さぁ、さぁ、さぁ
砥石屋みつる
はじめに。
音が消えた。
耳が聞こえなくなった、のではないのだと、気が付いた時のことである。
音が消えたのだ。
この世界にあるはずの音を、僕の身体が聞くことを止めてしまった。
パソコンの電源は入っているのに、感情なく機械が働くあの「こー」が聞こえない。
それでもパソコンが壊れたわけではないと、つまりこれは、僕がいま音を聞いていないのだ、そう理解したのは、動き続けるモニターの向こう側の、声のなくなった綺麗な女性たちの笑い顔のせいではなかった。
さぁ、さぁ、さぁと裸足に触れるファンの風から、あぁ、音が消えたのだ、パソコンは壊れていないのだ、と、そう結論付けるに至った。
試しに耳をほじってみる。右耳に小指を入れると、いつもなら音といっても文字には起こすことの出来ない、うごめきが聞こえるはずだが、それすらも聞こえなかった。
取り出した小指の先には、そこにあって然るべき不精に大きな耳垢があり、それに何故かとても驚いてしまって、少し強い声で笑ってしまったが、そこで聞こえて然るべきアハハッが聞こえなかった。
笑い声はなくも息は風立ち、見つめていた小指の上の耳垢がキーボードの「@」にふわり軟着陸したその時、もう一度確かめるように、さきほどと同じ結論をほじってだした。
僕の世界から、音が消えた。
さぁ、さぁ、さぁ 砥石屋みつる @Mitsuru-Toishiya
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