【2-7】 かくれんぼ

【第2章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330664586673465

【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330667919950277

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 帝国暦384年9月、コナリイ=オーラム新陣営では、本格的な執務が始まった。


 帝都陸軍省エリアの一角にある煉瓦造りの建物――通称・コナリイビル――は、活況を呈している。


 セラ=レイスが驚いたのは、コナリイは部下たちの声に積極的に耳を傾け、それらを次々と採用した点である。およそ帝国貴族子弟の将校では、考えられない姿勢であった。


 なかでも、新参者のレイスの意見にも熱心に耳を傾けたかと思えば――ヴァナヘイム国戦の経緯を繰り返し求め出した。


 それは、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、求められた。


 少女は空き時間さえ見つければ、青年のいる部屋という部屋の扉を叩くのである。


 それは、先日まで繰り広げられた食事・喫茶のお誘いの比ではなかった(新陣営の始動前ゆえ、コナリイなりにセーブしていたらしい)。



 紅髪の将校は、帝国陸軍戦史記録室から戦闘詳報の冊子を借り受け、それを提出したが、黄金色の髪の少女は満足しなかった。


 活字に起こされた書面では感じ取れない、当事者による呼吸や温もりをコナリイは求めたのである。


「セラ=レイス、おはよ!」

「セラ=レイス、お夜食持ってきたよ!」

 早朝、深夜に将校官舎の扉ごと叩き起こされるのが、日常茶飯事となった。


 たまりかねたレイスが、副官・キイルタ=トラフに門前にてに当たらせたこともあったが、功を奏さなかった。


 少女は育ちの良さに反して身のこなしが速く、副官の脇を易々とすり抜けてしまうのだ。


 何より、トラフ自身が、上官と新たな司令官が信頼関係を築いて欲しいと願っていては、おろそかになるというものだ。


 そうは言うものの、少女の白く小さなこぶしが、用便の個室を叩くのには、レイスもたまりかねた。


 さすがのトラフも男子便所にまでに就くことはできない。



 ――付き合いきれん。

 彼は再び逃げた。ただし、罪悪感からだろうか、少しだけ工夫を凝らして。



「セラ=レイス、お茶しましょ……あれ?」


 この日、コナリイビル2階の執務室に、彼の姿はなかった。代わりにデスクに置かれていたのは、1台のラッパ型の機械――蓄音機であった。


 傍らのトラフが、ばつが悪そうに機器のつまみをぐるぐると回す。


 青年将校のやや高い声が、わずかな雑音と共に流れ出した。対ブレギア戦役――ケニング峠の戦いの解説である。



 まんまと上官コナリイいたレイスは、駒を走らせていた。


 どこにしようか。前回、色街には先回りされた。娼館に逃げ込んだとしても、あの小娘のことだ――部屋にまで押し入り、布団をまくり上げることも平気でやってのけるだろう。

 

 ――?

 不意に「魚」と「浮き」をあしらった看板がレイスの視界に入る。釣具屋だ。


 ――よし。

 にわかに方針を定めた彼は、その店に立ち寄った。そこで、いくつか買い物を済ませると、再び馬にまたがる。


 

 彼が向かったのは、陸軍士官学校近くの森であった。


 卒業して久しいが、級友のコナル=ケルナッハとともに過ごした(講義をサボった)小川は、当時のままであった。


 木にゆるくつなぐと、馬は美味しそうに草をみはじめる。


 適度な木陰を見つけ、そこで火を起こす。釣竿に仕掛けを整え終えると、川面に投じた。そして、ほとりに腰を下ろす。



 ほどなくして魚を1匹釣り上げた。幸先が良い。


 腰のナイフで適度に捌き、釣具と共に購入した鉄串に通す。そして、塩を適当に振りかけると、火にかけた。


 帝都の空は、秋の訪れが感じられた。


 うららかな木漏れ日に、せせらぎの音――樹木の幹に身を委ね、まどろんでいく。レイスにとって至福の時だ。


 河原でエイネからの手紙を読みこんだこと、級友コナルと馬鹿話をしたこと――小川の畔は、学生の頃の時間が流れている。


第1部【9-17】学園生活 ⑤ 手紙

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16817139556158837114



 シャクシャク――小動物だろうか、何やら咀嚼そしゃくするような音が聞こえる。


 モグモグ――そういえばコナルあいつには、何度も魚を食われたんだった。


「……?」

 レイスは目を覚ます。


 彼のあおい瞳は、小動物じみた生物をとらえた――金髪の少女が隣に座り込み、しゃくしゃくと口を動かしている。


「小骨が多いよ。塩も振りすぎかな」

 コナリイは、鉄串を片手にもぐもぐしながら、やや残念そうに首をかしげていた。


 少女の傍らには、七三眼鏡が控えている。一番水の入ったグラスを銀トレーに載せて。



「――ッ!!?」

 人間は本当に驚くと、言葉に詰まるらしい――レイスは身をもって学んだ。



 馬がと、鼻を鳴らした。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。

おにごっこだけでなく、かくれんぼもコナリイの方が1枚上手だったな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


コナリイたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「海の向こうからの贈り物」お楽しみに。

コナリイがレイスを追い回した事情を書いてみました。


ネムグラン宰相は、大きな作戦を娘に課そうとしている。それも遠くない将来に。


だから、1日も早く麾下の兵制改革を押し進めねばならなかった。だが、どこから手を付けて良いのか、少女コナリイは皆目見当がつかない。


大海アロードの向こうから、紅毛の風変わりな若者とその一行が着任したのは、少女コナリイが毎日を無為に過ごしていた矢先のことである。

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