した奏太は、目を見開いた。
「え? 一樹?」
彼はクラスメイトの一樹にそっくりだった。
「なんで僕の名前を……? いや、今はそれどころじゃない」
少年は驚きに目を見開いたが、もう一度警戒するように森の方を見て、
「ここは危ない。ともかく、村へ行こう」
息を整えるのもそこそこに、再び歩き出した。
「さっきは助かった。ありがとう」
少年は歩きながら振り返って、奏太に笑いかけた。
森を出た奏太は、少年に先導されて歩いていた。一見なだらかな道が続いていたが、地面はあちこち地割れが起きたり、隆起したりしていて、二人は迂回しながら進んでいた。大きな地震でも起きた後のようだった。
「いや、俺の方こそ……。それに、俺は何もしてないし……」
「そんなことないよ。あれは間違いない、〝イマジン〞の力だ」
「イマジン……?」
首を傾げる奏太に、少年は続ける。
「この世界には、古い言い伝えがあるんだ」
大地の
「異界の……勇者……?」
では、自分は漫画やアニメではよくある、異世界というやつに来てしまったのだろうか。にわかには信じられない。
「ここはイルーシア。ここでは、次元を隔てた別世界の存在は、古くから認知されているんだ。気軽に行き来したりはできないけどね」
はあ、と奏太はよくわからないまま生返事をし、ズボンのポケットにしまったペンダントを取り出す。奏太だって、魔法や冒険に憧れはある。でも、それは想像の中での話だ。実際に生命を奪われる恐怖を味わった後では、とても喜ぶ気になれなかった。
「アミュレットって……これのこと?」
それは何事もなかったかのように日の光を反射するだけで、不思議な力を発したとは思えなかった。
「イマジンは、アミュレットを持つ勇者にだけ使える、特別な魔法なんだ」
そんなことを言われても、ピンとこない。それに、魔法のような力なら、さっき彼も使っていたではないか。
「僕たちに使える魔法は、その場にあるものを利用するだけなんだ。でも、イマジンは思いを具現化する魔法。もちろん、使いこなすには訓練が必要だけど、思い描いたことを現実にできる力だと、言い伝えにはある」
奏太はますます首を傾げる。自分がそんな大それたものだなんて、どうしても思えなかった。自分みたいな人間が物語の主人公――勇者だなんて、ありえない。
「俺は、勇者なんかじゃ……」
小さく呟くが、その声は少年には聞こえなかったようだ。
「ああ、やっと見えた。あそこが僕の村だよ」
少年は道の先を指差す。そこには、茅葺き屋根の家が並ぶ、小さな集落が見えた。異世界といえば、無意識に中世ヨーロッパ風の街並みを想像していた奏太は、少し拍子抜けした。そういえば、カズキの服装も、洋服というよりは着物をアレンジしたような感じだ。
「詳しいことは、僕の家で話そう。僕のおじいちゃんが、言い伝えについて詳しく知っているから。……そういえば、君の名前を聞いていなかった。僕はカズキ」
「あ、俺は奏太」
やっぱり、奏太の知っている一樹と同じ名前だし、顔もそっくりだけど、何か関係があるのだろうか。考えても、答えは出ない。
「ソウタか。よろしく」
カズキは朗らかな笑顔を浮かべた。しかしその笑顔は、奏太の知る一樹のは、全く別人のものだった。
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