【9-16】学園生活 ④ 鉄拳

【第9章 登場人物】

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 セラは学園生活に慣れてくると、力を抜く大切さも心得はじめていた。



 毎朝5時半にラッパの音で叩き起こされる集団生活は、過酷である。


 それでも、新聞と牛乳の配達で、セラは早朝起床には慣れている。また、工場と酒場の掛け持ち労働により、基礎訓練をこなす体力も身についていた。


 ところが、どうしても馴染めない風習があった。


 事あるごとに、教官や上級生に殴られるのだ。



 挨拶の声が小さい、蹴球の授業で負けた、ベッド周りの片づけがなっていない……殴打の理由など、いくらでも後付けできるものだった。


 そればかりか、いくら自分が気を付けていても、クラスメイトや同じ班のメンバーが失敗すれば、己も連帯責任をかぶるのだ。


 陰湿ないじめとは別の、非合理な暴力である。前者に比べ、後者に含まれる湿度は幾分か少ない。それゆえに厄介であった。


 普段、お世話になっている教官はおろか、虐めの仕返しの折、協力してくれた上級生までも、鉄拳を振るうのだ。教官や上級生すべてを相手にしては、さすがのセラも反撃はできない。


 セラは、腫れ上がった右頬をさすりながら、理不尽な風習に対して憤懣ふんまんを抱いた。


 しかし、憤りを抱えながら殴られる。級友の不手際に連座して殴られる。何とか回避策を考えているうちに殴られる。時に、罰走も追加される。何の罰だか分からぬままに。


 理不尽そのものが鉄拳制裁の判断基準だと理解したとき――諦めの境地に至ったとき――セラの気持ちは、幾分か楽になった。



 そして、ある講義を受けて、ふと彼は気が付く。


 戦史研究をひも解くに、友軍の失策で敗れていった者たちが、いかに多かったことか――。


 本土南部海岸に上陸したムルング軍を度々撃退し、女傑将軍としてその名を轟かせたエドナ=エスカータ――彼女もまた、配下の一部隊が起こした手落ちをきっかけに、全軍崩壊の憂き目に遭っている。


 1人が万全を期そうとしても、それが末端まで届かなければ、意味がないことを、セラは学んだ。それは、学園生活における連帯責任にも通じるのではなかろうか。



 それからのセラは、自然体になっていった。

 

 最低限のことはやるが、その先、ダメになったとしても仕方がない。殴られる時は殴られるのだ。


 貧民街で労働に追われていた頃のように、フルパワーで動き回っていても疲れるだけである。


 寮ではもちろんのこと、校舎でもセラは居眠りすることが増えていった。しかも、教官や上級生に見咎みとがめられないギリギリの時と場所でのである。


 その絶妙さ加減に、級友からは「紅髪の職人技」とも呼ばれるようになる。



 それでいて、学年首位の座は失冠しない。

 

 ある日、屋上の定位置で昼寝をしているセラに、コナルが聞いてみた。

「お前、いつも寝てばかりなのに、なんで成績は1位のままなんだよ」


「過去の試験問題を入手しているから、教官ごとの出題のくせが分かるんだ。また講義中、重要な箇所は説明が繰り返される」

 だから、試験問題を推測できる――と、眼を開けずにセラは答えた。


「くれぐれも、居眠りが見つかるようなヘマはしないでくれよ」

 うたた寝に連座して殴られたのではかなわんからな――色の異なる瞳を細め、感心とあきれの感情を表現したまま、コナルは屋上を降りていった。



 セラはひとり口元をほころばす。


 そして、決意する。


 ――上級生になっても、自分だけは鉄拳は振るわないようにしよう。


 何より、手が痛そうだから。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


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セラとエイネが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「学園生活 ④ 手紙」お楽しみに。


ドサドサとたくさんの封書らしきものが落ちる。

「……」

軍靴の上には、手紙が山を成していた。


セラはそのうちの数枚を手に取る。それらは香水が焚きしめられていた……またしても女子生徒からの恋文であろう。週明けは特に枚数が多い。一部男子生徒のものが混じっているのには閉口する。

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