第9話 有子のケース

 ビッグママ法が施行されて10年がたち、女性一人あたりの出生率は1.8人まで回復してきた。目標の2.0まであと少しだが、近年伸び悩んでいる。そこで政府は、国民の要望を受け、見直しをはかった。大きな変更は通い婚を認めるということであった。


改定第1条 基本

 この法は、女性が子どもを育てるにあたり、一人の男性との婚姻では無理と判断した場合、申請により二人以上の男性との婚姻を認める。また、子どもが複数となった場合は、子の人数に一人を足した男性との婚姻を認める。

 同居を原則とするが、妻が認めれば通い婚も認める。ただし、最大7名までとする。


 ビッグママ法が施行されて15年目。

 有子は6人の子持ちである。上は中3の長女から、中1の双子の二女・三女、小5の四女、小3の五女、そして小1の長男である。ずっと女の子が続き、やっと授かった男の子であった。だんなは6人いる。ビッグママ法改正の前から有子の家では、ひとりのだんなを除き、後の5人は通い婚であった。同居していた時期もあったが、トラブルが続き、事実上の通い婚となっていた。本来ならば別居罪の対象だが、別居罪は妻の申告がなければ罪として認定されない。有子が認めた通い婚だったのである。なにせ、皆で住んだら13人家族。郊外の一軒家にそのスペースはなかった。

 同居しているだんなは、丈一郎という。職業は画家である。たまに絵が売れることはあるが、生活力はない。有子は、モデルとして丈一郎と知り合い、何度か通っているうちに子どもができる関係となった。実は、6人の子ども全員の実父はDNA鑑定で丈一郎とわかっている。まわりの人間は、丈一郎以外のだんなとは避妊具を使っているんだという憶測をもっていたが、そんなことはなかった。ただ、子どもが産まれて次の妊娠可能日には丈一郎優先だった。だから定期的に子どもが産まれたと言える。6人産まれた時点で、有子の容貌はだいぶ崩れてきていたが、35才になった今でも充分魅力的な色気をかもしだしている。

「ジョー、今木曜日があいているんだけれど、新しいだんなを入れてもいい?」

「とうとう7人目のだんなか? 今まで何人換えたんだよ」

ジョーとは丈一郎のことである。木曜日があいているということは、他のだんなとは

曜日契約をしている。つまり、だんなが来るのは決まった曜日ということである。

「うん、5人かな? 6人だったかな?」

「まったく飽きっぽいんだから・・・大丈夫なのか。今度の相手は決まっているのか?」

「飽きっぽくないわよ。相手が来なくなるんだから仕方ないでしょ。それにジョーとは15年以上続いているでしょ」

「それは俺が忍耐強いからだよ」

「またまたそれを言う。何も知らない私をこういう女にしたのはあなたですからね」

「はいはい、わかりました。お好きにどうぞ」

 

 有子は週に6日、スナックのママをしている。最初は雇われママだったのだが、オーナーが病死し、オーナー家族が格安で有子に譲ってくれたのである。有子は、5時まで家の仕事をし、夜7時から12時までスナックの営業をしていた。夜は中3の長女がチイママとして家を仕切っていた。

 5人のだんなとは、スナックで会っている。契約では、生活協力費として月10万円を有子に渡すことになっている。生活協力費といっても名目で、実態はスナックの運営費に使われていた。だんなの立場としては、週に一度、飲み放題食べ放題そしてセックスができたし、何より既婚者という立場は仕事の上でプラスにはたらくこともあった。有子から安物の結婚指輪を渡されて薬指にはめているのは結婚できない男性が多い現在、ある種のステータスなのだ。丈一郎以外のだんなは曜日契約なので、他のだんなと顔を合わすことはなかったし、お互いの名も知らなかった。それに丈一郎以外のだんなの中には、有子が6人の子持ちということを知らない者もいた。

 木曜日に何度かくる20代後半の青年がいた。名を竹内といった。職業は、公務員と言っているが、ふつうの公務員ではなさそうだ。警察官の雰囲気だったが、捜査畑ではないようだ。かと言って、事務畑でもなさそうだ。ちょっと怪しい雰囲気をかもし出していた。そういうこともあって、有子は木曜日にきた竹内に

「今日、ちょっと話があるからラストまでいてね」

と声をかけた。竹内は、ぴくりと表情を変えたが、ニヤリとすることもなく、たんたんとグラスを傾けている。閉店間際に他の客がいなくなり、早めに店を閉めた。アルバイトの女の子は、にやにやした顔で帰っていった。ママが木曜日フリーだと知っていたからである。

「竹内さん、残ってくれてありがとう」

「どういたしまして、ママさんのご指名ですから・・」

「ところで、この店にはだれ目当てで来ているの? Kちゃんかしら?」

有子は、バイトの女の子の名前をあげた。でも、そんなことは少しも思っていなかった。有子目当てに来ていると確信していた。

「そんなことないですよ。ママさんに会いたくて来ているんですよ」

「あら、うれしい。その言葉に、一杯ごちそうするわ」

と言って、グラスに新しいシャンパンをそそぎ、二人で乾杯した。

「ところで、ママさん、今日は何の話なんですか?」

「それなんだけど・・・実は、私には子どもがいるの」

有子は竹内の表情が変わるかと思ったが、特に変化がないのに内心驚いた。有子が子どものことを言うのは珍しいことだった。

「ママさんみたいな魅力があれば、子どもがいても不思議じゃないですよね」

「でね、だんなは画家なんだけど・・収入が少ないわけよ」

「ほう、それで私に2番目のだんなにならないかということですか?」

「簡単に言うとそうなんだけど・・・2番目じゃないのよね」

「7番目ですよね」

「あら、よく知っているわね」

「職業がら調べるのは得意なので・・・」

「やっぱり警察の方?」

「いえ、違いますよ」

「もしかして・・私立探偵?」

「前に公務員って言ったじゃないですか」

「すると内閣調査室? スパイだったりして・・・?」

「そんな大それた・・・自衛官の身元調査員ですよ」

「自衛隊に入る人の身元調査をする人?」

「そうです。問題ある人が自衛官になったら困るでしょ」

「そうよね。武器をもつんだからね」

「それより、だんなになる話は?」

「そうそう、そっちが大事よね。それで曜日ごとにだんなさんがいるんだけど、今、木曜日があいているのね。それで、あなたに木曜日のだんなさんにならない? っていう話」

「日替わりで、だんなさんが替わるわけですね。まるで、ていのいい売春宿みたいですね」

その言葉に有子は怒った。

「何言ってんの、あんた! 私は6人の子持ちよ。日本の少子化対策に貢献してんの。日替わりにしてんのは、だんなどうしでケンカしないためじゃない。バカにすんじゃないよ」

竹内は、少しびびったが、

「そう言うと思ってました。まわりの人がそんなことを言っていたから、ママはどう思っているのか聞いておきたかったんです。ママさんは悪くないですよね。コンプラOKですからね」

「コンプラって何よ?」

「法律にのっとっているということですよ」

「そうよ。私は法に従っているの。昔、だんなの通い婚が認められない時は、大変だったのよ。うちに3人のだんながいたんだけど、仲悪いし、家にいる時は3人ともグータラなんだから」

「でしょうね。ところで、他に条件は?」

「生活協力費を月10万円入れてほしいの。そのかわり、木曜日はお店で食べ放題、飲み放題、それに私つき」

「1回25000円か。悪くはないですね」

「給料ぜんぶとられるわけじゃないから、同居よりいいと思うよ。ただし、2ケ月滞納したら離婚ね」

「そういう人いたんですか?」

「まあね。何人かはね」

「あきたら来なくていいわけか」

「そういう考えはよくないと思うよ。子育てに協力するという考えをもたなきゃね」

「そうですね。じゃ、早速今日からお願いできますか?」

「おっとと・・・それはだめ。まだ夫婦じゃないから。来週、婚姻届けと生活協力費をもってきて、それで婚姻成立。私からは結婚指輪のプレゼントがあるよ」

「今日はお見合いということですか。それじゃ、来週また来ます」


 翌週の木曜日、開店早々に竹内はやってきた。書類は整っている。有子は婚姻の証しに竹内に指輪を渡した。早速、指にはめた竹内はサイズがぴったりなのに驚いた。

「よくサイズがわかりましたね」

「あなたの手をさわればわかるわよ」

確かに、先週、有子に手を握られた覚えがあった。

「先に飲む? それとも2階に行く?」

「うーん、2階かな」

「好きね。じゃあ、Kちゃんお願いね」

バイトのKは、いつものことなので、ニヤッと笑って二人を見送った。2階にあがると、ダブルベッドが鎮座し、階段脇にはトイレ兼用のシャワールームがある。

「まずは、シャワーをあびてきて」

と言って、竹内の服を脱がし始めた。さすが自衛官らしくたくましい体だった。でも、左脚に傷があったのが気になり、聞いてみると

「訓練中にケガをして、いま金属が入っている。それで、思いっきり走れない。自衛官としては失格さ」

「ごめんね。いやなことを聞いてしまって・・」

「いいよ。いずれわかることだ。夫婦だから隠し事はできないよね。と言ってもママさんには隠し事がいっぱいかな?」

「そんなことはないよ。子どもが6人いて、だんなが7人いて、スナックのママさんをやっている。そんなもんよ。ところで、そのママさんという呼び方やめて。有子って呼んで」

「有子、いい響きだね」

そう言いながら、シャワーを浴びにいった。シャワーをあび終わると、交代でシャワーをあびようとする有子を抱きとめ、強引にベッドにおし倒した。

「いやよ。体のにおい残っているわ」

「いいんだよ。隠し事なしで・・・」

と言いながら唇をうばいにきた。有子は、その力に委ねるしかなかった。

 30分ほどで、竹内は果てた。初めてではなかったようだが、慣れている感はしなかった。風俗遊びは何度かしたことがあるのだろう。でも、流れは急だった。若い人に多いタイプである。有子は、シャワーをあびて、化粧を整えた。

「下で待っているからね。飲みにいて、明日の朝までいていいんだよ」

竹内は、少しグッタリした顔で、気のない返事をした。竹内が下に降りてきたのは、閉店間際だった。少し寝ていたようだ。他の客は帰っていたので、バイトのKも帰し、二人きりで飲んだ。

「なんか食べる?」

「うん、ママ・・じゃなくて、・・・有子の手料理が食べたいな」

「OK。モツ煮込みが残っているから、それでいい?」

「いいね」

ちょい辛のモツ煮込みが小鉢に入って出てきた。スナックなので、お酒のつまみとなると、こんなものかと思いながら、口にすると結構おいしかった。すぐに食べ終わり、おかわりを所望。有子は、いやな顔をせずに、冷蔵庫からだし、レンジで温めた。手料理かどうか疑問だが、有子は笑みを浮かべて竹内の食べる様子を見ていた。

「泊まってく?」

「いや、明日は大事な仕事がある。今度、年休とれたら泊まるよ」

と言って、竹内は帰っていった。有子は、久しぶりに男が帰るのが寂しかった。最近、他のだんな連中とはあっさりとした関係だったし、丈一郎とはここ1年ほど接触がなかった。


 翌週、竹内は閉店間際にやってきた。明日は年休をとってきたということで、泊まっていくことになった。軽い食事をして、店を閉めてからゆっくりと二人で過ごした。今度は30分で終わらなかった。濃密な一夜となった。有子は久しぶりに女の悦びを感じていた。翌朝、竹内を見送る有子の姿は新婚の夫婦のようだった。

 部屋を片付けてから、家へ帰ると子どもたちは学校に行った後だった。丈一郎は、相変わらず離れの部屋で絵筆を握っている。最近は、わけのわからない抽象画を描いている。昔の絵は有子にもわかったのだが、最近の絵は無理だった。時々、画商がやってくるが、持って帰る絵の数はどんどん少なくなっている。まだ、くたびれる年ではないのに・・・。と思いながら丈一郎を見ているうちに、猛烈な眠気におそわれて、ソファの上で寝入ってしまった。昼過ぎに目を覚ましたら、毛布がかけられていた。丈一郎のやさしさだった。夕飯の仕込みをして、スナックの料理も作った。先日のモツ煮込みもこの時間帯に作ったものである。今日はカレーにした。金曜日の恒例メニューだ。子どもたち用の甘口のカレーと中辛の2種類を作らなければならない。中辛の3分の2はタッパーに入れて、スナック用だ。お酒のつまみというよりは締めのご飯として人気がある。お客の中には、カレー目当ての者もいた。

 その日の夜は、金曜のだんながきたが、さしたる会話もなく過ごし、閉店前に帰っていった。翌日も同じだった。竹内の姿を思い浮かべる有子であった。

 日曜日は、子どもたちと戦争である。天気がよければ布団干し。一斉に干すと壮観である。その夜、中3の長女が進路のことを相談してきた。丈一郎はただ聞いているだけだ。

「ママ、高校なんだけど・・・看護科に行きたいの」

「看護師になりたいの? いいんじゃない」

「5年間通わなきゃいけないんだけど・・・」

「3年じゃないの?」

「うん、4年目からは実習とか入ってくるんだって。それに学費も普通高校よりかかるんだけど・・・」

「そうか、高校はお金かかるんだよね」

と言いながら、丈一郎の方を見たが、丈一郎は何も表情を変えなかった。お金のことを丈一郎に相談するのは無理な話である。

「それじゃ、ママが今以上にがんばるからね」

と言って、その日は終わったが、ぎりぎりの生活をしている今の状況では、なかなか厳しい話だった。だんなたちの生活協力費を値上げしたら続かないことは明らかだ。正直、有子の魅力でつないでいるわけではなく、既婚者であることのステータスをつけたいというだんなが多かったのだ。


 翌朝、子どもたちを学校に送り出しても、丈一郎は朝食に来なかった。いつもは、パンとコーヒーだけだが、朝食をとる丈一郎だった。まだ寝ているのかと思い、離れの部屋に見に行ったら、丈一郎はいなかった。絵の道具もなくなっていた。そのかわり三脚のところに封筒に入った手紙があった。

「旅にでる。当分帰らない。さがさないでくれ」

とだけ書いてあった。有子は愕然とした。今までにも旅に出たことはあるが、2・3日で帰ってくるのがふつうだった。さがさないでくれ。とまで書く人ではない。きっと、昨日の長女の話が原因だ。自分がいなくなれば、その分家計が楽になると考えたのだろう。そういう男なのだ。黙って一人で決めてしまうイヤな奴なのだ。(ジョーのばか)と心で叫び、その後、涙が止まらなかった。その日から3日間、スナックを休んだ。というか夕方になっても行く気がしなかった。バイトのKちゃんから電話がきたが、行けそうもなかった。スナックにきただんなからは、電話がかかってきたが、体調が悪いとしか言えなかった。来月分の生活協力費の減額を付け足すと皆納得してくれた。有子の体調を気遣うだんなはだれもいないのか。と、ますます寂しくなった。

 木曜日になっても、行く気がせず、Kちゃんに連絡し家でおとなしくしていた。すると、家のドアホンがピンポーンとなった。モニターで見ると、そこには竹内が立っていた。

「なんで、ここにいるの?」

ドアホンでの会話が始まった。

「有子さんの調子が悪くて今週休んでいるって聞いたので・・・」

「心配してくれたのはありがたいけど・・どうしてウチを知ってるの? Kちゃんが教えたの?」

「いや、結婚前に調べて知っていた。だまっていてごめん」

「調査が専門だもんね。仕方ないわね。どうぞお入りください。子どもたちは寝ているから」

竹内は、静かに入った。だが、そこに長女が立っていた。

「あなた、だれ?」

目を細めて竹内をにらんでいる。ドアホンが鳴ったところで、部屋から出てきたのだろう。受験生がまだ寝る時間ではなかった。そこに、有子も出てきた。

「仁美、起きてたの?」

「だれ、この人?」

「この人は竹内さん。私の7番目のだんなさん」

「最近、いっしょになった人ね。お父さんがいなくなったから、別のだんなを家に入れるわけ?」

「そういうわけじゃないわ。私が具合悪いから、見にきてくれたのよ」

「フーン、それだけですむならいいけど・・」

「それ以上、何があるっていうの? いいから部屋にもどって」

仁美は、その言葉で部屋にもどっていった。子ども部屋は二つあって、仁美の部屋には3人の中学生がいる。二段ベッドがふたつあって、ベッドの両脇に机があった。もどると双子の妹も目を覚ましていた。

「だ~れ?」

「7番目のだんなだって」

「イケメン?」

「ごついだけ」

仁美の竹内に対する第一印象はかんばしいものではなかった。

 リビングでは、有子と竹内が向かい合っていた。

「何か飲む?」

「いや、いらない。それより丈一郎さんいなくなったの?」

「ジョーの名前を知っているのね。この家を知っているなら、名前を知っていても不思議じゃないけど・・・旅に出るって書き置きをおいて出ていったの。いつもは、2・3日で帰ってくるんだけど・・・さがさないでくれ。だって」

「いちもと様子が違うってことか。警察に調べてもらおうか」

「わかるの?」

「カードとか使えば、すぐにわかるよ」

「カードは持ってないと思う。買い物する時は、私からお金をもらっていく人だもの。通帳も私がもっているし・・・」

「スマホは?」

「スマホも持っていない。仕事中電話がなるのはイヤなんだって・・・仕事は固定電話の留守電に入ったのを聞いてから動くの」

「さすが芸術家」

「お金だって、そんなに持ってないだろうし・・・どこかで、のたれ死にしているんじゃないのかと思うと・・・」

「どうして出ていったの?」

「・・・・う~ん、・・・娘の進学問題だと思う。前の日に長女の高校進学の相談があったから」

そこに、3人の娘がなだれこんできた。廊下で盗み聞きしていたようだ。

「お父さんの家出って、私の進学のせいなの!」

仁美が荒げた声をあげた。二人の妹もあっけにとられている。

「なに、そんな大きな声をだしているのよ。みんな起きちゃうじゃないの」

「だって、私の進学が関係しているなんて言うから・・」

「お父さんが、そう言ったわけじゃないわ。ただ、その話の次の日だったから、そう思っているだけ」

仁美の目には涙が流れ、どんどんあふれ、しまいにはワーンと泣き出してしまった。その鳴き声に下の子どもたちが起き出してきた。

「どうしたの?・・・だ~れ、この人?」

「あ~あ、みんな起きちゃった。仁美、泣くのやめなさい。別にあなたが悪いわけじゃないわ。こちらは竹内さん。私がお店を休んでいたので、心配して来てくれたの」

「ふーん、初めまして。私、忠恵(ただえ)です」

おしゃまな小3の五女があいさつをした。

「こちらこそ。ところで、ただえさんって、どういう漢字を書くの?」

「忠義の忠と恵(めぐみ)です。お父さんが南総里見八犬伝の話が大好きで、そこに出てくる玉の言葉から名前をつけたんです」

「ただえったら、ぺらぺらと何をしゃべっているの」

有子がたしなめたが、竹内は興味をそそられたようだ。調査魂が目覚めたのかもしれない。

「私は竹内孝太郎といいます。孝も玉のひとつですね」

すると、何かの縁を感じたのか子どもたちが自己紹介を始めた。

「二女の義江(よしえ)です。義理の義です。中1です」

「三女の礼愛(れいあ)です。礼儀の礼です。同じく中1です」

「四女の智花(ちか)です。智略の智です。小5です」

「二度目の紹介、五女の忠恵です。小3です。そして、こっちの男の子が小1の信一(しんいち)です。泣き終わったお姉ちゃんが仁美。仁です。中3です」

「ありがとう。忠恵さんはしっかりしてるね」

「はい、姉たちに鍛えられていますから・・」

忠恵は、姉たちからにらまれた。

「はい、はい、あなたたちはオヤスミの時間。仁美は自分のせいじゃないから、お父さんが勝手なことをしているだけだから、気にしないで」

と、有子は子どもたちを部屋にもどした。しぶしぶ子どもたちはもどっていった。もちろん寝るわけはない。きっと聞き耳をたてているのだろう。

「今日は帰って。来週には落ち着いていると思うから・・」

「わかった。子どもたちを起こしてしまって、ごめんね」

竹内は帰っていったが、心配してくれただんながいたことは、有子にとっては救いだった。翌日からは、平常の日々にもどっていた。丈一郎がいないことだけは変わらなかったが、ふだんから離れの部屋にいて、子どもたちとの接触は少なかったので、子どもたちは違和感なく過ごしている。

 1ケ月ほどたって、丈一郎から手紙がきた。名前は書いてあるが、住所は書いていない。消印は串本になっている。和歌山県だ。手紙の内容は、

「今、和歌山にいる。好きな女ができた。いっしょに暮らしている。勝手な願いだが、離婚してくれ。    役立たずのジョーより」

というぶっきらぼうな文だった。

(ジョーらしい手紙ね)

その手紙を竹内に見せた。

「本当ですかね。なんかウソにしか思えないんですけど・・・」

「私もそう思う。あの人は、女性を喜ばせるようなことを言える人じゃないもの」

「調べてみましょうか?」

「お願いできる? 無事でいるなら、それでいいんだけど・・」


 翌週には、竹内が情報をもってきた。

「那智勝浦の民宿の宿泊者リストに丈一郎さんの名前がありました。ただ1ケ月前の1週間ほどで、今はその名はありません」

「那智勝浦? 手紙を書いたのはそこの可能性が高いわね」

「行ってみますか?」

「そうね。確かめないと前へ進まないね」

 週末に店を休んで、二人は那智勝浦へ向かった。白浜の空港からレンタカーで向かう.途中のすばらしい景色に有子は見とれていた。

(こういう景色にジョーは見せられたのかしら・・風景画は苦手と言っていたのに)まずは、目的の民宿にむかった。そこに行くと、玄関に黄金色に光った三重の塔の絵が飾られていた。有子は、その絵が丈一郎の絵とすぐわかった。三重の塔が、女性像に見えたのだ。それに筆のタッチが丈一郎のものだった。若女将みたいな女性が出てきた。絵に見入っている有子の代わりに、竹内が口を開いた。

「人をさがしているのですが、神辺(かんべ)丈一郎さんをご存じないですか?」

「丈一郎さんですか。どういうご関係ですか?」

「丈一郎さんは画家なんですが・・仕事を依頼したくて・・・」

竹内は方便を使った。妻が来たとは言いにくい。

「そうですか。丈一郎さんは、今、那智の大滝の前で絵を描いていると思います。観光協会からポスターの絵を頼まれて描いているんです」

「この絵は丈一郎さんが描いたものですか?」

三重の塔の絵を指さし、有子がどうしても聞いておきたかったことを聞いた。

「そうですよ。この絵が町で評判になって、丈一郎さんは売れっ子になっているんです。ここの2階がアトリエになっているんですよ」

二人は顔を見合わせた。生きていたことが確かめられた。それも仕事をしていて、収入もある。ちょっと安心した。二人は若女将ふうの女性に礼を言い、那智の大滝の方へ向かった。途中、三重の塔に寄った。ふつうの朱色の塔だったが、地元の人に聞くと、天気のいい朝に朝陽を浴びると、黄金色に輝くとのこと。わずか30分ほどの景色だということだ。バックには那智の大滝が見られ、最高の景色だと説明してくれた。確かに、あの絵は荘厳さを感じさせていた。

 那智の大滝近くに行くと、キャンパスをたてた人物が滝壺の近くにいる。近寄ろうとしたら、絵を描いている人のところへ一人の女性がやって来た。先ほどの民宿の女性だ。思わず、二人は物陰に隠れてしまった。いかにも親しげな雰囲気だった。どうやらお弁当を持ってきたようで、二人でおにぎりを食べ始めた。その女性に見せる丈一郎の笑顔は、有子に見せなかったものである。しばらくして有子と竹内は、その場を離れることにした。

「丈一郎は、自分の居場所を見つけたのね」

有子がぼそっと言った。

「そのようだね」

 二人は、串本のホテルに泊まった。その夜は、有子から竹内を求めてきた。

「今日は、木曜日じゃないけど・・」

「いいの・・・」

と、竹内の口に人指し指をあてて、唇をよせてきた。

 有子は複雑な気持ちだった。丈一郎が無事であったこと。新たな丈一郎の道を見つけたこと。そして、自分のところから離れていったこと。新しい女性のもとにいったこと。うれしい気持ちと嫉妬の気持ちが交錯していた。今は、嫉妬の気持ちが強いのかもしれないと思いながら、竹内に抱かれていた。


 翌朝、有子は、

「あの手紙、本当だったのね。私、離婚届け送ることにするね」

「そう」

「それに、離れにある絵を全部送りつけてやる」

「離れがあくことになるの?」

「そういうことになるね」

「俺が離れに入ってもいい?」

「エッ? それって、いっしょに暮らすっていうこと?」

「そういうことになるね」

「・・・いいわよ。でも、子どもたちがOKをだすかしら?」

「努力します」

家にもどり、荷物の発送の手続きをした。

「離婚届けは、俺が届けるよ」

「丈一郎に会うの? 郵送すればすむことよ」

「けじめをつけたいんです。丈一郎さんの部屋を使わせてもらうんですから」

「それがあなたのけじめなのね。じゃ、これお願いね」

と言いながら、封筒を渡した。

 数日後、竹内は丈一郎と対面した。

「竹内と申します。有子さんの7番目のだんなです。荷物は届きましたか? 今日は有子さんからこれを預かってきました」

「わざわざご足労ありがとうございます。荷物は昨日届きました。あなたが、あの部屋の住人になるわけですね」

「子どもたちがOKをだしてくれればですが・・・」

「大丈夫だと思いますよ。少々きついところはありますが、根はやさしい子たちですから」

「ありがとうございます。いい父親になれるように努力します」

「子どもたちは大丈夫です。姉妹で支え合って生きていけます。それより、有子をよろしくお願いします。有子は強そうで、実はもろいんです。支えてあげてください」

「私もそう思います。努力します」

丈一郎は竹内の後ろ姿を見送っていた。丈一郎にとっても心残りが消えて、すっきりしていた。

 有子の家にもどると、子どもたちが総出で出迎えてくれた。

「ただいまより、お父さん候補者の面接を行います」

と五女の忠恵が言い出した。異様な雰囲気に、竹内はたじろいだが、これも乗り越えなければならない壁と思った。

「今回は、下の信一から行います」

「ぼくは、野球をしたいんです。いっしょにしてくれますか」

「私も小学生の時、やってましたよ。休みの日やりましょう」

「うわーい、ぼく、やっと野球やれる人見つけた」

「信一ったら、単純なんだから・・・次は、私、忠恵です。あなたは夕食をいっしょに食べますか?」

竹内は、Yes No どちらが正解なのか悩んだ。でも、正解を求めるのではなく、自分の考えを正直に答えるしかないと判断した。

「仕事で残業する以外は、みんなといっしょに食べたいです」

「まあ、いいでしょう。60点」

合格なのか、落第なのか微妙な点数だった。

「では、次は智花ねえちゃん」

「はい、お母さん以外の女の人とは付き合わないと誓いますか?」

「それはもちろん。一生、お母さんを大事にします」

「はい、合格。ウソをついたら即追放です。次は礼愛ねえちゃん」

「私たちが大学へ行きたいと言ったら、同意してくれますか?」

「学びたい気持ちはとても大切です。私は進学の希望があれば同意しますし、バックアップします」

「これも合格。ところで竹内さんは大学を出ているんですか?」

「一応出ています。ちょっと変わった大学ですけど・・」

「変わった大学って?」

「給料がもらえる大学です」

その答えに、子どもたちは目を白黒させた。

「ウッソー! そんな大学あるわけないじゃない」

と子どもたちが言うと、有子が口をはさんだ。

「防衛大学っていう自衛隊の大学。大学生なんだけど、自衛隊員なので給料でるのよ。竹内さんは自衛隊のエリートなのよ」

「エリートっていう顔じゃないけどね」

忠恵は有子ににらまれた。

「次は、私、義江です。あなたは自分の子どもがほしいですか?」

この質問に有子はびっくりした。義江を叱ろうとしたが、すぐに竹内が答えた。

「有子さんと結婚する前に、あなた方のことを知っていました。6人の姉妹弟が助け合って生きているのを見て、とてもいい姉妹弟だと思いました。あなた方のお母さんと親しくなって、7番目のだんなになり、いつかはあなたたちと仲よくしたいと思っていました。ですから、みんなが認めてくれれば、私は6人の父親になります。父親になることは夢だったんです。7人目は、有子さんの意志に任せます。できればほしいと思っています」

「ママはどうですか」

「それは神様が決めることです」

「ということは、避妊はしないということですね」

「この子ったら・・・!」

と大きな声をだした有子だが、子どもたちが笑っているのを見て、なごやかになった。

「私は合格。いよいよ仁美おねえちゃんです」

「・・・・丈一郎さんがもどってきたら、どうしますか?」

「仁美ったら、なんてこと言うの? 父さんは他の人といっしょになったのよ」

「それでも、私たちの実の父親よ」

仁美の剣幕に有子は何も言えなくなった。竹内は、ゆっくりと話を始めた。

「難しい話ですね。今回、私は丈一郎さんと会ってきました。丈一郎さんは、子どもたちは大丈夫だ。支え合って生きていける子どもたちだ。でも、有子さんは強そうに見えるけれど、実はもろい人だとおっしゃっていました。私は、丈一郎さんから有子さんを託されたんです。私は、有子さんとあなたたちを幸せにすることしか考えていません。仮定の話には答えにくいです。その時になってみなければわかりませんが、有子さんを愛する気持ちは丈一郎さんに負けないと思っています」

「ありがとうございます。それでは、子どもたちで面接の結果を話し合います。しばし、お待ちください」

子どもたちは、子ども部屋に引き揚げていった。有子と竹内は目を合わせ、(子どもたちにはかなわない)という合図を目でかわしていた。5分ほどで、子どもたちはもどってきて、長女の仁美が口を開いた。

「子どもたち全員で話し合いました。その結果、全員が竹内さんを新しい父親として認めることにしました」

有子と竹内は、目を合わせて喜びを表した。

「ただし、呼び方はパパとさせていただきます。お父さんは丈一郎さんです。よろしいですか?」

「了解しました」

二人が声をそろえて言った。


 10ケ月後、有子は7番目の子を出産した。男の子だった。DNA鑑定で、竹内の子とわかった。名を8番目の玉の名前「悌」と書いて、「すなお」と呼ばせた。父親に似て、重たい赤ん坊で3500gもあった。他のだんな連中は、有子の高齢出産で足が遠のき、離婚となった。それにスナックを買い取ってくれる人が現れたので、処分をした。

 だんなが竹内一人だけになったが、竹内は子どもたちみんなにやさしかった。夕食後は、子どもたちの勉強を見てくれている。月曜日は長女の仁美。火曜日は二女の義江、水曜日は三女の礼愛。木曜日は四女の智花。金曜日は五女の忠恵。土曜日は長男の信一。そして日曜日は有子と悌の日となっていた。有子は、「一父多子(いっぷたし)」と言うようになっていた。

 政府は、少子化対策の最終政策として、児童手当の増額を示した。だんなが一人の場合、子ども一人あたり毎月3万円が支給されることとなった。これで、だんなが竹内一人だけでも暮らせるようになった。みんなで支え合っていく、ほほえましい家庭であった。



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