第4話
「俺はおまえのことが好きだ」
「……は?」
「俺は彩人が好きなんだ」
「まさか、」
「冗談でこんなこと言うか。俺は孝也じゃない」
冗談じゃないとしたら何なんだろう。たしかに真矢先輩はそういう冗談を言う人じゃないって知っているけど、だとしたら何を言っているのか本気でわからなくなる。
「僕、男ですよ」
「知ってる」
「先輩は、男が好きなわけじゃないですよね」
孝也と付き合っているとわかっても気味悪がったりはしなかったけど、だからと言って男が恋愛対象だとは思えない。
「おまえ以外の男なんて冗談じゃない」
「……僕は、綺麗でもかわいくもない、ただの男ですけど」
もし僕が木嶋瑠衣くらいかわいかったら可能性はゼロじゃなかったかもしれない。でも、僕は平凡以下の男でただの後輩だ。
「木嶋瑠衣」
「え……?」
「木嶋瑠衣は、男だけど噂どおりかわいいと思う」
先輩の言葉に胸がズキッとした。
そうだ、木嶋瑠衣は誰が見てもかわいい。ノンケの真矢先輩から見ても、きっと魅力的に見えるに違いない。とくに木嶋瑠衣の周りにいる男たちは、彼に気に入られるために必死に機嫌取りをしているように見えた。そのくらい彼は男にも人気があった。
そんな存在だから孝也の目に留まったんだと思う。そして、あっという間にベッドを共にする仲になった。
「でも、かわいいと思うだけでそれ以外の感想はとくにない」
やっぱり言っている意味がわからない。どういうことが聞こうと思ったとき、僕を抱きしめていた先輩の腕が緩んだ。体を離して顔を見たけど、先輩が言ったとおり冗談を言っているようには見えなかった。
「でも、おまえは違う。つい目で追ってしまうし口も出したくなる。目の前にいるだけでかわいいと思う」
「……先輩、目、大丈夫ですか?」
「審美眼という意味でなら普通より優れていると思うが? 毎日自分の顔を見ているし、小さいときから孝也も見てるからな。あいつ、本当に顔の出来だけは最高なんだよな」
そう言った先輩が眼鏡をクイッと押し上げた。……なんだろう。高校のときから見慣れている仕草なのに、見るのが急に恥ずかしくなってきた。
「先輩、どれだけナルシストなんですか」
「自惚れないように気をつけてはいるけど、謙遜できるほど人間ができてもいないんだよ」
「たしかに高校のときから人気あったの、知ってますけど」
「きっと高校のときからおまえのこと、かわいいと思ってたんだな」
それはさすがにどうかと思う。やっぱり先輩の目はおかしい。
「木嶋は客観的に見てかわいいと思うが、彩人は誰よりもかわいく見える」
「……なに、言ってるんですか」
「俺は
「……僕、失恋したばっかりなんですけど」
「そこにつけ込んで掻っ攫おうって考えるくらい俺は卑怯者だし、そのくらい彩人のことが好きなんだ。……もう孝也はやめとけ。あいつは自分だけを好きになってくれる人を探しているだけなんだ。だから簡単に受け入れるし、自分以外を好きになったら簡単に切り捨てる」
来るもの拒まず去るもの追わずだということは僕も知っている。
「本当の自分を好きになってくれる人を探していたはずが、何を求めていたのかわからなくなっていることにも気づかない。あれじゃ誰も幸せになれないっていうのにな」
どうしたんだろう。いままでで一番難しそうな顔をしている。
「先輩?」
「とにかく、俺はおまえが好きだ」
改めて真正面から言われても、やっぱり信じられなかった。それに僕が求める“好き”は男女の“好き”と同じもので、そのことを先輩はわかっているんだろうか。
「僕に……男の僕に、その、本当にそういう気持ちが持てますか?」
恋愛感情の先にはそういう行為が含まれる。孝也は行為自体が好きだったみたいだから僕相手でもできたんだろうけど、普通はそんな気持ちにはならないはずだ。
「ヤれるかって意味でならできるな。彩人で何度も抜いてるし」
直球の返事に口ごもるしかなかった。そこまで言われて拒絶できるほど僕は強くない。それに、いま先輩の手を拒んだらこの先ずっと一人ぼっちになるような気がして怖くなった。
(やっぱり僕は最低だ)
真矢先輩のことが好きかわからないのに、先輩の告白を受け入れたがっている。本当に僕のことが好きか信じていないのに、それでも一人ぼっちにならなくて済むならその手を握りたいと思ってしまった。性懲りもなく、僕はまた愚かな選択をしようとしている。
(それでも、僕はこの人の手を掴みたい)
また一人ぼっちに戻るのは嫌だ。誰でもいいから側にいさせてほしい。……違う、誰でもいいわけじゃない。側にいるのに一人ぼっちに感じる場所は嫌だった。二人でいるのに寂しく感じるのが嫌だとずっと思っていた。
(もしかしたら、真矢先輩は違うのかもしれない)
それに、僕を好きだと言ってくれる人には二度と出会えない気がする。そう思ったら手が伸びていた。
先輩の腕を掴み、顔を上げようとして失敗した。悪いことをしているような気がして顔を上げることができない。それでも自分の気持ちはちゃんと伝えないといけない。そうしなければ、僕は始める前から先輩を騙すことになる。
(真矢先輩を騙すなんて、そんなことできるはずがない)
高校のとき、気持ち悪がらずに最初から普通に接してくれたのは真矢先輩だけだった。そんな先輩に嘘をついてまで側にいることはできないと思った。
「先輩のこと、好きかはわかりません。それでも……それでも、側にいていいですか?」
「最初はそれでいいよ。ま、好きになってもらう自信はあるけどな」
「……ほんと、何言ってるんですか」
「愛の告白ってやつだよ」
自信たっぷりの言葉に、僕は泣きながら笑ってしまった。
僕は嘘つき 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO
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