僕がここで書き物の真似事を始めたことを知っているのは、このだだっ広い惑星上に二人しかいないので、「人々」などと仰々しく表現することもおこがましいのだが、大げさな物言いが許されるのは書き物の良いところだと思うので、ここはやはり「人々」としたい。(君らのことだよ。)
さぁ、さぁ、さぁ、大げさなお話が始まるよ。
とりあえず自分語りだ。なんたってここは俺の城だからな。
急に気が大きくなって一人称が「俺」になった。
今日はこのまま「俺」でいこう。
俺は恵まれた男だった。今でも恵まれているが、かつての恵まれ方は並外れたものではなかった。
ここでいう恵みとは、運のことだ。俺には天から授かったのか、地底からずみずみと侵食してきたのか、幸運と悪運がまだらに交差するような、ありとあらゆる出来事を吸いつける運があった。
初めての親友を女がらみで失った後、大酒に絡んで酷い怪我をした。傷は今でも残ってる。
その時誓った「もう人を苦しませない」という約束は、半紙に書いて壁に貼るだけ貼ったような能書きになってしまい、今では出先で手あたり次第に人を傷つけている。
ちょっと仲良くしすぎただけなんだけどな。
俺は海外に飛び出した。飛び出して、がむしゃらに生きた。
女に触れ、キスをし、抱けるときに抱いた。
外国語を吸収し、誰よりもなだらかに話す術を覚えた。
友達はまたたく間に増え、10年近くたった今でも、世界中の人の脳裏に、俺の小さな分身のような記憶たちがいるのだろう。
俺は「覚えてもらえる人」になった。
世の中にあふれる、誰にも覚えてもらえない、自分自身ですら通行人のように見る人々が行き交うこの世の中では、これは恐ろしく幸運なことなのだろう。
俺はそこにあぐらをかいた。
今の俺は、昔を懐かしむことにエネルギーをさく、死にかけの焚火になっている。
俺は無尽蔵にあふれでる自分のエネルギーを認知し、それの正しい使い方を考えず、あたり一面にばらまくことだけを行い続けた。
酒を飲んだ。薬をやった。女の味を知った。たくさんの人の血を、涙を、体液を、観た、舐めた、飲み干した。
全部俺が流させたものだ。
今、俺から流れてくるものは、愚痴しかない。
それも、人の同情も誘えない、全部自分が蒔いた種から花咲いてジトジトとあふれる愚痴だ。
だからな、俺はな
戦いたいんだ。
俺自身と。
何かと、誰かとともに、救い、救われ、愛し、守りたいんだ。
そこで初めて、俺の周りの、俺が傷つけた女たちの残り香を、あの日の大けがの傷とその中のチタン製の骨接ぎボルトと、「あなたなら大丈夫」と声をかけて送り出してくれたあの女の声と、「酒と女には気をつけろよ」と言った父と、去っていった友人たちと、毎日自分に約束し続けた書き上げるはずの物語たちと、誰も孕ませることなく流されていった経血まみれの精液と、毎日三つずつ増えていく空き缶のプルタブと、あぁ、だめだ、そっちへ行くな。
戻ってこい。そうだ。そっちへ行くな。
お前は人を救うんだ。そのために、まずは自分を救うんだ。
「傷つけた女たちの残り香」からやり直せ。
そうだ。
俺は自分を救うんだ。