いつか語られるプロローグ――過去と未来とその前に

 都市部から離れた辺境地。

 建物も見えなければ、わいわいがやがやした雰囲気もない。そこにあるのは、だだっ広く何もない荒れ地。申し訳程度に生えている草木も存在感が薄い。


「第一、第四部隊、準備ッ!」


 何もないから、良く響く。野太い男の声が反響すると同時に「うおお!」という雄叫びが空気を揺らす。辺り一帯が一体感で包まれた。

 雄叫びと言っても、全てが男性のものではない。ただ掻き消されているだけで、少なからず女性も存在する。中でも一人、飛び抜けて目立つ少女がいた。

 それは声が大きいからというわけではない。美しいからというわけでも……あるかもしれない。でも、その者の放つ異才極まりないオーラが最大の原因だろう。

 少女が動いた。

 小柄な体であるのをいいことに、立ち塞がる人の海の隙間を縫って進み続ける。


「おい! 自分勝手な行動をするな! ……チッ」


 異変に気付いた男がそう言った時にはもう遅かった。

 少女は人々の――軍服らしき服を身に纏った者らの塊から抜け出し、その姿を完全に現す。

 さらりとした銀とも金とも捉えられる髪を揺らし、血赤の瞳が闇夜に映る。皆と同じ軍服と似合わない軍帽を着用しており、その顔立ちはさすがとしか言いようがない。

 左右の腰に装備された鞘のうち、左側に入っているものを右手で抜き去る。月光が反射して髪と同じ色に煌めく刃が顕現する。


 しかし、誰も追いかけようとしなかった。

 なぜ? と問われると、答えられるのはただ一つだけ。――止められないから。止めようとすると、己の身を傷付けかねないから。

〈戦鬼令嬢〉という二つ名を持つ彼女を、止められる人は存在しなかった。


 眼前に広がる敵の海。

 人か怪物か。そんなことは彼女にとってどうでも良いことだった。


 刹那、握っていた剣が赤く発光した。

 発光と言うより、オーラを纏ったと言った方が正しいかもしれない。剣身の根元から先端にかけて、徐々に広がっていく。


 完全に赤くなった時、そこに残るのは残像だけだった。

 目で追えない勢いで振られた剣は、闇夜に隠れる敵に向かって空気を切り裂く。


 黒い靄を斬ったような手応え。妙に生々しく、既に慣れ切った感触。何度目からだっただろうか。これに不快感を覚えなくなったのは。何度も何度も何度も何度も剣を振るい続ける自分を、気持ち悪いと思わなくなったのは。

 続いて右側の鞘から左手で剣を抜き、流れるように振る。

 背後からは冷たい視線だけを感じる。まるで、化け物を目にしたような。

 それでもなお、少女は己の使命を全うするために剣を振るい続けた。

 


 この過去は記憶と共に、強固な扉の中に封印されるのであった。

 これが、これだけがその少女――リアナ・フィアローズの中に薄く残る記憶だった。

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落ちこぼれ戦鬼令嬢の守秘条款 〜学院に入学できなかった少女が〝路上にひきこもる〟系ニートになると思ったら〜 七宮遥音 @harune_nanamiya

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