【2-6】 おにごっこ 下

【第2章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330664586673465

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「子どもに縁が遠い場所?……色街あたりですかね」

 まだ諦めていないのですか、とアシイン=ゴウラ少尉は内心呆れていた。


 だから、上官からの問いかけにも適当に返しただけだった。


 金髪美少女に毎日追いかけられるなんて、羨ましいかぎりですな――憎まれ口すら自然と叩いてしまう。



「なるほど、ガキをくには娼館に限るか」

 セラ=レイスは、この日こそは、童女閣下から完全に逃げ切ろうと知恵を絞っているようだ。


 先日、パンケーキ店で捕捉・撃滅(?)されたのが、よほど悔しかったらしい。


【2-5】 おにごっこ 上

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330663420333251



「って……まだ真っ昼間ですよ!?」

 ゴウラは、己が口をした冗談を、紅毛の上官が真に受けるとは思わなかった。


 傍らの副長・キイルタ=トラフ中尉の冷ややかな視線は、相手を射殺すほどの鋭さを帯びている。


 帝都で殉職してはかなわん――ゴウラが救いを求めようとした際には、上官は歩み去っていた。


 イーストコノート大陸に残してきた赤髪の少女に、言いつけてやるぞうぅ――ゴウラは退勤後、柄にもなく便箋と封筒を購入しようと決意した。副長の熱視線によって広背筋をチリチリと焼かれながら。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

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 昼下がり、レイスは娼館街へ足を速めた。色街への道も、さすがに行き交う人は少ない。


 間もなく盛夏であることを失念しがちなほど、帝都の気候は過ごしやすかった。陽射しこそ強いが、大海の向こう――東岸領のような騒がしい昆虫はいない。


 長らく前線勤務だったため、休暇は余っている。ほとぼりが冷めるコナリイが飽きるまで、居続けるのも悪くはなかろう。


 最後の緩い曲道を進むと、陽炎たゆたう先に、屋根付きの門が見えた。あの重厚な扉は、俗世界と花柳界をつないでいる。


「……!?」

 レイスは、その門前にたたずむ、小さな軍服姿を視認した。すぐ近くに七三眼鏡が馬2頭分の手綱を引いて控えているではないか。



 紅髪の青年は観念した――軍靴の運びは、のろのろとしたものになる。


 いまのいままで、花街に向けてスキップしていたはずが、葬儀に参列するかのような重い足取りとなっていた。


 さしずめ、あおみがかった黒髪の副官だろう――レイスは自嘲するばかりであった。



 金髪の少女は、頬を赤らめしている。門の先が、どのような場所なのか、このさんは知っているようだ。


 懐中時計を一瞥いちべつした紅髪の青年中佐は、くるりと回れ右した。そして、背後の上官に向けて、本心とはあべこべのことを提案する。

「……少し早いですが、メシにしましょうか」


「うん!今日は何を食べよっか?」

 金髪の少女准将は、ニッとほほ笑んだ。しかし、その声に安堵の表情を隠し切れていなかった。



 レイスが方針を変更したのは、コナリイの執拗しつようなまでの勧誘に根負けしただけではなかった。彼女の質問の内容が、日に日に専門化していくことに、興味を覚えたとも言える。


 当初は、軍記物語への憧れのような問いかけばかりだった。それでも、「なんで」「どうして」のなかには、軍事の本質を問うような――キラリと光る着眼点も混ざっていた。


 そして、ひと月もすると「ケルムト渓谷への榴散弾りゅうさんだんの効果」といった専門的な内容へと質問は進化していった。


 コナリイは、すべて独学で知識を得ている様子だった。その飲み込みの見事さは、乾いた土壌が雨滴を吸収するかのようである。



 しかし、彼女はまだ十代はじめの子どもであり、話にのめり込むと、テーブルマナーがになった。


 それにしても、エチケット違反とはいえ、そこに愛嬌が感じられるのは、コナリイは年齢や容姿に救われていると言えた。


 ――アルイル上級大将彼女の兄君のそれは、残飯を漁る豚であり、品性のかけらも感じられなかったな。


 この日も、七三眼鏡に口周りをぬぐわれている少女を眺めながら、レイスは苦笑した。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。

ゴウラ少尉が副長に詰められていないか心配な方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


コナリイたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「かくれんぼ」お楽しみに。


――付き合いきれん。

彼は再び逃げた。ただし、罪悪感からだろうか、少しだけ工夫を凝らして。


「セラ=レイス、お茶しましょ……あれ?」


この日、コナリイビル2階の執務室に、彼の姿はなかった。代わりにデスクに置かれていたのは、1台のラッパ型の機械――蓄音機であった。

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