第13話 従姉妹が出て来て困惑中

 豪奢な調度品が並んだ、広々とした室内に、緊張した『ダライアス』の声が響いた。


「先日は急な訪問で、ろくに挨拶も出来ず、すみませんでした」


 対面に座っていたマーリーンは、『ダライアス』の話し方に思わず目を瞠る。普段は滑舌が悪く、つっかえながら話すため、すんなりと言葉を発したことに驚いたからだ。


「いえ、とんでもございません。こちらこそ、おざなりな挨拶をしてしまったと、反省しております」


 驚きながらも、丁寧に言葉を返したマーリーンは、次いでダライアスの顔をまじまじと眺めた。

 いつもならば、俯いたり、顔を逸らされたりするため、目を見て会話をしたのはこれが初めてだ。

 整いすぎた顔は笑みを見せてはいるが、緊張の感情が強く出てしまっている。


「その、大変失礼な物言いですが、私はダライアス殿下が、ご病気なのかと思っておりました」

「ああ、吃ったり、赤面したりと、マーリーン姫の前では随分と醜態を晒していましたね。お恥ずかしい限りです」


 少し頬を染め、はにかんだ『ダライアス』に、マーリーンはホッと息を吐き出した。

 いつもと違い過ぎるダライアスに、まるで知らない人と話しているようで、余計に緊張してしまっていたので尚更だ。


「いえ、気にしておりませんので」


 柔らかく微笑んだマーリーンを直視してしまい、『ダライアス』はぼんっと顔を真っ赤に染めた。

 そのいつもの反応に、マーリーンはつい嬉しくなり、「ふふ」と声を出して笑ってしまう。


「す、すみません。頑張ってはいるのですが」

「頑張る、ですか?」

「はい、頑張っています。美しくて可愛いらしいマーリーン姫を前に、冷静でいられるように」

「まあ」


 口に手を当て、驚きの声を出してしまったことを恥じらうマーリーンに、『ダライアス』が悶絶する。

 そして幸せを噛み締めた。

 諦めていたマーリーン姫との未来を、手に入れたことを。


 本日は、ダライアスとマーリーンの婚約後、初めての顔合わせだ。

 正式にイージリアス国からダライアスへと縁談の申し込みがあり、それをアルカザナム国が受けた形で結ばれた婚約だった。


 願ってもないマーリーンとの婚約に、二つ返事で飛びついたダライアスは、早速顔合わせをとせがみ、実現した。

 いつもは吃って、まともに顔を合わせることも出来ない『ダライアス』は、この一週間、ダレルを相手に猛特訓をした。

 その甲斐あってか、順調な滑り出しに、自分自身に喝采を送るダライアスだった。


「その、今回の婚約の話しは、マーリーン姫にとっては、寝耳に水だったのではと思っているのですが、大丈夫なのでしょうか?」 


 マーリーンは元々、自国の女王陛下になる予定だったのだ。

 それなのに貧乏国へ嫁ぐなど、屈辱ではないのかと、『ダライアス』は考えてしまう。

 しかもまだ借金は一部しか返せていない。

 黒龍を一体、売ったけれども、先にもう一つの支援国、ロドルグマ国への借金を、全額返済したせいだ。

 そんなこともあり、イージリアス国からの婚約の打診だったとしても、『ダライアス』からしてみれば、申し訳ないという気持ちの方が大きかった。


「もちろんですわ。正直なところ、私は女王になるのは嫌でしたので。弟には申し訳ないのだけれど、ホッとしています」

「嫌だったのですか?」

「はい。重圧に耐えかねて、壊れてしまう未来しか描けなかったのです。私は女王の器ではありませんから」

「そのようなことは……」


 『ない』と言おうとして、口を噤む。

そこまで深くマーリーンのことを知らないくせに、軽々しく言っていい言葉ではないと『ダライアス』は呑み込んだ。


「ただ、弟のユーインも、これからその重圧を背負っていくのだと思うと、申し訳ないという気持ちも膨らんできて……」

「これから帝王学を学ぶのは、確かに大変かもしれませんね」

「実はユーインは、八歳まではそれなりに教育を受けていたのです」

「え?」


 文献では、十二年間呪いで酷く苦しむと書いてあったことと、イージリアス国の国王も似たようなことを口にしていたので、ずっと伏せっていたのだと『ダライアス』は思っていた。

 だが実際はそうでもなかったのだと聞き、驚く。


「その頃までは、そこまで症状も酷くはなかったのです。ここ四年で、一気に体調が悪くなってしまって、寝たきりになりましたが」

「そうでしたか。黒龍の傷の回復と、何か関係があったのかもしれませんね」

「はい。父もそう思っているようです」


 少しばかり重い空気になってしまい、『ダライアス』の浮ついた態度も払拭された。

 このままの調子で、上手く会話が出来ればと思っていた『ダライアス』だったが、その思惑は呆気なく崩されてしまう。


「どどどどどどうされましたか! ママママーリーン姫!」


 目に涙をためたマーリーンに、『ダライアス』の感情が振り切れた。


「すみません。ユーインが元気になったことが嬉しくて」


 ハンカチを取り出し、涙を拭うマーリーンを、『ダライアス』は凝視する。その余りの儚さに、庇護欲が掻き立てられ、抱きしめたい衝動に駆られた。

 ぎゅっと目を瞑り、天井へ顔を向けた『ダライアス』は必死に心を落ち着けようとする。

 その様子にまたマーリーンは笑みを浮かべたのだが、目を閉じていたダライアスは知る由もない。


「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「い、いえ」


 どぎまぎしながら答えた『ダライアス』は、そっと目を開ける。

 恥ずかしいそうにしているマーリーンに、また心臓がうるさく騒いだ。


「……その、少し、外を歩きませんか?」

「は、はい、是非」


 泣き笑いを誤魔化すように、マーリーンが告げれば、『ダライアス』も顔を真っ赤に染めたまま頷いた。


 部屋を出ると、扉を守っていた衛兵二人にマーリーンが中庭に行く旨を告げる。

 そのまま後ろに付き従った衛兵たちはダライアスに熱い眼差しを向けた。

 それが尊敬や羨望の類であることは、『ダライアス』も理解していたが、何とも気恥ずかしい気持ちになる。


 黒龍二体をダライアスが葬ったことは、既に各国に知れ渡っていた。成金大国に黒龍を売りつけた際、随分と高値をつけてしまったせいか、腹いせに広められてしまったのだ。


 黒龍の残像思念から、どうやって倒されたのかを読み取ったらしく、その時のことを大袈裟に吹聴され、今では魔王などと呼ばれている。

 確かに魔族の血を引いているので、魔王という言葉は当て嵌まるのだろうが、そこは英雄とか勇者ではないのかと、『ダライアス』は憤慨した。


 だが、マーリーンが「あら、魔王だなんて、素敵ではありませんか。唯一無二の存在ですもの」と言ってくれたので、ダライアスとしては満足している。

 英雄や勇者は、功績を上げれば、誰にでも手に入れられる称号だが、魔王は確かにそう簡単に得られる称号ではない。というか、称号ですらないが。

 そんなことを考えながら、『ダライアス』は廊下を進んだ。


 部屋を出て、少し廊下を歩けば、すぐに裏庭へと出れる。

 横に並んで歩くのは、久しぶりのことで、『ダライアス』は浮かれながらチラリとマーリーンを見遣った。


 艷やかな黒髪に、可愛らしい旋毛(つむじ)。思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られ、グッと『ダライアス』は堪える。

 だがここでふと、自分の胸のあたりにマーリーンの頭があることに、疑問を抱いた。


「マ、マーリーン姫、そ、その、縮みましたか?」


 キョトンと『ダライアス』を見上げたマーリーンは、次いで首をコテンと倒した。

 その仕草に、一気に『ダライアス』がポンコツになる。

 そして内側では、浩之が叫んでいた。 

 『自分の背が伸びたんだよ! 女性に縮んだとか聞くな! 失礼だろう!』と盛大な雷を落とされる。

 アワアワとしだした『ダライアス』に堪えきれず、マーリーンは「ふふ」と笑みを零した。


「ええと、縮んではいないと思いますよ」


 目元がまだ赤いながらも、茶目っ気たっぷりにそう言ったマーリーンに、心臓を射抜かれた『ダライアス』は、虫の息だ。

 ここで交代すべきかと悩んだ浩之だったが、少し遠くから人の話し声が聴こえ、『ダライアス』が持ち直す。

 そしてその声たちの方へ目を向けると、すぐに夢から醒めた。


「おや、これはマーリーン殿下。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」


 そう声をかけて来た人物に、『ダライアス』の目がスッと細められた。

 そしてその人物の後ろから、舐め回すような視線を感じる。

 その男の取り巻きなのだろう。ドレスを着た貴族の令嬢たちが、ダライアスを不躾に見つめていた。

 その視線に覚えのある『ダライアス』は、嫌悪感に苛まれる。

 かつて、セルマとイヴに同じような視線を向けられていたことを思い出し、辟易した。

 不快感に顔を歪めそうになった『ダライアス』だったが、隣にいるマーリーンの姿を見て、目尻が下がる。


「まあ、ジェレミー様。ご無沙汰しております」


 ひょろリと細長い体型に相応しい、繊細な美貌を持つジェレミーと呼ばれた男は、マーリーンの婚約者候補だった。

 ただの婚約者候補という立場であっても、『ダライアス』からしてみれば、面白くはない。そういう自分にも婚約者候補がいたのだが、それは棚に上げておく。


 そして、青い髪のダライアスとは違い、明るい金の髪はそれだけでとても華やかに見えた。着ている服も、とても高級な生地で、仕立ても良い。

 一国の王太子よりも余程良いものを着て、綺羅びやかに見えるジェレミーに、知らず剣呑な視線を向けてしまった『ダライアス』は、一旦落ち着こうと息を吐き出した。


「ダライアス様、ご紹介いたします。こちら、我が国の公爵家のジェレミー・ゴイス様です」


 紹介されたくはなかったが、対峙してしまった以上は仕方がないと、『ダライアス』は愛想笑いを顔に貼り付けた。が、目は笑っていない。


「そしてこちらが、私の婚約者、隣国アルカザナムの王太子、ダライアス殿下です」


 マーリーンの口から婚約者と紹介され、今までやさぐれていた『ダライアス』の心が舞い上がる。だがそこは腐っても王族。自制心で己の心をねじ伏せ、笑顔は崩さなかった。


「お初にお目にかかります、ジェレミー・ゴイスです」


 胸に手をあて、軽く腰を折ったジェレミーは、確かに女受けが良いのだろう。そう思わせる程の美貌に、『ダライアス』は焦った。

 もしかしたらマーリーン姫は、彼との婚約が流れたことを残念に思っているのではないかと思ったのだ。そのせいか、つい自己紹介がおざなりになってしまう。


「ダライアス・アルカザナムだ」


 余りにも素っ気ないダライアスの態度に、ジェレミーの片眉が上がる。

 マーリーンに至っては、笑顔のまま固まってしまっていた。


「私はマーリーン殿下の婚約者候補ではありましたが、マーリーン殿下とは数回しかお話をしたことはありません」


 聞いてはいないが、自分からそんなことを話し始めたジェレミーに、ダライアスがハッとする。

 気まずいながらも態度を改めようとした矢先、ジェレミーの後ろに侍っていた令嬢がひとり、ダライアスへと声をかけた。


「はじめまして、ダライアス様! 私、アビーと申します! よろしくお願いします!」


 紹介を受けていないにも関わらず、ジェレミーを押し退けるように出て来た令嬢はシナを作り、上目遣いでダライアスに擦り寄った。

 見た目は可憐で、黒髪のせいか、どことなくマーリーンに似ている。それもあり、『ダライアス』はそこまで目くじらを立てることはなかった。

 だがその余りにも不敬な態度に、ジェレミーと、その取り巻きたちがぎょっとする。


「ダライアス様って〜、すっごく素敵ですね〜。私、ダライアス様に、一目惚れしてしまいましたぁ」


 隣国の王太子を相手に、名前呼びと、紹介を受けていないのに声をかけるというマナー違反の連発もさることながら、その気持ちの悪い猫なで声と仕草に、『ダライアス』は嫌悪を隠さなかった。


「アビー、止めなさい!」


 自分の連れの失態に、顔を青くしたジェレミーだったが、アビーという少女は気にした様子もなく、尚もダライアスに迫っていく。


「ダライアス様は、今日はどういったご用でこの国にいらしたんですかぁ? もしよろしければ、庭園をご案内しますよ〜」


 ダライアスの隣りにいるマーリーンが目に入っていないわけではあるまいに、『居ない』ものとして振る舞うアビーに、ダライアスの嫌悪は怒りに変わった。

 しかもこの王宮の庭園を案内するなど、一介の令嬢が言って良い言葉ではない。それもこの王宮の住人、マーリーンのいる前で。


「アビー! いい加減にしろ!」


 流石の優男のジェレミーでも、不敬罪に発展しかねないその発言に、大いに焦る。

 だがその感情を逆撫でするように、アビーがダライアスへと身体を寄せた。


「きゃっ! 怖いです! ダライアス様〜、ジェレミー様が怖いです〜」


 その動作は、以前セルマとイヴに散々されていたので、『ダライアス』はスッと身体を引き、アビーとの接触を避けた。

 すっかりダライアスの胸に飛び込むつもりでいたアビーは、避けられたことで、そのまま地面へと倒れてしまう。


「きゃっ! 痛〜い!」


 どたんと大きな音を立てて倒れ込んだアビーに、手を差し伸べる者はいない。


「酷いです! もう、足を怪我して立てません! 医務室まで運んでください!」


 拗ねたような表情をし、両手をダライアスへと広げ、『抱っこ』を強請るアビーに、今まで事の成り行きを見守っていたマーリーンが、呆れたように口を開いた。


「ジェレミー様、彼女を今後この王宮に入れることを禁じます。いいですね」


 笑顔を必死に浮かべてはいるが、マーリーンが怒っていることは一目瞭然だ。


「はい、もちろんでございます! もう二度と、マーリーン殿下の前に顔を晒すことはないでしょう」

「はい、よろしくお願いしますね。では、後はお任せします」

「はい、今すぐに辞します」


 深くマーリーンへと腰を折ったジェレミーに、アビーが納得がいかないとキンキン声を上げた。


「何、勝手なこと言ってのよ! 本来なら、ここは私が住むはずだった王宮なのよ! それなのに、その女が権利を放棄しないから、私がこんな目に合うんじゃない! それに、そんな女より、私の方がダライアス様にはお似合いよ!」


 座り込んだままそう叫んだアビーに、マーリーンがわざとらしく溜息を吐く。そしてダライアスへと謝罪の言葉を紡いだ。


「申し訳ございません、ダライアス様。彼女は私の従姉妹でして……その、対抗意識がかなり強くて」

「ああ、なるほど」


 どうりで似ているはずだと、『ダライアス』は納得した。

 性格は真逆のようだが。


「あんたみたいなブスより、可愛くて愛嬌のある私の方が、殿方は喜ぶのよ!」


 女は顔だと言いたいアビーに、その場の全員が首を傾げた。

 何故なら、アビーよりも断然、マーリーンの方が可愛いからなのだが、そのことにアビーは気づいていない。

 昔からアビーは、マーリーンよりも自分の方が可愛いと思い込んでいた。それは彼女の育った環境のせいなのだが、そんなことは今、全く関係ない。


 とここで、ダライアスの内側にいる浩之がぽつりと零す。

『顔より胸だろ』と。

 何を言っているのだと、つい思ってしまった『ダライアス』だったが、身体はその言葉に従順に反応し、アビーの胸に目がいった。次いでマーリーンの胸元にも目を向けてしまう。

 その様子に、アビーが吠えた。


「なっ! 胸が小さいって言いたいの! 失礼ね!」

「いや、何も言っていないが?」


 無表情で『ダライアス』が否定する。確かに声には出していない。が、目は口ほどに物を言うのだ。

 それを体現した瞬間でもあった行動に、ジェレミーと取り巻きたちは笑いを堪えた。

 流石に気不味くなった『ダライアス』は、居た堪れなくなる。

 マーリーンの顔を見るのが怖いと、つい俯いてしまったが、マーリーンがそっとダライアスの腕に手を置いたことに、飛び上がった。


「マーリーン姫……」


 うっとりとマーリーンを見遣った『ダライアス』は、「そろそろ中庭に参りましょう」とマーリーンに声をかけられ、有頂天になる。

 折角のマーリーンとの逢瀬の時間を邪魔されて、気分もすっかり下降気味だった『ダライアス』にとっては、嬉しい誤算だ。

 これはマーリーンと二人きりになって、しっかりと楽しまなくてはと、『ダライアス』は意気込む。


「茶番は終わりだ」


 そう言って『ダライアス』は、マーリーンを連れて、転移魔法でさっさとこの場を後にした。

 

 残された面々は、消えてしまった二人に困惑しながらも、先日も同じような『事件』があったことを思い出し、ダライアスが転移魔法を使用したのだと理解した。


「何よ、もう!」


 見向きもされなかったことに憤ったアビーは、座り込んだまま、天井に向かって叫んだのだった。

 


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攻略途中で前世を思い出した王子は、只今困惑中 空青藍青 @a_o_a_o_

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