【9-17】学園生活 ⑤ 手紙

【第9章 登場人物】

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 帝国士官学校にはロッカールームがあり、教材や体操服等の置き場として1人に1扉が割り当てられている。


 その日も、あくびを噛みころしながら登校したセラは、ロッカーを開けた。すると、ドサドサとたくさんの封書らしきものが落ちる。


「……」

 軍靴の上には、手紙が山を成していた。


 セラはそのうちの数枚を手に取る。それらは香水だろうか、ほのかに匂いが知覚された……またしても女子生徒からの恋文であろう。週明けは特に枚数が多い。一部男子生徒のものが混じっているのには閉口する。


 勉学を優秀な成績で修めているだけでなく、射撃ほか訓練をそつなくこなし、それでいながら周囲からどことなく距離を置いている。程々に整った顔立ちに、少年にしては高い背丈も相まって、セラに好意を寄せる女子(一部男子)生徒は増えつつあった。



 士官学校は、校内の生徒同士の手紙のやり取りは黙認していた。しかし、校外とのそれとなると、話は違ってくる。


 生徒は、どれほど高貴な家柄の子弟でも、軍の規律よろしく、親族親友との面会はおろか電話すらも許されない。


 それは、リーダ格であるジョージ(でその権威は著しく傷つけられたが)であろうと、自信と愛嬌をないまぜた笑みの下、何を考えているのかよく分からないセラであろうと、等しく同じである。


 外界と隔離された学園生活における最大の楽しみは、家族や友人からの手紙や電報、それに差し入れであった。


 教官によって中身をあらためられるものの、書簡の類の受け取りは認められていた。


 週に1度、学校に届いた便りや小包を、当番の学生が生徒に配る仕組みになっている。


 兄弟姉妹から手紙が4通も5通も届く者、親に依頼していた書籍が手に入る者、祖父にねだって送ってもらった玩具おもちゃが教官に没収される者……「手紙の日」は、寮内が活気に満ちた。



 小川のほとりでは、セラが1人妹からの手紙に視線を落としては、にやけていた。寮から程ない距離であるが、山間に分け入った先で、彼は週末の昼下がりを過ごしている。


 しかし、彼は釣り竿などを用意したことについて、後悔していた。


 そもそも釣れない(釣り糸をいくら垂らしていたところで、いにしえの明君が声をかけて来るようなこともなし)。


 魚の下処理(内臓を取り、くしに刺す)が面倒。塩加減もよく分からない(貧民街での食事当番は、もっぱらエイネに頼ってしまっていた)。


 極めつけは、薪に火が着かない(東海岸より帝都近郊の方が湿度は高いようだ)。


 途方もない労苦の末、焚火の炎を安定させることに成功したセラは、下ごしらえをして、ほとんど食べる身がなくなった小魚を1匹そこにかざす。



 魚の対処がひと段落し、もう何度目かの手紙の黙読に入る。思わず頬が緩む彼の横に、いつの間にか古の明君――ならぬ、コナルが胡坐あぐらをかいていた。この級友も持参した手紙に見入っている。


「うむ、エイネ君は、新領地で息災のようだな」


「そうそう、妹は東岸領の自領で、慎ましく暮らしているようだ」

 セラにとっては唯一の肉親であり、目に入れても痛くない存在だ。顔がほころぶのも致し方なかろう。


 ――ん?

 紅髪の少年はあおい両目をしばたたいた。


 級友の手にある封筒と便箋びんせんは、自分が妹から受け取った物と同じデザインである。


「ちょっと待て、どうしてお前がエイネから手紙を受け取っている」



 悪びれる様子もなく、コナルは言い放つ。

「このあいだ、エイネ君は俺の分も焼き菓子を送ってくれたじゃないか。そのお礼に紅茶葉を手配したらさ、毎週俺にも手紙をくれるようになった」



 唖然としてたたずむセラの前で、級友はもしゃもしゃと何かを食べはじめる。

「なんだこりゃ、骨ばっかりだな。塩も振りすぎだ」


 手間暇をかけ、ようやく食べごろになった小魚は、コナルの腹の中に一瞬で消えていった。


 文句と引き換えに。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


セラさん、モテモテですね(。-_-。)と思われた方、

珍しく、セラが後手に回ったな、と思われた方、

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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「2人の少女 上」お楽しみに。

エイネとキイルタ、2人の少女がお茶を片手におしゃべりをします!


兄と同じ紅髪の彼女は、黒髪の幼馴染の訪問に歓喜した。


「すぐに準備をするから座っていて」

 いまのレイス家は、使用人を雇う余裕などない。エイネはエプロンを身につけると、嬉々として台所を行き来しはじめる。

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