第2話

 神主が来た。着替えてきたので、もはや神主かどうかも定かではない。夏だというのに、白い肌をしている。女の私よりも、なお白い。シャツと肌とがほとんど同化している。ここは、外だからまだいいけれど、本来の仕事場らしい病院で白衣なんか着てしまったらどうなってしまうだろう。不穏だ。特に、狐面。

静保しずほという女性を探しています」

 冷製うどんをすすりながら、二人の会話に耳を傾ける。下の名前を呼び捨てにしているのだから、別れた恋人か妻か。妹かもしれない。年若いから、姪の可能性は低いだろう。小さな女の子を指して、「女性」とは表現しないはずだ。残るは、友人、同僚、いとこ?

「それで、居場所に心当たりはないのか」

「静保は、絵が好きでした」

 青年の表情がこわばったように感じた。不思議に思い、箸が止まる。目が合った。

「うどん、おいしい?」

「甘くておいしい」

 あごに手をやり、天を仰いでいた神主。視線だけこちらによこす。

「ここの絵馬は、なかなか特徴的だ」

 言われた青年は、動物の名を口にする。さっき見たばかりの毛むくじゃらと一致する。だから、このうどんだったのか。

「静保が、絵馬の顔を描いている?」

「可能性の話だ」

 二人が立ち上がる。私もついていこうとすると、服をひっぱられた。ここに訪れる人物は、いつも唐突に現れる。今度は、小さな女の子だった。これで、男女比は同じになった。光の加減だろうか、表情はよく見えない。

「一緒に遊ぼうよ」

 切実な声に、了承する。何も、青年に協力中であることを忘れたわけではない。女の子と手をつなぎ、歩き出す。前方には、神主と青年。朱色の回廊を行く。空いたほうの手、人差し指を立てる。唇にあて、女の子に顔を向ける。「違っていたら、ごめんね」前置きをする。

「なあに」

「あなたのお名前は、静保ちゃんかしら」

 違うよと女の子が笑う。

「私の名前、お姉ちゃんは知っているはずだよ」

「私、ここの神社の名前も思い出せないもの」

「変なの。あっちこっちに書いてあるの」

 確かに、道理だ。朱色の回廊とは、紛れもなく無数の鳥居の集合体である。「奉納」の文字は、認められる。つまり、こちらは表側である。裏側には、「寄贈」の文字と、その贈り主の名と住所とともに神社名が刻まれているはずだ。少し振り向けば、謎は簡単に解けてしまうはずなのだ。

「帰りに解るよ」

 暗に、振り向くなと警告されたのだ。

「振り返ってもいいのは、楽しいことだけだよ。そうじゃなければ、辛いだけだもの」



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