御師と七夕

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

 大切な人に逢える、特別な日。今日は、七夕。

 夏だから、白いワンピースを着よう。胸元の大きなリボンを確認する。自然と長い髪の毛が降りてくる。邪魔だ。風が吹く。舞い上がった髪に、視線を誘導される。

 破裂音に首をかしげる。ああ、願い事をしているのか。すらっとした後ろ姿に懐かしさを覚える。あの人も、線の細い人だった。きっと、今も。彼と私をつなぐのは、石畳。これも、懐かしい。頭上から声が降ってきた。

「君も、誰かを探しているの?」

 顔を上げる。

「そうよ」

 階段の上にいる青年。私より、少しだけ上の年齢だろう。背後には神殿。私の生まれ育った街には、大きなものも小さなものもたくさん在った。もちろん、全ての神社に均等にお参りするわけではない。それでも、ここには何度か参ったことがあるはずだ。ここがどこだか解らない。顔をしかめる。私は他所者なのか。足音が近づいてくる。唇を噛む。確信が欲しかった。

「ここ、京都だよね?」

「ああ、確かにそうだよ。外れのほうではあるけれど」

 それは、おかしな話だ。こんなに大きな神社で、観光客が居ないなんてことがあるだろうか。蝉の鳴き声しか聞こえてこない。

「ここは、本当に京都なの?」

 同じ質問をされた青年は笑った。手をズボンのポケットに出し入れしてみたり、頭をかいたりと忙しない。

「そう言えば、見ない制服だね」

「これは、九州の学校のだから」

 いろいろな学校を転々としてきた。父に申し訳なくて、転校した後も前の学校の制服を着ることが往々にしてあった。頭をなでられる。

「久しぶりに帰ってきたから、混乱しているんだよ」

 口角が上がる。十年以上も、この街を離れていた。だから、ここがどこなのか確信を持てなくたって、当たり前の話なのだ。笑い声が漏れ出す。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 ここは、京都なのだ。私とよく似た人が暮らす街。名前が判然としなくたって、神様はきっと私たちを覚えている。

 優しい顔をしている。心の広い人だと思った。胸がむずむずする。

「あなたも、人探し中なんですよね。御礼に、協力させていただけませんか」

 唐突な提案に、驚きが漏れる。

「でも、今日は七夕で」「大丈夫」

 胸を張る。だって、あの人と私はとても強い縁で結ばれているもの。声を発する前、耳元にするりと忠告が滑り込んだ。

「それを公言されると、傷つく人も居るんだよ」

「神主さん」

 いつの間にか現れて、境内を掃除している。先の青年とそう変わらない年に見える。

「どこかで見たような」

 舌打ちが聞こえる。

「親が医療関係者だったか。せっかく着替えたのに無駄になってしまった」

 今日は病院の仕事が休みで、家の仕事を手伝っているのだろうか。先の青年に呼ばれて、一緒に下まで下りる。山全体が一つの神社なのだと気付いた。ここは、まだ神社の境内であろう。広い道の両側に小さな店がたくさん並んでいる。人は居ない。店先の長椅子に腰かける。茶が現れた。物音がしたほうに目を遣ると、何かの動物のようだった。毛むくじゃら。暑いのに、大変だ。

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