第10話 千紗のケース

 ビッグママ法が、施行されて20年が経った。与党ネオ女性党は、目標の出生率2.0を越えたと発表した。目標の数値に達し、日本の少子化はブレーキがかかったと思われ、ネオ女性党政権が長く続くものと思われていた。しかし、先の衆議院選挙でネオ女性党は革新党に敗れた。革新党の公約のひとつに、離婚女性の保護があったからである。ネオ女性党が通い婚を認めたことにより、離婚率が極端にあがり50%になってしまっていた。離婚は妻が認めなければ成立しないが、通い婚では足が遠のく夫が増え、結局離婚して新しい夫を迎えるパターンが多かった。若い時は、それもできるが、高齢になれば、それもままならない。よって、離婚して一人で子どもを育てている女性も少なからずでてきたのである。


 千紗は10人の子持ちである。上は、高校3年から、下は3才である。22才で最初の子を産んで、現在40才になった。今までに婚姻関係を結んだ男性は10人。最大時は7人と婚姻の契約をしていた。しかし、今はだれ一人いない。皆、千紗から離れていった。女性にとっても離婚した方が援助を受けられるので、全ての夫に離婚届けを送りつけたのだ。

 千紗は無職である。今まで多くの男性と婚姻をしていたので、子作りと子育てだけをしてきた。体格も良く、まさにビッグママそのものだった。収入は生活保護の15万円と児童手当の30万円で暮らしている。住んでいる町は、教育費が無償なので、子育てをしやすい環境にあった。しかし、生活保護を受けるということで、いろいろな制約があった。まず、車をもつことができない。もっとも免許がないので、運転はできないのだが、息子がバイクをほしいと言っても買い与えるわけにはいかなかった。買い物には子どもたちに自転車で行かせていた。PCはない。TVはあるが、BS/CSはない。千紗は通販番組が好きで、家の中は通販で買ったものがあふれている。町営住宅の賃貸料は月4万円。3DKの家に11人で住んでいる。6畳間が三つで、ひとつの部屋に二段ベッドが二つずつ。小さい子ども二人と千紗が同じ部屋に寝ている。お世辞にも片付いているとは言えなかったし、子どもたちは何日も同じ服を着ていた。小学生以上は自分で洗濯をするのがルールだ。食事がまた大変だ。中学生以上の女の子4人が二人組みで交代で作っていた。大鍋でカレーを作ったり、鍋物を作るのが常だった。食べる時は競争だ。洗い物が大変なので、一つずつ椀を持ち、それだけで食事をするのがルールだった。洗い物をするのは、食事当番のない小学生3人の交代制だった。当番がないのは、父親がわりの高校3年の長男と下の子二人。そして千紗である。掃除は自分の部屋は自分たちでやるというのがルールだったが、母親の部屋が一番ひどく、他の部屋も似たようなものだった。千紗は家事らしいことをほとんどしていなかった。


 ある日、長男の明が千紗と話を始めた。

「この前の選挙で革新党が勝っただろ」

「そうだね。ネオ女性党はもう終わりよ。子作りばっかりさせて、あげくのはてに離婚家庭が増えたんだから、ウチみたいにだんなが一人もいないというのは珍しくないよ」

「それでね。革新党が離婚者救済施設を作るんだってさ」

「なにそれ?」

「老人福祉施設の離婚者版みたいだよ」

「私も入れるのかね?」

「入れるんじゃないの。子どももいっしょに入れるみたいだけど・・・児童手当はでないみたいだね」

「それじゃ、30万なくなるのかい。それはいやだね」

「それと母ちゃん、俺、来年卒業したら働こうと思うんだけど・・・」

「うん、何をするの?」

「俺、自衛隊に入ろうと思う。今日、役場で説明を受けてきたら、歓迎するって言われた」

「自衛隊、いいね」

「それで、家をでなきゃいけないんだけど、大丈夫?」

「大丈夫さ、長女の恵がちゃんとやってくれるさ。仕送りはしてくれるんだろ」

「それなんだけど、仕送りがあると生活保護がストップするかもしれないって言われた」

「だれに?」

「今日説明してくれた役場の人に」

「ということは、仕送りなしかい?」

「仕送りなしでも、俺の収入うんぬんで生活保護が減額になるかもしれないとも言われた」

「なにそれ! 子ども作れ! とさんざん言って、国民に子作りをさせて、子どもが産めなくなったから施設に入れってか! 政府は母親をなんと考えているんだ! 子ども製造器じゃないんだよ!」

千紗はあらんかぎりの声で叫んだ。

「俺に言われてもしょうがない。政府に言ってよ」

「政府に言ったって無駄だ。ここはメディアに訴える!」

千紗のあまりの剣幕に明はもう何も言えなかった。


 翌日、千紗は地元新聞社に電話をした。すると、読者投稿をすすめられた。

「文を書くのは苦手なので、インタビューにきてほしい」

と言ったら、

「忙しいのでお断りします」

と言われた。

「まったく、新聞社はこれだからダメなのよね」

千紗は、ここ20年間、新聞を読むことはなかった。文を書くだけでなく、文を読むのも苦手だった。たまに子どもが買ってくるコミックを読む程度だ。

 次は、TV局だ。地元の民放TV局に電話をすると、

「政府に言いたいことがあるから、インタビューに来てほしいんだけど・・・」

「政府に言いたいことがあるのでしたら、直接官邸に連絡されたらどうですか?」

「直接、文句言ったって、聞いてもらえるわけじゃない? TV局を通じて文句言いたいのよ」

「個人的なことを言われても、放送はできませんが・・・」

「個人的なことじゃないよ。革新党が言い出した離婚者救済施設のことよ」

「それの何が問題なのですか? 国民の多数からは好意的に見られていますが」

「国民の多数が賛成でも、10人も子どもがいる離婚者にとっては問題なのよ」

「10人もお子さんがおられるんですか? まさにビッグママですね」

「そうよ。ネオ女性党が言うように、少子化対策に効力してきたんだから」

「お子さんは何才から何才までおられるんですか?」

「上は18才から、下は3才よ」

「だいぶ離れていますね。だんなさんは何人いたんですか?」

「何人いたと思う?」

「10人のお子さんですから、5人ぐらいですか?」

「10人よ」

「それはお子さんの数ですよね」

「だんなの数も10人よ」

「10人!」

電話先で、担当者が素っ頓狂な声をあげた。続けて聞いてきた。

「10人って、ビッグママ法では、最大7人までとなっていますが・・」

「一度に10人いるわけないじゃない。離婚しては、新しいだんなといっしょになったのよ。多い時は7人いたけどね」

「すごい。まさにビッグママですね。それで、今は何人のだんなさんがいるんですか?」

「いないから困って」

と言った時に、急に電話機のボタンがおされ、電話が切れた。すぐに、向こうから電話がかかってきたが、電話機のコードも抜かれた。長女の恵だ。

「ママ、もうやめて! ウチの恥をさらすことになるのよ。お昼のワイドショーで取り上げられて、ウチの間にレポーターがどやどやくるのよ。ママや私たちは好奇の目で見られるのよ。10人の男を手玉にとったビッグママとか言われるのよ」

そう言って、恵は泣きじゃくっていた。それを見ていた子どもたちも心配そうにしている。

「恵、おまえ・・・」

千紗は言葉がでなかった。

 そこに長男の明が帰ってきた。他の兄弟たちから事情を聞き、千紗に話を始めた。

「母ちゃん、TV局にだんなが10人いて、今はいないって言ったんだって」

「うん」

「それに子どもが10人いるとも言ったの?」

「言った。事実だもの」

「事実だけど、世間からは好奇の目の対象でしかないよ。俺たち兄弟が、学校でなんて言われているか知ってる?」

「学校で悪口言われているの?」

「ビッグママと10人の子って言われている」

「それ、事実じゃない?」

「そう、事実だよ。でも、その言葉の裏には、珍しい、変だ、おかしいという意味が入っているんだよ。俺たち兄弟はそう言われてもがまんしていた。兄弟が多いことはいいことだと思っているから。でも、TV局が来て、それを言われたら俺もいやだ」

しばらく沈黙が続いた。落ち着きを取り戻した千紗が口を開いた。

「そうね。子どもたちをTVの前にさらすわけにはいかないね。母さん、浅はかだったよ。あんたたちが就職して家を出ていって、児童手当が少なくなったら施設に入るわ」

「まだ、先の話だよ。みんなが就職したら、みんなで仕送りすれば生活保護がなくても生きていけるよ」

「もういいよ。あんたたちには、ずいぶん助けられたもの。思えば、明と恵が小さかったころ、親子4人で暮らしていた時が一番楽しかったね。お金はなかったけど、お弁当作って、サクラ見に行ったり、海に行ったりしたね」

「俺も覚えているよ。夏が終わった海で、波がいったりきたりしておもしろかった」

「そうそう、一番目のだんなが、明とおいかけっこしていたっけ」

千紗は遠い日々を思い出していた。10人の子どもに囲まれたビッグママの目には涙がたまっていた。


                完 2023.5.27

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビッグママ法成立す 飛鳥 竜二 @taryuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ