エピローグ
もう一度
薫と久しぶりに話した、あの日……。帰りの新幹線の中、通り過ぎていく風景を眺めながら涙を流した。
「妊娠おめでとう」なんて、嫌味を込めた言葉。そんな自分も惨めで馬鹿らしい。でも私が、素直に喜ぶなんて無理なこと。その後だって……親友に戻れるか?友達のままでいられるか?私だって、戻れるなら戻りたいよ。戻れるならね……。薫と話していると、もう昔の私達のようにはなれないんだ、そう強く思った。それでも……高校生の頃から止まっていた私の心が、止まったままの時間がようやく動き始めたんだ……。また、いつか夏が好きになれるかな。
それから、四年経った今。私は暑い夏の日差しの中……、結婚式場に来ている。私の前で笑い合っているのは薫と晴真だ。そして、薫のお母さんの上に可愛らしい女の子が座っている。
数か月前の事、実家に一枚のはがきが届いた。母からスマホに写真が送られてきて、参加するのかと聞かれる。もちろん、行くか悩んだ。薫と最後に話した以来、会うこともなければ、連絡を取り合う事すらなかった。なのに、なぜ参加しているのか。それは薫から直接連絡が来たから……薫の母が私に会いたいと。そして薫も、私に渡したいものがあるから来てほしいと。四年も経てば、私も社会人となり働き始める。そうした忙しい毎日に追われていると、二人への怒りも悲しみも薄れていった。素直に二人の事を祝福できて、また、夏が好きになれそうな気がした。だから、結婚式に参加することに決めた。薫と晴真の結婚式には私の知らない人ばかり。高校時代の友人は一人も見かけない。挙式が終わり休憩に入ると……、晴真の叔母さん、高校の司書さんが私に話しかけてくれた。
「久しぶりね……元気にしてた?」
「お久しぶりです」と挨拶を返すと、司書さんは私の手を優しく握り「何があったのか……私には分からないけれど。夏山さん、貴方も必ず幸せになるのよ」と微笑んだ。「ありがとうございます」と私も微笑み返す。正直、その優しさの方が辛かったけど……私は無理やり笑顔を作った。私達が話をしていると、後ろから綺麗な女性に声をかけられた。
「あ、もしかして……晴真と薫さんの高校の時の友達?」
後ろから来た綺麗な女性は晴真のお母さんだった。「はい、そうです」と答える。すると、晴真のお母さんは嬉しそうに「あ……やっぱり!じゃあ、二人が高校の時から両想いだったことも知ってるんでしょ?」と言った。
(二人が高校の時から……両想い?)
なんて返したらいいのか悩んでいると、司書さんが慌てたように「ほら、かわいい孫の所にでも行って」と晴真のお母さんを追い払う。そして、「ごめんなさい」と私に謝った。
「晴真がそういうことにしてって、お姉ちゃんを困らせたくないからって」
「……そうなんですね」
晴真が母親思いなのは知っている。だから、嘘の事実をすんなりと受け入れることはできた。
「ごめんなさいね……本当に」
何度も謝ってくれる司書さんに「大丈夫です」と笑う。その後、「ちょっと、外に出てきますね」と言って、私は会場を出た。会場の外、木陰の下にベンチがあり、そこに座る。
二人が笑っているところを見ても、辛くはなかった。二人が私を見て微笑んでくれた時も、素直に笑えた。
でも、やっぱり……、まだ夏が好きになれそうにもない。確かに、止まったままだった時間は進み始めたけど、後悔だけは消えてくれないまま、心の中に残り続けている。
「はぁ……、やっぱり、夏は大嫌いだ……」
そう呟き、俯く。すると、革靴の音と共に正面から聞き覚えのある男性の声が聞こえる。
「俺も夏は嫌いだな」
顔を上げると、そこには優しげな顔の男性が立っていた。
「あの……」
突然、話しかけられて動揺していると「久しぶり。俺の事、覚えてる?」と男性は微笑む。
「えっと……」
首をかしげる私に男性は困ったように笑う。
「高遠だけど、覚えてないか……」
男性の名前を聞いて、やっと思い出した。「どうしてここに?」と聞くと、高遠君は「晴真の、一応……仲の良い?同僚だから呼ばれたんだ」と答えた。「そうなんだ」と微笑む私に、高遠君が手を差し出して笑いかける。
「なぁ、夏が嫌いならさ。俺と一緒に夏を好きにならない?」
私に向けられた、その笑顔は……夏の太陽にも負けないくらい、明るくて、とても眩しい。
この手を取れば、明るい未来が待っているような気がして。私は無意識に、伸ばされた高遠君の手を取っていた……。
大嫌いな夏がはじまる… 白紙 @hakushi-894
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