第12話 イヴとシェリーが困惑中

 重苦しい雰囲気の中、思い出したように国王がダライアスに報告をした。


「そういえば、黒龍の買い手がつきそうだ」

「え? 早すぎませんか? 狩ったのはついさっきですよ?」

「一体丸々、北にある成金大国に売りつけられそうだと、ギルドから連絡が入っている。値段交渉はこれからだ」


 にやりと嫌な笑みを浮かべた国王に、浩之が『ダライアス』の記憶を探る。

 すると、何度も頭を下げ、支援を頼みに行って、すげなく断られた国であることが分かった。

 意趣返しのようなそのやり方に、浩之は思わず吹き出しそうになる。


「物凄くふっかけたと言っていたからな。楽しみだ」

「なるほど。珍しい物に目がないあの国ならば、さぞや大金をはたいてくれることでしょう」


 同じようにほくそ笑んだ浩之は、どれ程の値がつくのか想像する。

 それと同時に受け渡し方法を考えて、ゾッとした。

 何度も頭を下げに行った際、あの国の王女と王妃に粉をかけられた記憶が流れ込んできたからだ。内側で『ダライアス』が拒絶しているのが分かり、項垂れる。


「その、父上。受け渡しはどうしたらいいですかね? 俺……私はあの国に、あまり行きたくないんですが」

「ああ、何度も交渉して断られたからな」


 申し訳無さそうに眉を下げた国王に、浩之は慌てて弁解しようとした。だが、言い難いことこの上ない。


「あー、そうではなくてですね……あの国の王女と王妃に言い寄られていまして……」

「なんですって!」


 眦を吊り上げて、叫ぶように憤慨した王妃は、拳をプルプルと震わせる。


「金を工面するかわりに、身体を差し出せということか」

「もちろん、断りましたが」

「当然よ!」


 さてどうしたものかと、浩之が考え込む前に、さらりと解決策が放たれた。


「まあ、商人を介しての売買になるからな。港辺りの大きな場所に、黒龍をぽんと置いてすぐに転移魔法で帰ってくればいい」

「え? ですが、国の大臣辺りに挨拶をしなくてもよろしいのですか?」

「そんな義理立てをする必要もないだろう。散々コケにしてくれたのだからな」

「そうよそうよ!」


 確かに、と思いながら、浩之は苦笑する。国同士の遣り取りと考えれば、大問題なのだろうが、今回は表向きギルドと商会での取引なのだ。

 何か言ってきたらその時に対処すれば良いかと、浩之も楽観的に考える。


「ああ、それともう一つ、これも先程、魔法便で届いた手紙なのだが」


 言って懐から取り出した手紙を広げると、目敏く『ダライアス』がマーリーン姫の名を見つけ、反応した。身悶えている様子に、浩之は最近は随分と内側が煩いことに思い至る。

 もしかして、そろそろ融合するのだろうかと、思わず思ってしまった浩之だったが、『ダライアス』は今、それどころではないようだ。


「イージリアス国の国王からの、直々の手紙だ。まあ、今回の礼が書かれているのだが」

「それもまた早いですね。ついさっき行って帰って来たばかりなのに」


 目まぐるしく事が運ぶことに、流石の浩之も呆気に取られてしまう。忙しくなるだろうとは思っていたが、寝る暇があるのだろうかと、心配になった浩之だった。


「まあ、冒頭は今回の礼ではあるのだが、後半部分は縁談の打診だ」

「なっ!」


 ここで『ダライアス』が表に出て来た。予想はしていたが、ここまで早く事が進むとは思わず、嬉しさ半分、戸惑い半分というところだった。


「正式な書状ではなく、ただの手紙ではあるが、まあ、纏まるだろうから、心の準備をしておいてほしい」

「は、はい」


 顔を真赤に染め、モジモジとしている『ダライアス』に、国王も父親の顔になる。

 そして、おずおずと言いにくそうに口を開いた。


「そのだな……閨教育は、どうする?」


 先程の、神官長との遣り取りを思い出し、『ダライアス』がスッと表情を消した。


「その教育は、受けなくても問題はありません。私も年頃ですので、そういう話も色々と耳に入って来ますので、まあ、それなりに知識はありますので」

「そ、そうか。何か不安や心配なことがあれば、遠慮なく言いなさい」


 父親の顔でそう告げた国王に、妙に気恥ずかしい想いを抱いた『ダライアス』は、逃げるように内側に引っ込んだ。

 それを微笑ましげに眺めていた浩之は、自身のことだという実感がまだ掴めていない。融合はまだまだ先のようだと、浩之は少し残念に思った。


 そして改めて、浩之は国王へと顔を向ける。


「心の準備は出来ています。縁談が纏まることを、私も嬉しく思います」


 『ダライアス』の心を代弁するように宣言したが、心の準備はきっと出来ていないだろうと、浩之は内側でアワアワしている『ダライアス』に笑みを零す。


「そうか。あいわかった」


 国王が王妃に目を向け、頷き合う。

 その様子に、浩之は無理矢理『ダライアス』を表に引っ張り出した。


「苦労をかけたからな。幸せになりなさい」

「はい。ありがとうございます」


 幸せそうに顔を綻ばせた『ダライアス』に、両親は目を細め、笑顔をみせた。




◇ ◇ ◇




 薄暗いカビた匂いに、湿った空気は酷く淀んでいる。

 軍部の置かれた離れにある、地下の牢屋へとやって来た聖女イヴは、ニヤリと口角を上げた。


「いいざまね、セルマ。これぞ悪役令嬢の末路といったところかしら」

「このクソ女!」


 がしゃんと大きな音を立て、鉄格子が揺れる。セルマの両手が鉄格子を掴み、何度もガシャガシャと音を立てるのを聞きながら、イヴはクスクスと嫌な笑みを浮かべた。


「まあ、怖い! なんてね。本当、私のために良く動いてくれたわ。そのことには感謝してるのよ」

「何が感謝よ! あんたこそ、地獄に堕ちろ! クソ女!」


 髪を振り乱して叫ぶセルマは、侯爵令嬢だった頃の華やかさはなく、薄汚れた服に身体、足には枷が嵌められていた。

 そんなセルマを、心底愉快だという表情でイヴが見遣る。

 イヴの一歩後ろにいる護衛、シェリーも、セルマの姿を目に焼き付けるようにジッと黙って見つめていた。


「この後、どうなると思う? 教えてあげるわね。ふふ、公開処刑よ! 公開処刑! 本当、楽しみだわ!」


 悔しそうに奥歯を噛むセルマを満足気に眺め、イヴは満面の笑みを浮かべた。

 そのイヴの表情に激昂したセルマが、叫ぶように言う。


「ふん! クソ女! あんたこそ終わりよ! あんたが神官長の娘を殺したことは、もう皆の耳に入ってるわ! 直にあんたも私と同じように処刑されるのよ!」


 そのセルマの言葉に、イヴがぎょっとする。そして後ろを振り返り、シェリーに目を向けた。


「戯言よ」


 肩を竦め、呆れたように言ったシェリーに、イヴは安堵するように息を吐く。だが、次のセルマの言葉で凍りついた。


「本当に何も知らないのね。証拠も揃っているのに。あんたたちがやったこと、もう皆知ってるのよ! 十年前、あんたたちが結界を張ろうとしていた神官長の娘を殺したことをね!」

「な、何を馬鹿な……」


 狼狽えるイヴを見遣り、セルマがほくそ笑む。


「ああ、そうね。正確には、そっちの女がやったんだったわね。後ろから、短剣で心臓を一突き。ああ、一突きじゃなくて。何度も刺したんだったわ!」


 ぐっと眉間に皺を寄せるシェリーに気づき、イヴが声を張り上げた。


「私は知らないわ! そんなこと、知らない!」


 自分はそれに関与していないと声高に叫ぶイヴに、セルマは愉快だというように、目を細めた。


「もうそういうのは良いのよ。全て終わってるんだから」

「な、何を……」

「道連れよ。もう私はどうしたって処刑されるもの。だけど私一人だけ処刑されるなんて、癪じゃない。だからあんたたちも道連れよ」

「一人だけ処刑なわけないでしょう? あんたの家族もみんな処刑よ!」

「そういう意味じゃないわよ! 馬鹿なの?」


 怪訝な顔でそう言ったセルマに、イヴは動揺し、逃げるように踵を返した。だがそこに、誰かが立っていることに気づき、ビクリと身を強張らせる。


「随分と大きな声だ。外まで丸聞こえだよ」


 地下牢に続く扉から入って来た人物は、然程大きくはない声でそう告げた。だが、石造りの牢にその声は反響し、イヴの身体に纏わりつく。


「ヴィンス……」

「おやおや、呼び捨てかい? まあ、そうだろうね。あなたからすれば、私もただのキャラクターの一人だろうからね」


 ヒュッとイヴが息を呑む。シェリーもヴィンスの言葉に小さく反応を示した。

 冒険者ギルドのマスターが、何故ここにいるのかという疑問よりも、『キャラクター』という言葉の方に驚いた二人は、この後どう動くのが正解なのか分からず、動揺する。


 当然のことながら、乙女ゲームの物語に、ギルド長であるヴィンスがセルマに会いに牢屋に来る場面はない。だが、ヒロインが処刑される前のセルマに会いに、牢屋へと来る場面はちゃんとあった。


 今までのイヴの台詞とは大違いだが、セルマを哀れに思ったヒロインが、最後に慰めに来るのだ。

 それに沿って、イヴもここに来たのだが、それが仇になったと狼狽える。


「それにしても、随分と物語が変わってしまったな。予定にはない、たくさんの命が奪われたことを、あなたたちはどう思ってる?」


 問いかけに答えない二人は、ただひたすらヴィンスを睨みつけていた。

 そんな二人に、ヴィンスはわざとらしく溜め息をついてみせる。


「まあ、なんとも思っていないからあんなことが出来たのか。さっき言った、キャラクターとしか思っていない、或いはただのゲームの背景ぐらいの認識なのかな?」


 こてんと首を傾げたヴィンスは、攻略対象者だけあって、見惚れる程にいい男だった。


「だとしたら、あなたたちも、同じ目にあっても文句は言えないよね。同じゲームのキャラクターなんだから」


 ニタリと嗤ったヴィンスに、イヴとシェリーは背筋を震わせる。


「それにしても、セルマ・セルツベリーは悪役令嬢ではないのに、何故そんなふうに詰まっているんだ?」

「……」

「だんまりか。別にいいけどね。そうそう、ダライアス殿下とマーリーン姫の婚約が整いそうだよ」

「え!」


 そんな馬鹿なという思いで、イヴが驚愕に目を見開く。


「そんなはずないわ! あたしはちゃんと殿下を攻略したもの!」

「攻略ねえ。ヒロインでもなんでもない、ただのモブが攻略って、意味が分からないよ」

「なっ! あたしはこのゲームのヒロインよ!」

「いやいや、ヒロインは神官長の娘だろう? あんたじゃない」

「プレイしてたのはあたしよ!」

「それなら私もヒロインってことかい?」

「え! 男のくせに、乙女ゲームやってたの?」

「前世は女だったのよ。それで、その理屈からいくと、あんたの後ろにいる護衛もヒロインになるってこと?」

「違うわ! 年齢や性別が違うから、ヒロインにはなれないわ!」

「なんだか無茶苦茶ね。なら年齢と性別が合えば、プレイしていた人なら誰でもヒロインってことになるのね?」

「違う違う違う!」


 駄々を捏ねる子供のように、大きく頭を横に振って否定するイヴに、ヴィンスは冷たい視線を送る。


「何が違うんだか。まあ結局のところ、人殺しには違いないし、罪は償わなくちゃいけないわよね」

「あたしはやってないわ!」


 尚も言い募るイヴに、ヴィンスは盛大に溜め息を吐く。


「さっき、言われたでしょ。そういうのはもういいんだって」


 ガタガタと震えているイヴを他所に、ヴィンスはその後ろにいるシェリーに目を向ける。

 静かにヴィンスをずっと睨んでくるが、抵抗する様子もなく、ただじっとしていることに違和感を覚えた。

 そして気づく。魔法を発動しているということに。


「この期に及んで、まだそういうことをするとはね。あんたのショボい魔法なんて、私には効かないわよ。何だっけ、その魔法。意識障害のようなへんてこな魔法」


 魔法が全く効いていないばかりか、どんな魔法か知られていたことに、シェリーが目を見開いた。


「面倒だから、魔法が使えないようにしとくわね」


 そう言うと、イヴとシェリーの首に光の輪が絡みついた。それが魔封じの魔法だと気づき、ぎょっとする。


「その輪っか、私よりも強い魔力を持った者しか外せないからね」


 釘をさすように言えば、今度はシェリーが一気にヴィンスとの間合いを詰めてきた。

 手には短剣が握られている。

 それを難なく躱すと、短剣を持ったその腕を捻り上げた。

 その二人の間を、今度はイヴがすり抜けようと駆け出す。

 それを足を払うことで阻止したヴィンスは、顔から床に倒れ込んだイヴの頭に足を置いて、逃げられないように縫い止めた。

 ぐっと低いうめき声が、両者から漏れる。


「舐められたものね。これでもS級冒険者なんだけど」


 これ以上暴れられては敵わないと、拘束魔法を使い、二人を縛り上げたヴィンスは、薄く笑んだ。


「いいざまね。でもこれからが本番よ。断罪劇ってやつ? それとも、ただの拷問になるのかしら。まあ、ゆっくり愉しんできてね」


 顔を青くさせたイヴとシェリーは、懇願するようにヴィンスへと言い募る。


「ゲームやってたならわかるでしょ! こうでもしないとダライアスは手に入らなかったのよ! あたしの気持ち、分かるでしょ! ねえ、助けてよ!」

「ねえ、助けてよ! お願い! 同じ前世持ちでしょ!」


 二人の願いを無視して、引きずるように外に出たヴィンスは、最後に言葉をかける。


「そういうことは、お優しい神官長にお願いしたらいいわ」


 そう言ってにこりと嗤うヴィンスに、二人は震え上がる。


 外に控えていた衛兵に二人を託したヴィンスは、ゆっくりと地下牢を後にした。  

 セルマの高笑いを聞きながら。



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