後編
(雪乃先生、そんなはっきり言わなくても……)
恥ずかしさとショックで手が震えてくる。みっともないところを見られたくないし、どうしたらいいのだろうと俯いていると、雪乃先生が意外なことを口にした。
「懐かしい! 私のおばあちゃんが作るおにぎりとそっくりだ! いいなぁ」
紗那絵はびっくりして雪乃先生を見ると、にこにこと笑っている。
「え? え?」
戸惑っている紗那絵に変わり、傍にいた綾香が説明した。
「これ、紗那絵のひいおばあちゃんが作ったそうです……」
「え! そうなの?」
驚く雪乃先生に、紗那絵はすぐさま「自分が頼んだのではなく、曽祖母が勝手にしたことだ」ということを弁解した。
「で、でも、私こんなにおっきいの食べないのに、勝手に作って、それで……!」
「ますます私と一緒だ! 分かる、その気持ち!」
そう言って雪乃先生は、ふふふっと笑う。
「え……?」
すると彼女は「私と一緒だ」と言った理由を教えてくれた。
「私、おばあちゃん子でね。お弁当もおばあちゃんに作ってもらってたんだけど、作るおにぎりが毎回すごく大きくて。まさに紗那絵さんのおにぎりと同じくらいのサイズなの。私も恥ずかしいし、食べきれないから小さくしてって言ったんだけど、全然変わらなくて。でも後で思ったのは、多分ひもじい思いをしなくてすむようにって気遣っていたのかなーって」
「ひもじい思い……?」
きょとんとする紗那絵に、雪乃先生は頷いた。
「私のおばあちゃんは戦争も経験しているし、日本が貧しいときに生き抜いてきたから、多分自分の大切にしたい人に同じ思いをさせたくなかったんだと思うのね」
「あ、私もおばあちゃんも戦争経験者です……。幼かったけど、空襲警報の音は今でも覚えているって……」
すると雪乃先生が「そっか」と、気持ちをちゃんと受け取ってくれたというような優しい声だった。
「それにね、これくらい大きなおにぎり握るって結構難しいんだよ。私も手は大きいし指も長い方だけど、それでも簡単じゃなかった。私のおばあちゃんは手が小さかったから、なおさらね、一生懸命愛情を込めて作ったんだろうなぁって思ったら、それ以来小さくしてっては言えなくなっちゃった」
「雪乃先生のおばあさんって……」
綾香がおずおずと尋ねると、少ししんみりとした声で答えてくれる。
「もうこの世にはいないの。でも、紗那絵さんが持っていたような大きいおにぎりを見ると、思い出すんだぁ。おばあちゃんのおにぎり」
そういうとまた皆を魅了する笑顔が戻ってくる。紗那絵はそれがたまらなく嬉しくなって、こんなことを提案した。
「あの、雪乃先生……これ、一つ食べますか? すっごく大きいですけど」
しかし言ってから失敗したと思った。こんな大きなおにぎりを美人が食べるわけがない。だが、雪乃先生は紗那絵の想像をいい方に裏切ってくれる。
「え⁉ いいの?」
嬉々として喜ぶ先生を見て、紗那絵の方が驚いてしまう。するとその表情を見て心配になったのか、雪乃先生は彼女に尋ねた。
「でも紗那絵さんのは?」
「あ、あの、私は一個で十分なので! それにきっと食べてくださったらひいばあも喜ぶと思います」
「ありがとう。じゃあ、いただこうかな」
雪乃先生はお礼を言うと、紗那絵から大きなおにぎりを一つ受け取るとまたぱっと花が咲いたように笑った。
「これ何が入っているの?」
「しゃけだと思います」
「嬉しい! しゃけのおにぎりおいしいよね」
そう言いながら、使っていない机を引っ張ってくると、雪乃先生は紗那絵の隣に座って「いただきまーす」と元気に挨拶してご飯を食べ始めた。
「雪乃先生、そんなに食べられるの?」
「無理じゃない?」
雪乃先生と話をしたい女子と男子が聞いたが、彼女は「ふふーん、先生という職業は体力勝負なんです。だから、しっかり食べないとね!」と言って、おいしそうにおにぎりや自分が持ってきたお弁当をほおばっていく。紗那絵がそれをほっとした様子で見ていると、新菜が彼女の半袖の制服を引っ張って小声で言った。
「紗那絵」
「どうしたの?」
きょとんとして聞き返すと、新菜が硬い表情を浮かべて謝った。
「さっきはごめん……。私、嫌なことした」
見られたくないおにぎりを皆に見せてしまったからだろう。確かにその行為そのものはしてほしくないことだった。だが、雪乃先生のお陰で救われたし、新菜は謝ってくれた。許すに決まっている。
「いいよ。もう大丈夫だから」
すると新菜はほっとしたように笑った。
「ありがとう」
紗那絵もつられて笑う。
「私たちもご飯食べよう」
「うん!」
傍で見ていた綾香もほっとした表情を浮かべると、三人ともそれぞれ席につき、紗那絵は改めて大きなおにぎりを見た。
(これはひいおばあちゃんの私に対する愛情なんだ)
そう思うと、大きすぎるおにぎりもなんだか大切なもののように思える。
紗那絵はもう一つのおにぎりのラップを外すと、ぱくりとほおばった。
(おいしい……)
塩加減がちょうどよい、梅干し入りのおにぎりだが、具が入っている真ん中まで到達するにはまだまだなので、隣に雪乃先生が座って食べている嬉しさを噛みしめながら、ゆっくり味わって食べようと思うのだった。
(完)
大きなおにぎり 彩霞 @Pleiades_Yuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。