布張りの双葉機は、撃墜される。

  オーダーメイドだから、少しできるのに時間が必要だ、と言ってルヴェールはそのボロ臭い作業場でミシンに向かって服作りに没頭し始めた。零耶ゼロの服はどんなものになるのか、期待と心配が心の中で混合気体のように混じり合う。


 風にのって流れてきた噂によれば、しばらくすれば地下街への避難命令は解除されるらしいのでそれまで地下街で暇をつぶすことにした。ルヴェールにおすすめのピザ屋さんを教えてもらったので、そこに行って空いた腹を満たそうということである。


 ただ、この地下街はアルベット村に林立している大樹の、地中に埋まった太い根の中に通路が切り抜かれ、中枢に放射状に広がっているらしい。まるで東京の地下構造のように複雑らしく、数十年暮らしている地元民でもスマホなしでは確実に迷うということだ。


 そのピザ屋はその地下街の中枢に位置する『バルブスク』という中央地下空間にあるらしいので、早速その目の前の巨大な根っこ通路を辿っていくことにする。


 通路に出れば、目の前の酒場で酔っ払って大騒ぎしている男たちの声。奇妙な果実が串焼きにされたものを手にして食べ歩きながら会話する、若いケモミミの女性たちの声。閉じ籠もった空間に反響して蒸気機関車の汽笛のような音や、巨大な機械の噪音が街中に響き渡る。


 地下空間ということもあってか、ポカポカ日差しが生暖かい地上よりは肌感がヒンヤリしていた。


 腕時計型端末で地図機能を開くと、『バルブスク』を始めとする地下街の構造がロードされる。


 アルベット村の中央広場の真下に『バルブスク』の地下空間が広がり、根っこの中に掘られた通路が放射状に要所々々に繋がっていた。ここもその要所々々にある小さな地下街の1つらしい。その根っこの末端には鉱脈や工業地帯が分布している。こう見れば、地下空間は案外アルベット村の土地より一回りくらい大きい。


「……なんだこれ?この細長いやつ」

「え?そんなの何処にあるの?」


 ふと気にしてみると、この地下街のひとつ上に細長い地下空間があるのが見えた。そこには『格納庫及び地下離陸用滑走路』と書かれてあった。


「『格納庫及び地下離陸用滑走路』……地下にあるってどういうこと?」

「さあ……?ピザ屋にでも行ったあと、ついでに寄ってみるか?」

「でも勝手に行っちゃっていいのかな」

「そんな自衛隊の基地じゃないんだから、いいんじゃないか」


 そうして、暫く通路を歩いていたが、一向に目的地にたどり着かない。


「……」「……」


 一応言うが、彼らは地図から導き出される順路のとおりに歩いてきただけである。彼らは方向音痴ではない……だろう。恐らくこれを例えるなら、数十年間片田舎で暮らしていた人を突然新宿駅に放り込んだのと同じ状況だろう。


 当然、迷子になる。


「……これ、何処に向かってんだ?」


 地下に縦横無尽に張り巡らされた根っこの通路。これが東京の地下鉄です、と言ってもあながち間違いではない。2人は何回か通路の乗り換えをしたが、分かれ道の選択肢が多すぎて訳がわからなくなっていた。


「こんなとき、テレポートアンカーがあれば早いのに」

「それでも最初は自力で向かわないと行けないだろ」

「まあそうだけど」


 ふと叶望が背負っているバックの中を覗くと、いつものようにだらーんとしている寝顔のベレーがいた。この状況でその顔は、如何にも憎たらしい。

「こ、こいつ……」


 そう愚痴を互いに溢しながら最終的にピザ屋の前にたどり着いたのは、もう2時間ぐらいが経過していた。着いた頃には既にヘトヘト、お腹はペコペコだった。


 バルブスクという名の、地下中枢街は、今さっきの街よりも天井が高くてより多くの人でごった返していた。まだ避難命令が発動されているせいもあるだろうが、バルブスクはかなり大きな街であった。


 一刻も早く席に座りたかった2人はピザ屋に速攻入って開いている二人席のところに座った。


 やはり店内も多くのケモミミで賑わっていた。ピサの香ばしくて美味しそうな匂いが漂っていて、食欲がそそられる。


 零耶ゼロは机の角に置いてあった注文用紙に、同じく置いてあった短すぎる鉛筆で注文するピザの種類を書こうとする。壁を見れば、十種類くらいのピザの絵と名前が描かれていた。


「何にしようか」

「私はやっぱり……マルゲリータかな」

「じゃあ俺は……照り焼きチキン?みたいなやつ」


 隣の席を見れば、ケモミミの女性3人衆がビールジョッキ2つと得体のしれない果実入りのジンジャーエールの入ったガラスコップを掲げて楽しく小さな宴会を催していた。ピザの他にもフライドポテトや、不思議な形と色をした正体不明のスナック菓子のようなものなどが並べられてあった。


 陽気ではしゃぎまくっている、丸眼鏡をしていて黄色の髪をしていてボブヘアスタイルなケモミミは、隣のコバルトブルーの三編みをしていて、長い前髪で片方の顔を隠している、どちらかといえば静かな雰囲気のケモミミを見て言う。


「さあさあ!久しぶりに3人衆が揃ったんだから、じゃんじゃん楽しもうよ!」

「そ、そうだね。乾杯でも……する?」

向かいにいる、赤髪のセミロングヘアのケモミミはそれを聞いて、キンキンに冷えて水滴が付いたビールジョッキを掲げて

「じゃあ、かんぱーい!」

と互いにジョッキとコップを突き出して乾杯する。


「いやー最近どう、ユーノ?今も飛行機乗りしてる?」

「そう、だね……今もあの双葉機に乗ってる」

「でもさーあ。相手は既にあれでしょ?全金属製の単葉機。それに対してこっちは布張りの双葉機。これじゃあ相手にもならないんじゃない?」

「そーゆうアーナが設計すればいいんじゃん!」

「私は無理だよ!専門外。私はレシプロエンジンの製造工だから」

「……でも、あのエンジンじゃあ高高度は無理です。私が何機撃墜されて失ったことか」

「ほーらユーノだって言ってんじゃん」

「でもいくら良いエンジン作っても機体が良くないとダメじゃない」

「そんなこと言ったって……この村にはそんなエンジニアいないよ……あ、自転車組み立てる感じでやっちゃう?私が?」

「「絶対やめといたほうがいい」」


「なんか……楽しそう。この世界だったら、ちゃんとした友達、作れるかな」


 そう言って叶望は羨ましそうに隣の会話を聞いている。よほど視線を感じたのか、その3人衆の黄色の髪のケモミミがこちらを見て声をかけてきた。


「おや、そこの嬢ちゃん。見ない顔というか、人間ちゃんじゃん。こんなところでなにしてんのー?わたしたちの机と一緒にしてパーティーしちゃう?」

いいねいいね、ともうひとりの赤髪のケモミミが机を寄せてくる。すごいフレンドリーだ。


 零耶ゼロと叶望が注文したピザが届いて、改めてパーティーが始まった。


「ところで、お二人さんの名前は?」

「俺は零耶ゼロで、こっちが叶望って言います」

「ほうほう。私はラミナっていうよ。こっちの物静かな青髪の子がユーノ。そしてこちらの赤髪がアーナ。3人は昔っからの幼馴染なんだ」


 そう3人の自己紹介をするラミナ。自己紹介が終わって、ボソッとよろしく〜、とお辞儀をするユーノ。そしてその隣で手を振って微笑み、明るくよろしく~と言うアーナ。それぞれ自転車屋さん、パイロット、エンジン製造工に勤めているらしい。


「お二人さんはいつもどんなことしてるの?」

「あー……えーっと。非常に言いづらいというか」

「ああ……なんとなく分かった。最近噂の放浪者ね」

「そうですね……」


 叶望が気まずそうに頷きながら、注文したピザを取ろうとすると、心当たりもないのに、既に半分が食べつくされていた。机に付着した汚れから察するに、ピザは机から引かれて地面に落下している。


 机の下を覗くと、案の定、ベレーがこっそりピザを頬張っていた。視線に気づいたか、プルプルしながら涙目で叶望の方を見る。


「ベレー?なーにしてんのそんなところで!」


 何処かで見た景色のように、ベレーはピザの切れ端を加えながらケモミミ3人衆の足の間に逃げようとするも、すかさず叶望はキャッチして机の上にその可愛い犯罪者を公開処刑した。


「なんなのこの可愛いスライムは!もしかして、盗み食いしたの?」

「ベレーっていう名前なんです」

「……ベレーちゃん。可愛い」

「こいつ……いい加減にしないと後で懲らしめてやるからな」

「まあまあいいじゃん零耶ゼロ。可愛いいたずらだよ」


 その言葉を聞いてはあ、と溜息をつく零耶ゼロ。不意に窓の外の景色を見ると、この

バルブスクの巨大な地下空間の天井の中心に、無数の根が淡い緑色に発光する正八面体の水晶体を取り囲んでいて、下から金属管やチューブなどがむき出しの支柱がそれを支えるような建造物があった。ここから見えるその景色は壮大で、その水晶体からは神々しいオーラを感じる。ただ、少しその水晶体の頂点にはヒビが入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弾丸と魔法。 青い睡蓮 @B-pound_Lily

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ