第2話 父親の決断(2人用)

【登場人物】

雄太:前作の麻衣の父親

健介:全ての元凶。雄太の親友




0:社内にて


雄太:なあ、健介よ

健介:なんだ

雄太:俺の相談に乗ってくれないか

健介:なんだ、唐突に

雄太:俺は、もう一人ではどうにもできない壁にぶつかっているんだよ

健介:今そんなに大きなプロジェクト動いてたか?

雄太:いや、いつも通りどでかいやつを3つくらい抱えてるだけさ

健介:もう基準がバグってるな

雄太:お前もな。いつ寝てるんだ

健介:最近3時間寝るだけで全回復するようになってきたな

雄太:いよいよ末期だな

健介:んで?どれだけ仕事振られてもいつも元気なお前が抱えてる壁ってなんだよ

雄太:…娘のことだ

健介:娘?お前んとこの、確か高校生の?

雄太:そうだ。目の中に入れたらきっと痛いに違いないが可愛すぎて一晩抱いて眠りたくなるあの娘のことだ

健介:発言を控えろ、女子社員に聞かれたら死ぬぞ

雄太:なぜだ。娘を愛して何が悪い

健介:表現方法に問題があるんだ。…んで?その娘の何に悩んでるって言うんだ

雄太:ああ。実はな

健介:ああ

雄太:あいつが…俺を、嫌いかけているらしい

健介:はぁ?なんだそりゃ。嫌いかけてるって、まだ嫌ってないのか?

雄太:時間の問題っぽいがな

健介:んなもん、思春期真っ只中の娘を持つ父親なら、誰もが一度は通る道だろ

雄太:いや…これを見てくれないか?

健介:ん?ネット?えっと…やほー知恵袋?

雄太:そうだ

健介:そこにお前の娘が書き込んでるっていうのか

雄太:そうだ

健介:なんでお前はそんなことに気づいちまったんだよ。娘のやほー知恵袋とかパンドラの箱そのものじゃないか

雄太:いや。あいつが使っているメルアド、昔は俺のだったんだよ

健介:どういうことだ?

雄太:5年…いやもっと前だな。多分あいつがまだ小学生だったころ、家族でメルアドを共有してたんだ

健介:まあ、よくある話だな

雄太:そんときに使ってたメルアド、やほーにも紐づいててな。俺は数年前から全く使ってなかったんだが、最近通知がうるさくて覗いてみたら、どうやら娘がやほー知恵袋に質問…いや、相談かな?結構頻繁に投稿しているらしいことがわかったんだ

健介:なるほどなーそれで開けちまったのか。…じゃあ娘は、お前が自分の相談を読んでるなんて

雄太:微塵も思ってないはずだ

健介:まじつらたんでぴえんマルだな

雄太:いきなり何を言いだすんだ

健介:この間うちの娘が使ってたんだ。新しい企画の立ち上げ中なんだが、若い意見も取り入れるべきかと思ってな

雄太:多分それは取り入れなくてもいいだろう

健介:で?娘はお前のこと、なんて書いてたんだ?

雄太:読めばわかる

健介:えっと?「急募、父親を止める方法を探しています。父親が私の新品のブラジャーを頭に乗せるのがどうしても気持ち悪くて耐えられません。どうしたらいいでしょうか?このままでは父親を嫌いになりそうです」…お前

雄太:みなまで言うな

健介:まだやってたのか

雄太:仕方ないだろう。俺の唯一の精神安定法なんだから

健介:だから手段を選べとあれほど言ったのに

雄太:そもそも、俺にあの方法を教えたお前が悪いんだろ

健介:いや、俺が教えたのは「妻のいつも来ているパジャマを抱き枕に着せたらよく眠れるぞ」って話だったはずだ。現に俺は短い睡眠時間でも十分に効果を感じている

雄太:なぜ俺はあのとき、ブラジャーを手にしてしまったのか

健介:しかもよりにもよって頭の上に乗せるだなんて…狂気の沙汰としか思えないな

雄太:お前が言ったんだろ、身に着けているものならなんでもいいって。…なんかあの形に頭がフィットしちまったんだよ

健介:だからって…ブラジャーに手を出すとは思わないだろ

雄太:俺もちょっと悪いなと思って試すのを躊躇(ちゅうちょ)してたさ。でもある日妻が買ってきた新品のブラジャーを目にして、これならまあいいかなって…

健介:んで?今じゃ新品のブラジャーしか受け付けなくなったと

雄太:生身の肌着とかはあれだ、解放感と安心感を、罪悪感が上書きしていくんだ。鏡の中の俺に「こんなことしてバカだな、今日も平和な一日だな、幸せだな」って安心感感じる前に「末期だから医者に行け」って言いたくなっちまうんだよ

健介:その感覚はまだ残ってたんだな

雄太:なあ、俺はどうしたらこの先もブラジャーを被ることができると思う?

健介:しかも悩みはそっちなのか。娘に嫌われる方じゃないのか

雄太:もちろん麻衣に嫌われるのは怖い。だがしかし、この超繁忙期、新しいブラジャーを手にできずにストレス発散法を失うことの方が怖い。仕事に響いてミスをやらかし損害を与え首にでもなってみろ、それこそ麻衣に会わせる顔がない

健介:お前の抱えてる案件、どれも億単位で金が動いてるからな

雄太:娘に嫌われるのはこの際仕方ない。麻衣には申し訳ないといつも思っている。ろくに会話もない父親が、新品のブラジャーを買った時だけかすめ取って10分間被っていくんだ

雄太:いくら俺がやましいことを何も考えてない、いわば神聖な神棚だったとして、飾るのをためらう気持ちも十二分にわかる。わかるが!俺は!家族のために!麻衣の為に!今この仕事を失うわけにはいかないんだ!

健介:この際、自分用に買ったらどうなんだ、新品のブラジャー

雄太:お前までそんなことを言うのか。俺がブラジャー持ってたら変だろう。なんで俺がブラジャー持ってんだ?って違和感が邪魔して解放感どころじゃないし、なんかこう、空しくなるじゃないか

健介:違いが判らん。空しいってなんだ

雄太:だってお前、そのブラジャーはこの世に生まれてきたのに変態親父の頭の上に飾られるだけの一生を送るんだぞ?一度も胸につけられることなくその一生を終えてしまうんだぞ?かわいそうじゃないか。ブラジャーの身にもなってみろよ

健介:いいこと言ってる風にド変態をさらけ出すな

雄太:この世に生を受けた以上、その仕事を全うしたいと思うのが性(さが)だろう?ブラジャーだって、一度も胸につけられずに死んでいったら悲しいに決まってる

健介:お前仕事しすぎて俺の手の届かないところまで行ってしまったんだな。転職を考えてもいいんじゃないか…まあ、忙しい分ここの給料はバカみたいに高いが

雄太:転職は考えてない。収入ももちろんそうだが、こんなにやりがいのある職場、おそらくもう二度と出会えない。自分の発言一つで億の金が動く、その感覚を知ってしまったら他の会社でなんてとてもじゃないが働けない

健介:まぁなぁ…じゃあ、こうしてみたらどうだろう

雄太:なんだ?

健介:ブラジャーをつけるんだよ

雄太:ブラジャーを、つける?

健介:そう

雄太:誰が?

健介:お前が

雄太:なんで?

健介:ほら、お前ちょっとぽっちゃりしてるし、寄せてあげたらBくらいあるんじゃないか?

雄太:でも、男の俺がブラジャー?

健介:最近、なくはないらしいぞ、男がブラジャーつけるの

雄太:そうなのか?

健介:おお。この間二丁目のバーで聞いたけど、店内でブラジャー持ってる男3人くらいいたな

雄太:どんな会話の流れてその話になるんだ。それにそれはマーケティングの場を間違えてるんじゃないか?

健介:そんなことはない。現に、男用のブラジャーも売っているらしい

雄太:男用の、ブラジャー…

健介:お前確か、大きいブラには興味がないんだったな。ちょうどいいじゃないか

雄太:そんな、そんな魔法のアイテムが…俺!ちょっと検索掛けてみる!お前はやっぱり!頼りになるな、友よ!

健介:おう、役に立ったならよかったよ。でも娘に見つかるなよ、またやほーに「親父がブラジャー着けてる助けて」って書き込まれるぞ

雄太:心配ない、俺を誰だと思っている。億を動かす男だぞ!

健介:ぬかりまくってるくせに何を言うか。中身は救いようのないド変態だろうが

雄太:今度俺のブラジャー姿を見てくれ。一番可愛いのをつけてくるよ!

健介:ふっ…億積まれたってお断りだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ブラジャー戦争 3人用台本 ちぃねぇ @chiinee0207

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ