Lesson-05《わたしだけでなく彼もまた》

 日曜日は前々からの天気予報の通り、まったく心配する必要のないほどの快晴だった。


「これだけ知っているひとがいるとなんだか学校の行事みたいだね」


 ジョンに誘われた友だちが他の友だちを呼んで、わたしが言い出したはずの花火は思っていたよりも大規模なものになっていた。


「あっちには先生も来てたよ」

「あっ」


 ぱちぱちと弾けていた線香花火が足元に落ちる。


 水を貯めたバケツに燃え尽きた花火を浸けにいく。バケツのそばにはそれぞれ持ち寄った花火セットが重なっている。


「坂下君とはもういいの?」

「花火よりもサッカーなんだよ、あいつは」


 わいわいと花火をする集まりがいくつかあり、遠くではサッカーをする一団がある。サッカー部の面々と、あとはだいたいジョンのファンだろうか。


「ジョン君すごいよね。先輩にも負けてないんじゃない?」


 ジョンがボールを持つと歓声があがる。ふたつのチームに分かれて、坂下君とジョンはひとつのボールを奪い合っている。


「一緒にサッカーに行く?」

「ううん。気にせず行ってきて」


 サッカー観戦に向かった香苗の背中がどんどんと小さくなっていく。


「ねぇ。あそこにいるのってジョン君かな?」


 サンダル姿のラフな格好の女の子が話しかけてくる。学校でも見かけたことがない。


「あそこでサッカーしてるイケメンがそうです」


 ジョンが目当ての女の子だろうか。学校外にも知られているなんてさすがだ。


「ジョン君といつも一緒にいる久美子ちゃんって子は、どんな子か知ってる?」


「たぶんそれ、わたしかも」

「あれ? ジョン君と一緒にいないじゃん」


 彼女は坂下君のお姉さんだった。全然、弟に似ていなかった。


「この前の電話、そういえば久美子ちゃんだっけ。あいつちょうどお風呂に入ってて、電話に出れなくてさ。大丈夫だった? 何か用事だったんでしょ?」

「だいじょうぶでした。坂下君……いや、健人けんと君にお姉ちゃんがいるなんて知らなくて、……めちゃくちゃビックリしました」


 お姉ちゃんの苗字も坂下なんだと思うと、名前で呼んだ方が分かりやすいような気がした。合ってたかなと不安になったけど、坂下君のお姉さんは気にしている様子はなかった。


「そっか。なんかごめんね。何か聞きたいことがあったらなんでも聞いて」

「なんでも?」

「うん。なんでも」

「そうだなあ、健人君はおウチで学校のこととか話してたりします?」


 特にわたしのこととか。直接はさすがに聞きづらいけど。


「やっぱりジョン君かな。家でよく話題になってるよ。学校に何でもできるスーパーマンがいるって」

 わたしじゃなくてちょっぴりがっかりしたけど、学校でふたりが話をしているところはあまりないから少し意外だった。


 香苗が息を弾ませてわたしのところへ戻ってくる。


「ジョン君に頼まれちゃったんだけど、このスマホって久美子のだっけ?」

「わたしのじゃないけど、どうかしたの? あ、こちら、健人君のお姉さん」

「ああ、坂下くんの。……あんまり似てないですね」

「よく言われる」

「それでね、落ちてたから拾ったって。確かめてって英語で言ってたけど」

「それ健人のじゃないかな? ちょっと貸してくれる? パスワード知ってるから」

「パスワード知ってるんですか?」

「ちょくちょく借りてるの。ゲームのサブのアカウント作ってて。……ほら、やっぱりあいつのだ。ロック解除できた。それで、他にも確かめることある? 今なら見放題だよ」

「ううん。もうだいじょうぶです」


 スマホの中身を見れば、健人君の気持ちが分かるかもしれないと思っていた。わたしのことをどう思っているのか。

 だけど――健人君のお姉さんが押したパスワードは、おそらくわたしのパスワードと同じ。


「最初に設定してたパスワードなんて自分の誕生日だったんだよ? それで他の番号に変えさせた。他に好きな数字とか、記念日とかないのって」

「わたしたちの卒業式の日付ですよね、今の番号」


 やはり見間違いじゃなかった。卒業式の日。わたしが思い切って告白した日。


「花火のこと、あいつから何か聞いてる?」

「今日のことですか?」

「ううん。うちにも花火があってね、どうせなら今日持っていけばって言ったんだけど、『部活でレギュラーに選ばれたらやるんだ』って言ってたよ。あの様子じゃあ、まだまだ先になりそうだけど」


 スタミナが切れたのか、健人君はグラウンドの端に座り込んで休んでいた。


「スマホ渡して来てくれる?」



「はい。これ」


 健人君にスマホを手渡す。


「落ちてたみたいだよ。香苗が拾ってくれたみたい」

「あれ? ベンチに置いてたんだけど、……ありがとう」

「だいぶへばってるけど、だいじょうぶ?」

「座ってたらだいぶ回復してきた。やっぱ、ジョンはすげぇな。練習してなくてもあれだけパス回しできるんだから」

 

 通訳がなくてもボールが味方に繋がる。味方もジョンにパスを回したり、しなかったり。言葉がそこになくても、あるみたいに。


「花火、めっちゃ余ってるんだけど、ちょっとやらない? 休憩のついでに」



 先端から火花が噴出し、夜に新しく光を色づける。


「さっき健人君のお姉ちゃん、来てたよ。ジョン見に来てた」

「そっか」

「ごめん。あんまり、花火やりたくなかった?」

「そんなことないけど。……名前」

「名前?」

「俺の名前、いつから呼んでたっけ? 健人って」

「あ。ごめん、急に変だよね。さっきお姉ちゃん来てたから、名字で呼ぶの変かなって。そのままだった」

「別にいいよ。呼び捨てで。ジョンはジョンだろ?」


 たしかにジョンはジョンって呼んでるけど。


「健人……君。なんか照れるね。まだ無理かも。わたしのこともさ、一回、名前で呼んでみてよ」

「ヤダよ」

「一回だけ。ジョンは来たときからわたしのこと名前で呼んでるぞ」

「ハロー、クミコ。これでいい?」


 健人君がどんな表情をしているのかは暗くてあまりよく見えない。


「ファイン、センキュー。ケント」


 わたしと同じ表情だったら良いな。そう思った。


「あっ。火が消えちゃいそう」

「だいじょうぶ。消えちゃっても、また付けたらいいんだから」

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