ホームタウン

 「俺は……『ゼロ』っていいます」


 そう彼は自己紹介した。クローバはその名前を聞いて、目をまんまるにさせてパチパチ瞬きする。そんなに変な名前に感じたのだろうか。


「ゼロ、か……いい名前だね。僕、気に入ったよ」

気に入った、気に入った、と何度も頷くクローバ。

「ゼロ……厳しい歴戦を幾重にも乗り越えてきた孤高の戦士みたいな名前だな」


 そう言って意味もなく「ハッハッハッ……」と声を張って笑うボタン。そしてゴホゴホ、と包帯だらけのカラダを揺さぶって胸を抑えて苦しそうに咳をした。


「ちょっと、怪我人兼病人はこんな真っ昼間に大声で笑ってないで、大人しく寝てくださーい」

「わ、私は怪我人でも病人でもない!あのガラクタを合計300体以上抹消した腕のいい兵士だぞっ……って痛たたたたた」

「あーもうほら言わんこっちゃない。いくら腕のいい銃撃手ガンナーでも治療を疎かにすると命に関わりますよっ」


 そんなボタンとクローバの言い合いのせいで、零耶の背中で寝ていた叶望が目覚めてしまったようだ。それに気づいた彼は「起きたか」と呟いた。叶望はそれを聞いて一段と大きな欠伸をした。


「ふわああぁ……よく寝た。で、ここはどこでしょう?」

「いや俺も知らん」

「あ、もうひとりのほうも起きましたか。名前、教えてもらっても?」

「あ、私?私の名前はね……カナミだよ」

「カナミとゼロ、ということですか」

「え?あんた……もごもごっ!」

叶望が続きの言葉を言いかけるのを、掌で彼女の口を塞いで遮る。そして彼女の耳元で囁く。

「零耶の『零』をとって『ゼロ』にしたんだよ。かっこよさそうだからな」


 なんとなく腕時計型端末を見ると、パーティーのところの自分たちの名前がいつの間にか『ゼロ』と『カナミ』に変化していた。ちょうど通知が来る。


『ホームタウンが設定されました:アルベット村』


 いつまでも口を零耶に塞がれている叶望は何を思ったのか、舌先で少し彼の掌を舐めた。


 彼の掌には、生暖かいようなねっとりした唾液と舌が当たる。


「って、何してんだ叶望……離してほしいなら早く言えよ」

「仕返しだって」


 クローバはその2人の様子をまじまじと見つめたあと、遮るようにわざとらしく咳払いをした。もはやボタンの目は点になっている。


「……で、2人は何処の人なんです?ハル・セントラル・シティから逃げてきた人たちですか?」

「いや、違うが……何だ?その『ハル・セントラル・シティ』っていうのは」

「え、知らないんですか?……いくらなんでも世間知らずな気が……」

「クローバ。あんたはそういう人に心当たりがあるだろ」

「ああ、確かに」


 ボタンとクローバの話によれば、この世界では何処から来たかわからない放浪者が最近多くなったらしい。恐らくその人達が敵プレイヤーということなのだろう。


 そんなことをごちゃごちゃ話していると、また病室の扉から先程のお姉さんっぽい声の持ち主が段々と近くなってきた。すかさずボタンは布団を被ってまた寝たフリを決行する。


 扉の向こうでクローバの名前を呼ぶ声がする。


「クローバ?少しいいかしら?」

「いいよ」


 その返事を受けてすりガラス越しの白衣のケモミミが改めて二人の眼前に現れた。改めて会って物凄いお姉さんオーラのような、妖艶な雰囲気を何処か感じてしまう。


「よそ者さんと仲良くなってる感じ、悪い人には見えないわね」

「そうだよ、ハルラ先生。前回の人とは大違いさ。2人とも仲睦まじくおんなじベットで寝てたくらいだから悪い人なわけがない!」


 そんなことを真正面から言われて恥ずかしくなった2人は顔を紅潮させて目が合わせられなくなる。


「……そうね。お前さんの目はまだ信用しきれてないけど、私の目に狂いはないからね。……私の名前はハルラ。この村の医者をしているわ。よろしくね」


 「まだ信用しきれていない」とか言われてブーブー言っているクローバを余所目に、彼女は零耶に向かってウィンクした。零耶はそれに内心ドキッとせずにはいられなかった。


 名前を訊かれ、零耶は『ゼロ』、叶望はそのまま『カナミ』と答える。


「さあ。ところで、あなた達大丈夫?結構強い発煙筒の睡眠薬にやられたと思うけど。もう少ししっかり休んだら」

「大丈夫です、俺は。カナミは?」

「私も大丈夫。全然動けます」

「それならよかった。……そうだ。あなたたち例の放浪者なんでしょ?だったら、暫くここに寝泊まりしてもいいんじゃないかしら」


 そう2人に提案した後、白衣のポケットから何かを取り出した。掌の中にあったのは、数枚の銀貨だった。


「これは……?」

「この村やケモミミ界隈で流通している銀貨よ。これくらいあればとりあえず今日の寝泊まりはできると思うわ」

「でも、そんなお金をもらっても……」

叶望が申し訳なさそうにそう呟く。

「いいのよ、いいの。それに……」

彼女は目を瞑りながら、何か考え込んでいるように顎に指を添える。


「いや。やっぱりなんでもないわ。この続きの言葉は、いつか言うべき日がくるでしょうから」


 余韻として疑問が残るような、そんな意味深な言葉を言われた2人。その言葉の続きが分かる日が来るのはいつだろうか。


 「困ったときはいつでも呼んでね」というような趣旨のことを言われ、ハルラからスマホを差し伸べてきた。


「へっ……?スマホ?」

あまりに予想外なハイテクノロジーなものが出てきたので、叶望が仰天する。

「?……そんな珍しいものなの?あなた達にも腕時計型端末があるじゃない」

「そういうことじゃなくて、この建物とか服装は古そうなものなのに、最先端なもの持ってるなあと」

「ああ…そういうことね。確かにこの村の建物とかはあまり新しくないし、ツリーハウスもあるし、村自体の技術は進歩していないわね。このスマホはハル・セントラル・シティの創造物の名残だよ。そのクローバが持ってるその弓も。スマホはどんな人もだいたい持ってるものなのよ」

「そうなんですか」

「だから、連絡先を交換しておいてほしいな、と思って。そうすれば、いつでも連絡できるでしょう?」


 ハルラは自分のスマホをそれぞれの腕時計型端末にかざすと、『ファーンッ』という音と輝かしいパーティクルが空中に現れたと思うと、キラキラと消えていった。端末を見れば、連絡先に『ハルラ』と表示される。ついでにクローバとも交換しておいた。


 『ハルラ』と書かれた連絡先表示のところに触れると、その人のプロフィールが顔写真とともに文章で表れる。



ハルラ …… ケモミミ族 猫タイプ

職業:医者

魔法属性:紫属性 妖艶型

性別:女

主にアルベット村で活動している唯一の医者。皆からの信頼は厚い。



クローバ …… ケモミミ族 猫タイプ

職業:狩人、兵士(弓使い)

魔法属性:碧属性 精霊型

性別:女

アルベット村の戦士。近未来的な弓を使って村の防衛を担っている。



「あの……『魔法属性』って?」

「ああ。魔法属性ってのはね、この世界の住人ならほとんどの人ができる魔法の種類のこと。私は紫属性で、妖艶型。杖がなくたってできなくはないけど、強力な魔法をするにはその属性にあった宝石の入っている杖やペンダント、ブレスレットが必要なの。今は私もつけてないけど」


 ハルラは自分の髪を指差しながら言う。彼女の場合、髪飾りが魔法のためのアタッチメントのようだ。


「私はこのブレスレットに小さなサファイアがあるんだ。ほら、綺麗でしょ?」


 クローバは自分の細く見えて意外とがっしりしている左手首を2人に差し出して見せる。カーテン越しに通る柔らかい光が反射して鮮やかなコバルトブルーの彩りを放っていて綺麗だった。


 輝く宝石に見惚れていると、クローバの猫耳がピクピク細かく動いた。途端に軋むベットの下を素早く覗くと、あっけらかんとした。


「べ、ベレー帽被ったスライムがベットの下でぐっすりしている」

「「え?」」


 零耶は慌ててベットから降りて下を覗き込むと、デレ〜ンとした表情でよだれを垂らしながら寝ているベレーの姿があった。


「べ、ベレー。何してんだこんなところで」

「あ、このスライム、君たちの仲間なの?」

「そうそう!」「まあ、そんなところかな……はは」


 零耶はベレーをベットの下から取り出して、そのみっともない表情を見ると、呆れたような乾いた笑いが漏れてしまう。


「あ、そうだ!丁度いいものがあるよ!」


 あっ、と閃いたように椅子から跳んで立つと、病室の奥のガラクタ物置から、あれでもない、これでもないと探しながら、ようやく目当てのものを探り当てた。


「これこれ。このスライムちゃんが入れそうな丁度いいサイズのバックが!これ、皆使ってないしあげるよ!」

「えっ?いいの?」


 クローバから肩がけバックを受け取ると、嬉しそうに高々と持ち上げる。そして、まだ寝ているベレーをゆっくりそのバックに入れると、なんとなく表情が和らいだような寝顔になった。本当にピッタリサイズである。


 普段稀に見ない本当に笑顔で嬉しそうな叶望の表情に、ホッとしたような、ドキッとしたような、そんな気持ちになって、よく分からない感情になった。

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