哨戒機警戒サイレン
体調が回復したので、未だ寝たフリをしているボタンとクローバとは別れ、ハルラの小さな病院から出ることにした。
零耶はぐーたら肩がけバックの中で寝ているベレーを撫でている叶望を連れて、病院の玄関から出る。扉を開けた先の景色は、眩い光が差し込むと同時にやってきて、彼らの予想とは遥かに違うものだった。
そこは自分たちの背よりも何十倍も背丈のある、熱帯雨林にあるような樹の影に埋もれ、木漏れ日が幾らか差し込んでくるような幻想的な雰囲気。大木の幹の途中途中に円柱状や球体状のツリーハウスが浮いていて、幾重に絡まった樹の幹や
地面には煉瓦造りの道ができていて、ところどころ太い木の根が地面から這い出して自然の力を感じる。道の両側にはレトロな街灯もちらほら立っていた。
村にはケモミミの人ばかり歩いていて、耳のない人間や、他の人外は全く見当たらない。しかも殆どが女性ばかりで男性もいるにはいるが、大半が老人だった。
病院から一歩出ると、一斉に周りのケモミミたちの視線が零耶に集中する。なんだか珍しげに男性を見るような目である。しかも猫耳でない人間の丸耳が付いているやつである。
「わー人間の男性だぁ。珍しいね」
「ほんとだ。いいなあ〜連絡先、交換したいなあ」
そんなケモミミたちの、キャッキャウフフフな会話が聞こえてくるようである。なんでだろうか、零耶の隣にいる叶望が誇らしげそうにニヤニヤしている。
「……どうしたんだよ。そんなニヤニヤして」
「いや……別に?それより、これからどうする?」
「とりあえず、この街を探検しながら、稼げる手段を考えよう。じゃないと、生きてられない」
「まあ、それもそうかも」
歩いてみると、村とはいえ結構大きいことが垣間見えた。
ハルラの小さな病院周辺は雑貨店、レストラン、パン屋さんを始め、集会所、噴水、宿などが縦横無尽に林立する村の中心部で、様々な服装をしたケモミミが行き交いしている。
その中に、地球では見たことのないような尋常じゃない大きさの切り株があった。切り株の上だけでケモミミがざっと100人くらいは余裕で集える広さである。
「で、でかい……こんな木がかつてあったということなのか?」
周りを見渡すと、そのだだっ広い切り株広場のそばに、どう見ても他のレトロで中世ヨーロッパな雰囲気とはまるで違う、SF的生成物が見てとれた。
近づいてみると、腕時計型端末が反応した。
『テレポートアンカー。登録したテレポートアンカーに一瞬で移動することができる優れもの。エネルギーが必要で、1回テレポートするのに充電ボックスが1つ必要になる』
こう説明されると、空中に現在登録された『アルベット村:中枢』というテレポートアンカーが周辺の地図とともに中央に記されて、浮かび上がる。アルベット村の中が詳細に記載されていて、村の外の地形情報もある程度明確になった。
「あ、服屋さんがある……」
叶望が腕時計型端末で地図をじっくり見ていると、アルベット村中枢付近に服飾を扱うお店があることが分かった。
「ああ……確かにここでこの格好は変だな」
自分たちのTシャツ短パンというなんとも場にそぐわない格好をしているのを互いに見て、何にも言い換え難い苦笑いをした。
暫く歩いて移動すると、目当ての服屋さんに到着した。
「いらっしゃーい。あれ、見たこと無い顔ぶれ……人間さん?珍しいね」
ドスン、と堂々と立っている大きな樹の幹に埋められたようにあるこの服屋さんに入って出迎えたのは、抹茶っぽい色をした切れ目のある猫耳の付いた、ロングヘアの店員らしきケモミミだった。落ち着いた声で、人間で言う20代くらいの容貌で、美しかった。
「そんなことより、何?その格好。あまりこの辺では見ないけど。何処から来たの?……て、もしかして、放浪者かな?」
「ああ、はい……そうです」
「まあ、でも前みたいに野蛮な放浪者じゃなくて良かった。前は村全体があいつのせいで迷惑させられたからね……それはともかく、自由に服見ていきな。うち特製のイイヤツばっかりだから」
そう言いながら彼女はポケットから何やら葉巻を取り出して、手に持ったライターの火をつけて葉巻の先から煙が立ち昇った。反対の手にはスマホを持っていじっている。
店には多くの服が並んであった。並んであると言っても、浮いているのである。誰か透明人間がその服を着ているようになっている。その服の下には一見役目を果たしていなさそうな、木の台座がある。
「なんか不思議な感じだな……服が浮いてるのって」
「いいなあ〜これ。これ着てみたら絶対いいじゃん」
「いいしか言わなくなった語彙力ゼロの叶望」
別にいいじゃん、と不貞腐れる彼女は1つの服飾の前でジーッと立ち尽くしていた。
そこには、膝やスネの部分がボロボロに解れた紺色のジーパン。右脚の方はブーツカットデニムだが、左脚はショートパンツみたいに素足が出るみたいになっている。腰に巻かれたベルトは格好良くて、上は胸元から脇下にかけて開いたトップスに個性的なパーカーを身に纏っていた。
「よし。これにする」
「おお、即決したのか」
「いいねえ、お客さん。絶対あんたに合うよ!値段は……銀貨10枚でどう?」
確か、零耶と叶望にそれぞれ数十枚くらいの銀貨が渡されたが、もしかしたら相当な金額なのかもしれない。コーディネート一式がそろう値段はかなりの値段だ。
叶望はポケットから銀貨を漁りだして銀貨を数十枚一気に出すと、数えて10枚を彼女に差し出した。
「まいどあり〜。早速そこで着替えていいよ」
「……あの、試着室とかって……」
「ああ。男はね、たいてい昼は皆村の地下や天井の防錆施設で軍人として働いているか、地下の工場で働いてるか、村の外の少し離れた宝石鉱山でひたすら掘ってるかだよ。この店は夜はやらないから、試着室なんていらないの」
「ええ……分かった。れい、じゃなくてゼロ。後ろ向いて目瞑っといて」
「あ、ああ……」
後ろで衣擦れがする。一応彼は目を瞑っていて視界は闇である。そのせいか聴覚に意識が集中してしまって後ろの2人の台詞が妙に気になってしまう。
「って、あんたいいカラダしてんねえ。どれどれ、少し触らさてよ」
「ちょっ……ちょっと何処触ってんですか!く、くすぐったいですからぁ……」
「うっわあ。すごい柔らかい。じゃあこれも外して……」
「え、外すんですか?」
「そりゃそうだよ。このトップスだもん。外しとかないと肩紐丸見えだよ。でも下着はないといけないからね……私のこれ、あげるからさ、さあさあ早くつけて」
(いけないいけない。後ろの光景を想像してしまっている自分がいる……)
「じ、自分で外しますから……あ、ちょっと。ひゃ……」
「そんな声出さないの」
「……黙ってないで、なんか言ってよ。こっちが恥ずかしくなってくるから」
「いやあ、いいなあって思って……」
「ちょっと、ゼロまで語彙力崩壊してるじゃん……」
「そうだね〜私はこの胸元と左脚が出ているのがなんかえっちい感じしていいね〜と思う。あんたに買ってもらって正解だったよ!」
「あ、はい……なんかありがとうございます……?」
いつの間にか起きたベレーもバックから飛び出て、だらーんとしながら彼女に見入っている。
「なーにこのベレー帽被ったスライム。むっちゃ可愛いじゃん。さあ、こっちこっち〜」
そう手を叩きながらその店員さんはしゃがんで近づく。が、怖がっているのかぴょんぴょん飛び跳ねながら店内を逃げ回る。
「あー!逃げやがったなぁ!待て待てそこのスライムぅ〜」
こっちは冗談らしく楽しそうにベレーを捕まえようとするが、ベレーはベレーで、本気で逃げ回っている。葉巻を持っているのが怖かったのだろうか。結構ビビりらしい。
あまりにも唐突な危機感あるサイレンに2人は戸惑う。
村の至るところに設置されていた拡声器から声がする。それを聞いたそこらへんのケモミミたちは建物の中に避難し始めた。
『こちらは、非常事態警告サイレンです。現在、北東方向に正体不明の哨戒機がレーダーにて確認されました。外にいる者は直ちに建物の中か地下に避難してください。一時的に村のエネルギー供給を最小限にします。繰り返します――』
そしてエネルギー供給が途切れたせいか、街中の街灯や建物内の明かりが消え、稼働していた機械類が停止した。辺りは静寂に包まれ、微かな木漏れ日が照らすだけで一気に暗くなる。一瞬にして街の呼吸が止まったかのようだった。
「またね……さあ、行きましょう、私についてきて、2人とも」
案内された先は今さっきの服屋さんの玄関の反対方向だった。この建物は大きな樹の幹に半分埋まっていたので、そこは樹の中なのだろうと推測できる。見れば、樹の中には半径10メートルくらいの空洞が下に伸びていて、下に続く螺旋階段があった。とぎれとぎれで点滅する古臭いランプが僅かに周辺を照らすのみだった。
「爆撃されることは無いと思うけど、一応地下に避難しておこう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます