アークワードラブ
「え、俺たち? まだ付き合ってないよ」
弱り弱っていた弱みにつけこまれ、やることやった後、散らばった服をかき集めて身につけながら、
「でも、抵抗ないの? 好きだった女の娘と付き合うなんて」
と、聞いた答えが、それだった。
なに? これはあれか、セックスしたからって彼女面すんなってやつ?
「ふざけんな!」
心からの叫びと、手元にあった枕を憎き男に投げつけて、急ぎ残りの服を来て出ていこうとしたら、
「そんなに怒んないでよ。人のことをそんなに急に、好きになったり嫌いになったりできないだろう? 付き合うのはちゃんと君のことを好きになるまで、もう少し待ってよ」
「私はそもそも、好きじゃない人とセックスできる人なんか、好きになりません」
「……そんな君がセックスしたってことは、俺のこと好きになったってことじゃないの?」
本当に、腹が立つくらい弁のたつ男に敵うわけないのだが、だからといって、あんな態度を取られた直後に
「そうです、好きになったからセックスしました」
なんて言うことは、自分のプライドが許さない。
「もう二度と会うことはないわ、さよなら」
「酔いが醒めたら、元の強ーい君に戻ってしまったんだね」
あんなに可愛い顔してたのに。
その言葉を言い終わるか終わらないかのタイミングで、思いっきりビンタをかましてやった。
「おあいにくさま。あんたはまた、男の機嫌ばかり気にする弱ーい女の尻でも追いかけたら? その娘に手を出して紛らわそうとするくらいに好きなんだったら!」
捨て台詞を吐いて、乱暴に玄関の扉を閉めた。最悪だ。ちょっと弱っていたからって、ホイホイあんな男の好きなようにされて。その上、舞い上がって恥ずかしい勘違いまでして。
ただ、一番最悪なのは、あの男が言う通り、人のことをそんなに急に、好きになったり嫌いになったりできないということだ。
つまり、私はあの最低な言葉を吐いた東風という男のことを、まだ好きになったままだということだ。
二度と会わない。会わなければこんな脆い、一時的な感情塗り潰せる。
そう決意して家に帰って、暫く会社も有給消化するつもりだし、この際、物理的に距離をとるために旅行でも行くかとスマートフォンを取り出そうとして、漸く自分の犯した失態に気が付いた。
ない。スマートフォンが。
もしかしたら、帰り道に落としたのかもしれない。そんな淡い希望を託して、家電から我がスマートフォンを鳴らせば、数コール鳴った後、
「やっと気付いた? 申し訳ないけど、俺も暇じゃないから外に出ちゃったんだよね」
と、先ほど二度と会わないと決めたクソ野郎の声が聞こえてきたのだった。
「二度と会うことなかった男にその日の夜に会ってしまう意志の弱い美花ちゃんはとっても可愛いんだけどなぁ」
「うるさい死ね」
結局、着払いでスマートフォンを郵送しろとごねる私に、
「昨晩、あまりに美花ちゃんが可愛かったから、可愛い写真をこっそり撮っちゃったんだよねぇ。今から夕方までは忙しいし、郵送手配は明日になっちゃうけど、今晩暇だからなぁ。つい魔が差して、美花ちゃんの知り合いたちに、美花ちゃんはこんなに可愛いんですよーって自慢してしまったらどうしよう?」
という、がっつり盗撮&脅迫という犯罪行為で返り討ちにされ、
「今晩、家まで取りにおいで。九時には家に帰ってるし、十時まで写真送信は待ってあげよう」
なんて、交渉する間もなく一方的に電話を切られてしまった。
渋々、今朝激しい怒りと憎しみを抱きながら通った奴の家に向かい、玄関口で
「早く返して」
と、ヘラヘラした笑顔で迎えた家主を睨み付ければ、
「部屋の机の上に丁重に保管しておりますのでどうぞ」
なんて、恭しく頭を下げるなどという慇懃無礼な対応をされた。
本当に、最初から最後までこの男のペースに乗せられている。本当に腹立たしい。
警戒心を剥き出しにして部屋に入れば、空になった酒瓶が数本転がっていた。こいつ、また酒飲んでたのか。私に会うと、わかっていたはずなのに。
なんだか胸がざわざわして、早くこの部屋から立ち去らねばという危機感が募った。当たり前か、昨晩、酔って起きて泣き言を漏らして慰められて惚れて、そして、ここで抱かれたんだから。
「ねえ、どこに……っ!」
先に部屋に足を踏み入れた自分に続いてやって来た男の方へ振り返ろうとした瞬間、強い力で肩を掴まれ、あっという間に自由を奪われた。
驚き過ぎて声も出ず、上に覆い被さってきた男にじっと見詰められる。
果たして、彼がかわいいと評する表情を浮かべられただろうか。いや、多分引き攣ってるだろうな、無理もない。
いきなり押し倒され、ネクタイで手首を縛られたら、誰だって。
「……何のつもり、離して」
「え~? 何のつもりって、ちゃんと話したいんだよ。なのに、離したらすぐ逃げるでしょ」
だから駄目。
悪びれた様子は微塵も感じられない余裕の微笑み。
くそ、だから嫌だったんだ。
「あんたと話すことなんかない! それに話すならなんで酒飲んで……んん!」
痩身のどこにそんな力があるのか、無理矢理唇を重ねられ、舌を捩じ込まれ。
間接的に与えられるアルコールに、脳が痺れてしまう前に抵抗したいのに、きつく縛られた両手では満足に拒めない。
「ん、ふぅ、っ酒、くさ」
「あ、いっちょまえに生意気言っちゃってぇ。お仕置きしないとね」
ぺろりと唇を舐める姿も様になる、男前って得だなぁと、再度顔を近付けてくる顔をぼんやり見詰める。
「どうしたの、急に大人しくなって、その気になってくれた?」
「……酔いが醒めたら、また忘れるくせに」
女々しい言葉だと思いつつ、吐かずにいられない。この人は、狡い。私ばかり、この人を好きになって、この人はまだ、私以外の女を好きだなんて。
そんな恨みつらみを纏った、思わぬ口撃に一瞬怯んだ彼だったが、すぐに笑って、
「……酔うたんびに、美花ちゃんのこと思い出すんだけど、それじゃ、だめ?」
そんな言い方、この卑怯者。
そんな言葉で喜ぶなんて、この愚か者。
まったく、厄介な慕情だわ。
酔いが醒めたら、きっと
「そんなの酔っ払いの戯言だよ」
なんて、誤魔化すだろう貴方の姿を今から思い浮かべるだけで、私の胸はこんなにも痛むというのに。
それでも、まだ、私はこの非道な男が好きなのだった。
酒に纏わる。 石衣くもん @sekikumon
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