Lesson-04《わたしは夏休みの計画を立てます》

 季節外れの花火をしようと言い出したのはわたしだった。


「《おやすみなんて日常会話だよ。愛してるくらい言わないと》」

「わたしもそう思う」

 友だちの香苗はジョンの味方についている。

 休み時間というリングの上で、わたしは青いグローブを着けて、ジョンのごもっともなパンチをかいくぐっていた。

「愛してるなんて、日本人で言うひと、浮気してるひとくらいじゃないの?」

 へなへなのパンチでわたしも応酬おうしゅうする。

「《誰でも愛してるときは愛してるって言うよ》」

「わたしのお父さんもお母さんに言うよ。浮気してない。たぶん」

 セコンドの香苗までパンチしてくるなんてずるい。


「でも……」


 坂下君から直接聞いた『おやすみ』は、とても心地よくて、録音していつまでも聞いていたかった。


「《デートに誘わないの?》」

「誘ってもまた断られちゃうし」


 坂下君からは『自主練だから』といつも返事がかえってくる。学校ではときどき目が合うくらいで、友だちにはばまれて近くにいけない。


「夏休みにやり残したこととかないの?」

「……花火。買ったけど、まだ部屋にある」

「《花火?》」

「イギリスには花火ないの?」

「《あるけど、夏に花火するのかい?》」


 イギリスの夏は昼の時間が日本よりもずっと長く、空がいつまでも明るいらしい。花火は冬が始まる頃にするそうだ。


「《わたしがデートに誘っちゃおうかな》」

「ジョンが彼とデートするの?」

 

 それはそれで面白そうだけど。


「《彼とじゃなくて、君と》」


 坂下君が絶対に言わない台詞せりふだ。こんな真っすぐに。

 ジョンの言葉は冗談なのか、本心なのか、それともアプリの誤変換なのか、わたしには分からないときがある。


「わたしともデートしようよ」と香苗が言った。

「《分かりました。そうしましょう。みんなにも声を掛けてみるよ》」



 ――今度の日曜日、花火しない?


 その日、わたしは坂下君に連絡をした。学校では話しかける機会がなかったから。断られてもひとりじゃない。日曜日の夜には香苗もジョンも、ジョンの友だちも来てくれるだろう。


 ――渡辺も行くの? ジョンの花火に?


 もともとはわたしが言い出した花火なんだけど、いつの間にか乗っ取られている。学校のなかでジョンはすでにスーパー有名人だから仕方がない。


 ――先輩が行くから俺も行く

 ――サッカー部の先輩?


 わたしの順位は部活の先輩よりも低いのか。

 それでも。日曜日に花火。決定。部屋の片隅に立てかけた花火セット、捨てなくて良かった。


 ――サッカーするんだ。それでジョンを勧誘する。

 ――花火は?

 ――花火もするけど、サッカーもする


 おかしいな。わたしの計画は、どこに行ったのだ。

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