毎日小説No.36 探偵の探偵

五月雨前線

1話完結


「以上の推理から、高梨さんは犯人ではないと断定出来ます」


 静まり返った豪邸の一室に、バリトンの効いた声が響き渡る。犯人ではない、と言われた高梨はほっと息をつき、肩を撫で下ろした。代わりに、未だに探偵から審判を下されていない3人の男達は、より緊張の色を強める。


「サラリーマンのやなぎ昭弘あきひろ、実業家の宮長みやなが優斗ゆうと、そして骨董品店を営む亀井かめい大五郎だいごろう。貴方達3人の中に犯人がいるというわけです」


 漆黒のスーツを華麗に着こなす長身の探偵、黒文字くろもじ偵斗ていとはそう言い放った。黒文字の横で状況を見守っている女性は秘書の白文字しろもじ幽奈ゆな。高身長のイケメン探偵とナイスバディな美人秘書という組み合わせの二人は、数多の事件を解決に導き名を馳せた伝説のコンビだ。今日も事件を解決するべく、都心から遠く離れた郊外の豪邸に足を運んでいる。


 大きな豪邸の中で起こった、不可解な殺人事件。死亡者3人、容疑者は13人。死亡した3人の内の2人の死体は消失し、さらに容疑者同士が殺し合うというまさに混沌を極めた事件だったが、黒文字は持ち前の推理力を遺憾無く発揮し、容疑者を3人まで絞っていたのである。


「まず、亀井さん。二つ目の殺人事件の際、貴方は自室で骨董品の書類の整理を行なっていましたね。これは完璧なアリバイとなるので、亀井さんは犯人ではないと断定出来ます」


「ちょ、ちょっと待て! それはおかしいだろ! 三つ目の事件の時、そのジジイは許可なく部屋の外に出てたじゃねえか! どう考えても怪しいだろ!」


 黒文字の主張に対して、サラリーマンの柳が色をなして反論する。黒文字は柳を一瞥し、「その行動には理由があります」と返した。


「手持ちの骨董品を品定めしている際、骨董品の一つが贋作かどうか気になった亀井さんは、骨董品を外気に触れさせて確認するべく外に出た。そうでしたよね?」


「あ、ああ……。店頭に置く予定の商品だったから、どうしても気になってしまってね……。いやはや、紛らわしい行動をしてしまって申し訳ない」


「いえいえ、骨董品を専門に扱う人にとっては当然の行動ですよ。この点については私も調査を行ったので、亀井さんの証言に嘘がないことは調査済みです。よって、亀井さんは犯人ではないと断定できます」


 ちっ、と柳は舌打ちをして視線を逸らした。


「続いて宮長さん。貴方は無実です。確実に無実です」


「……」


「……」


「……は?」


「どうかしましたか、柳さん」


「ど、ど、どうしたもこうしたもねえだろ! 何だよそれ!」


 柳は額に青筋を浮かべながら声を張りあげる。


「一番怪しい、ってずっと疑われてた実業家のおっさんが、何で犯人じゃねえんだよ! その説明が無いじゃねえか! それに、このままだと消去法で俺が犯人になるじゃねえか! ふざけんな!」


「ほう。では、柳さんは宮長さんが犯人だと確信しているわけですね?」


「当たり前だろ!」


「何故ですか?」


「何でって……三つ目の事件の時、死体のネクタイの部分におっさんの指紋が残ってたんだろ? ならおっさんが犯人に決まってるじゃねえか!」


「……なるほど。白文字君、今の録音していたかい?」


「勿論です」


 白文字は音声レコーダーを取り出し、直前の柳の発した言葉を再生した。


「柳さん、貴方はこう言いましたね。『死体のネクタイの部分に指紋が残っていた』と。確かに私は、柳さんを含めた全員の人物に『死体の衣服に指紋が残っていた』と説明しましたが、ネクタイという単語は一度たりとも発していません。死体を一度も目撃していない貴方が、どうしてネクタイに指紋が残っていたことを知ってるんですか?」


「な……!! そ、それは……!!」


「貴方が殺人を犯し、この豪邸を恐怖の渦に陥れた張本人だからです。柳昭弘さん、貴方を殺人罪で逮捕します」


 真実を言い当てられた柳は言葉を失い、その場に膝をついて頭を抱えた。黒文字の指示で控えていた捜査員が姿を現し、柳を連行していった。


***


「ふう。これにて一件落着だな」


「……黒文字さん」


「何だ?」


「一件落着、とはいきませんよ。真実を追求すべき人間がもう1人残っているじゃないですか」


 白文字は純白の服を華麗になびかせながら、広々とした室内をゆっくりと歩き回った。


「ど、どういうことかな、白文字君。犯人は逮捕されたんだぞ? もう事件は終わったじゃないか」


「しらばっくれないでください。黒文字さん、AIを使って推理してましたよね」


「っ……!!」


「その反応、図星のようですね。どうりで最近名推理が多すぎると思ってましたよ」


「な、な、何を根拠にそんなことを!」


 白文字はスマホを取り出し、画面を黒文字に見せた。


「巷で流行っているAIの強化版ともいえるAI、『CHOT GPP』。そのAIのサイトに黒文字さんが何百回もアクセスしているログを発見しました。最後にアクセスしたのは……30分前ですか。今回の事件もどうせAIに推理を任せていたんでしょうね」


「ち、違う! それは誤解だ!!」


 先程までのクールな様は鳴りを潜め、額に汗を滲ませながら無実を主張する黒文字。名探偵から犯罪者へと成り変わった黒文字を見て、白文字は嘲笑を浮かべた。


「最近黒文字さんが怪しいから、秘密裏に調査してたんですよ。黒文字さんが探偵なら、私はその探偵を調査する『探偵の探偵』だったというわけですね。とにかく、黒文字さんが行った行為はAI使用法に複数違反しているため、現行犯逮捕させていただきます」


 白文字がぱちんと指を鳴らすと屈強な刑事が複数現れ、黒文字が羽織っていた漆黒のジャケットを強奪した後、抵抗する黒文字を強引に連行していった。


「白文字さん、これを」


「ありがと」


 刑事から黒色のジャケットを手渡され、白文字は早速そのジャケットを羽織った。いつも黒文字がつけていた香水の匂いが微かに鼻腔をくすぐり、自分が黒文字に成り代わって探偵になれたという事実を改めて実感する。


 AIの技術が進歩したからといって、そのAIに推理を肩代わりしてもらう探偵なんて真の探偵とは呼べない。そんな性根の腐った、黒文字のような探偵は1人残らず消してやる。そして真に『探偵』と呼べる人間だけが残ればいい。それが白文字の考えであり、信念であった。


 黒文字を失脚させることには成功したが、AIを悪用して楽をしようと企む探偵は大勢いる。それらの探偵達を、黒文字から学んだ推理力をフル活用して追い詰め、AI法違反の事実を突きつけて逮捕にこぎつける。どれだけ時間がかかろうとも、必ず成し遂げてみせる……!

 

 決意を激らせ、白と黒の衣装をたなびかせながら、次の事件を解決するべく白文字は新たな地へと向かっていった。それは、自身の力だけで戦う白文字の様な探偵達と、AIを不正利用する『AI探偵』達との、長い長い抗争が始まった瞬間であった……。



                             完

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