まごうことなき戦闘機

 ぶっとい大樹の幹の内側にある非常用階段を3人で下っていく。空洞のせいなのか、階段に擦る靴音が妙に反響している。


 螺旋階段が永遠に下に続くように見えるこの空間。壁は乾いた土がコンクリのように固まっているようなところもあれば、土がむき出しで今にも崩れそうなところ、大きな岩塊の肌が現れているところ、自然の力を感じさせるような大きな図太い根が侵蝕しているところなど様々だった。


 異様な空間内でサイレンがけたたましく鳴り響いて緊張感が増す。


「な、なんですか?哨戒機?なんですか、それ?」

怖気づいた叶望がそう彼女に質問する。

「ああ。哨戒機ってのは、常時敵の状況を観察する偵察機みたいなものだよ。あのでっかいレシプロエンジン2機積んだ飛行機が爆弾とレーダーを積んで飛んでるんだよ。このへんじゃあ日常茶飯事さ」


 その説明を頷くこともせずただ黙って説明を聞く零耶ゼロ。暫く下ると、ボロボロに朽ち果てた木製の扉があったので、そこに入っていく。何故か、叶望が背負っている肩がけバックの中でベレーがガクガクしている。


「ええっ?!じゃあここに爆撃しに来るってことですか!」

「いいや違うよ。いや違わなくもないけど。でも大丈夫。アルベット村の防空システムを舐めてもらっては困る」


 その店員さんが扉の先に入っていった瞬間、指パッチンを鳴らすと、ショート気味の白熱灯が部屋一面に光ると思うと、火花が散って点滅する。蜘蛛の巣もところどころ張っていて、あまり掃除もされていないようで、まるでホラー映画のワンシーンのようだ。


 そこにあったのは、部屋の真ん中に木製の大きな机と製図用の紙やコンパス、鉛筆などが散乱した作業部屋のような場所だった。その製図用紙の上には、飛行機の翼の断面図や黄ばんだ古そうな資料が、まるで売れない小説家の机の上の原稿のように置かれていた。


 図面にはレシプロエンジンを1基積んだ迎撃戦闘機の側面図がざっくりと描かれてあった。


「ここはね。かつての私の作業部屋だよ。今はこういうときの避難場所としか使わないから全然掃除されてなくて居心地悪いと思うけど……まあ、くつろいでよ」



 一方、北東方向からアルベット村に接近してきたレシプロエンジンを4基積んだ哨戒機。エンジンの爆音を空に響かせながら、獲物を探す鷲のように飛んでいる。


 アルベット村の地上は人集りが消え、木の葉が擦れ合う風のささやきのみが聴こえるだけ。天空に聳え立つ木々の葉が生い茂ってアルベット村全体を隠しているようだ。


 それらの背の高い木々の1つに設置されているレーダージャミング装置が発動して異音を放つ。その隣にはレーダーを搭載しているアンテナや、物理弾を発射する対空砲が各所にあって、各々に戦闘員が緊急配備されていた。


 ただ、対空砲火と言っても敵の哨戒機が飛んでいるような高高度まで有効射程があるまでもなく、せいぜい低空飛行してくる迎撃戦闘機を撃墜するほどの射程しか無い。哨戒機を撃墜するにはその対空砲火では圧倒的に性能が不足している。高高度まで射程のある高角砲が必要だった。


「まあ、とはいってもあいつら全然気づかないから高角砲なんていらないんじゃね?」

対空砲の標準を除きながら待機している男のケモミミの戦闘員がもうひとりに喋りかける。

「そうだなぁ。でも長老が言ってたぞ。油断は禁物だって」

「長老が言ってるならそうなのかー」


 ふと、北東方向を見ると、朧に正面から見た戦闘機のような姿が見えた。徐々にその戦闘機のエンジン音が大きくなってくる。


 第二次世界大戦でよく見られた、胴体の下に主翼が付いた単葉機だった。


「お、おい。あれ敵機じゃないか?久しぶりに見たぞ。それにしても……双葉機じゃないな」

「そりゃそうだろ。俺らの村のボロっちい布製の双葉機と全金属製の単葉機がタイマンしても勝てやしない。それより、あいつ、気づいていないよな?」

「さあ?……まあ、司令から迎撃命令が出てないし、こっちは葉っぱで隠れてるから分かんないだろ」


 そう言っているうちに低空飛行しているその敵戦闘機は、ケモミミたちの真上を高速で通り過ぎていく。空冷式の星型エンジンの爆音とともに颯爽と通り過ぎていった。


「は、速えぇ……」

「あれじゃ勝てないどころか、追いつけやしないぞ」

「エンジンの音もすげえや。あんなエンジン作れる技師、この村にいねえのかよ」



 3人は地下の旧作業部屋でゆったりしていると、葉巻を持って一服していた彼女が2人の名前を訊いてきた。


「ところで、おふたりさんの名前を訊いてもいいかい?あんたたちのこと、気に入ったからさ」

「ああ。俺の名前は零耶ゼロ……ちなみにこのスライムはベレー」

「私はカナミ。よろしくねっ」

「ゼロとカナミね。……あ、私の名前はね、ルヴェール。名目上は黃属性電気型だけど、魔法はあんまり得意じゃないかな」


 ルヴェールの簡単な自己紹介が終わり、自然と連絡先を交換する流れになった。



ルヴェール …… ケモミミ族 猫タイプ

職業:服飾屋さん

魔法属性:黃属性 電気型

性別:女

多くのケモミミが御用達しているアルベット村の服飾屋『ル・ヴェール』を経営しているケモミミ。かつては戦闘機の技師をしていた。



「あの……ルヴェールさん。戦闘機の技師だったんですか?」

「あ、まあ……そうだな。一昔前までは戦闘機の設計をしていたよ。今は趣味だった服作りをしているけど」

「じゃあ、これって……」

叶望が指差すのは、途中で描くのをやめてしまった戦闘機の設計図。

「そうだよ。私がちょっと前までは取り組んでた単葉機。でもなんだかやる気が失せちゃったんだよね、ほんと」

そう言いながら机に置かれてあった製図用の拡大鏡付きモノクルを手に持っていじる。


 なんだか物惜しそうにモノクルを見つめるルヴェールの様子を見ていると、辺りが騒がしくなってきた。そしてさっき来た方の扉ではない方の引き戸がノックされる。


「どうぞー」


 ルヴェールの返事を聞いて出てきたのは小さなケモミミの女の子。


「ルヴェールお姉ちゃん。あたし、自転車壊しちゃった……直してー」

「あらら。エレンちゃん、どうどう、見せてよ自転車。私なら一発で直してやるから……」


 ふと零耶ゼロは引き戸の向こうを覗く。見れば、地下空間にも様々な建物が並んでいて、幾重にも錆びた金属管が交錯して縦横無尽に至るところに伸びていた。照明はところどころにランプがあるが、地上の方よりはかなり暗く、夜なのではないかと錯覚するほどである。それでも通路には人通りがあった。


「はい直った。チェーンが外れてただけだから簡単に直せたよ。また困ったらいつでも頼ってねっ」

「ありがとう、ルヴェールお姉ちゃん!」

その女の子は満面の笑みを浮かべながらお礼を言って礼をすると、自転車に乗って何処かに行ってしまった。


「地下にも街があるんですね」

零耶ゼロは旧作業部屋と通路の境の引き戸で女の子を見送るルヴェールの隣で訊いてみる。ついでに叶望もついてくる。

「そうだよ。主に工場施設や地下鉱脈だけど、時々あのサイレンが鳴って皆地下に降りてくるからね。小さな街くらいはあるよ」


 すると、通路を歩いていた中年くらいのけもみみ労働者が彼女の顔を見るなり指を差して喋りかける。

「お、嬢ちゃん。久しぶりだなぁ。元気にしてたか?」

「ああ、じいさん。そっちこそ仕事は順調?」

「もちろんだよ。それに俺、今度戦闘機の操縦士の訓練受けることにしたわ!」

「ええ!すごいじゃん!じいさんならきっとなれる!」

「おおそうか。じゃあ、もしなったら、嬢ちゃんの作った飛行機に乗ることにするわ!」

「ああ……まあ、そのうちな」

それを聞いて、ふはははっと大声で笑いながら上機嫌で酒場に入っていく彼。一方彼女はその姿を見ながら若干引きつったような笑みを浮かべていた。


「……あ、そういえば。まだゼロのぶんの服が無かったね。でも、うちあんまり男性の服は作ってないからな……じゃあ、オーダーメイドにしておく?もちろん、まけておくからさ!」

「で、でももうそんなに金ないし……」

「大丈夫だって心配するな!」

今度は零耶ゼロが苦笑いをする。そんなことも知らずに彼女は部屋に戻ってミシンの前に座って、作りかけだった服を縫い始めた。



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