黄金のカエル

小烏 つむぎ

黄金のカエル


 「おい!見ろよ!」


 稲の間に立って田んぼに顔を突っ込むようにしていた兄ちゃんが、押し殺したような声で言った。

何?

見つけたの?


 「兄弟、こっちだ。

そーっとだぞ。」

「ねえ、見つけたの?」


 僕は水音をさせないように細心の注意でそっとそっと足をすすめた。稲の葉先が顔に当たって痛いけど、声を出すのもグッと我慢する。



 田植えを終えてしばらくした田んぼは稲も育ち始めて風にそよそよとなびいている。遠目から見ると若草色の毛足の長いじゅうたんのようだ。神様がいるなら、きっと手で撫でてその感触を確かめたくなるだろう。田んぼの中に立っているシラサギやアオサギはさしずめ緑のじゅうたんに描かれた柄だ。


 とはいえまだ稲は十分に育っていないので、角度によっては水面が見える。風がないとそこにまわりの風景が写って美しい。こうして覗き込むと水の中で暮らす虫とか名も知らない小魚が泳いでいるのが見える。

 

 ほら、あそこにはカエルもいる。カエルは田んぼの真ん中より畝の近くの方がよく見つかるんだ。



 出来るだけそっと兄ちゃんの隣に立つ。兄ちゃんが覗き込んでいるところに視線をやると。


 「な!言った通り、居ただろ。

伝説の黄金のカエル。」


 兄ちゃんが自慢げに言った。そこに居たのは黒っぽくも緑っぽくもない黄色のカエルだった。大きくも小さくもない、普通の大きさ。でも確かに「金」と言われればそう見える色のカエルだった。


 「兄ちゃん!すごいや!」


 黄金のカエルは稲の根元に寄り添うようにいて、水の上に目玉を出している。兄ちゃんも僕もカエルの後ろにいるので、こっちはよく見えてないようだった。少し離れたところに居る母ちゃんと父ちゃんにも教えようと体を伸ばした途端、兄ちゃんに止められた。


 「兄ちゃん?」

「大人に言っちゃダメだ。」

「何で?」

「これは子どもだけの秘密だ。

大人は黄金のカエルの価値がわからないからな。

昔からの禁止事項タブーだ。」

「そ、そうなの?」


 僕はとっても残念な気持ちになったけれど、昔からのタブーえなら仕方ない。ぼくは目に焼き付けるようにその黄金のカエルを見つめた。まんまるな背中、稲の緑に映える黄色の肌。確かにお日様が当たるとキラキラと金色に見える。


 「兄ちゃん、キレイだね。」

「うん、キレイだ。」


 やっぱり母ちゃんにだけは教えてあげたいなぁ。母ちゃんだって昔は子どもだったんだし、きっとこのキレイなカエルの価値をわかってくれるんじゃないかと思う。でも、物知りの兄ちゃんはダメだと言うし。ぼくは少し困ってしまった。


 その時ピシャリピシャリと水音がした。


 「二人とも、そんなに覗き込んでどうしたの?

お父さんがそろそろ帰ろうって言ってるわよ。」


 母ちゃんがゆっくりぼくたちのほうにやって来た。ぼくたちが顔を水面に浸けるように覗き込んでいるのを不思議に思ったんだろう。ぼくたちは慌てて体をしゃんと伸ばして首を振った。


 「「何でもないよ!

何でもない!」」


 母ちゃんはピシャリと水音をさせてぼくたちの隣に来ると、ぼくたちが見ていた水面を覗き込んだ。


 「あら、カエル?

まぁ、珍しい色の薄いカエルね。」


 ほら!やっぱり母ちゃんには黄金のカエルの価値がわかるんだ!


 「うん!母ちゃん!

黄金のカエルだよ!

兄ちゃんが見つけたの!」


 勢い込んでぼくが喋るのと、母ちゃんのクチバシが黄金のカエルを咥えるのとは同時だった。


 「カエルはカエルよ。

見つけたときに食べないと。」


 ぼくたちの黄金のカエルは、母ちゃんの白くて華奢な長い首に飲み込まれていった。


「さあ、帰るわよ。」


 それから母ちゃんは一声鳴くと、白くて大きな翼を広げてパシャリと水面から飛び上がった。翼の起こした風で稲の葉が大きく揺れた。


 「な、大人に言っちゃダメだったろ。」


 兄ちゃんは大きなため息をついて、母ちゃんのあとに続いた。ぼくは黄金のカエルがいた場所に目をやるとその場所をつついてみた。水面に小さな輪が生まれて消えた。


 「おい!帰るぞ!」


 少し離れたところで父ちゃんが大きな声で鳴いた。空を見上げると仲間の白鷺たちが日の沈む方に飛んで行くのが見えた。


 「うん、わかった。」


 ぼくも一声鳴いて、畳んでいた翼を大きく広げた。羽ばたくと羽の根元に残っていた薄茶色の産毛がふわりと舞った。



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