【4-31】 番犬と酔わない客人

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

====================



 新国主・レオンとその派閥将校が、わがもの顔でアリアク城塞内を闊歩かっぽする日が続く。


 彼らは年末になっても首都・ダーナに戻る気配すら見せず、そのまま城塞で年を越してしまった。叔父たちは下働きのように、日々、兵糧弾薬の確保に奔走させられている。


 父の代から任されていたアリアク城主という最後の寄る辺すら、揺らぎはじめている――鬱屈した思いをネイトは日に日に強めていった。



 ネイト=ドネガルにとって鬱々とした毎日が続く。



「ドネガル家は、番犬ではないぞオッ」

 酒が入ると、ネイトは誰彼かまわず、わめき散らすようになっていた。


 なるほど、父の代から西の辺境につなぎ留められてきたからこその「番犬」とは、言い得て妙である。


 しかしその番犬も、哀れなことに昨今では、アリアク城塞犬小屋まで取り上げられつつあるのだ。


 酒肴を挟んで対面に座る相手に対し、ネイトは鼻を鳴らし、自虐的に笑うのであった。


 こうした暴言・自嘲をぶつけられると、いつも酒席の相手は他聞をはばかって、その場はひたすらなだめことに徹する。そして、後難を恐れ再び杯を交わすことを丁重に断るようになる――それが常だった。



 しかし、ここのところ饗応を受けることの多い長身の男は、他の者たちとは様子が違った。


「ドネガル家の鳩の紋章旗が、ダーナに翻る日もそう遠くないな」


「レオンはダーナを留守にして遠征を繰り返しております。我らが助力すれば、ガラ空きの首都など、たちまち落とすことができましょう」


 今宵も絶妙なタイミングで合いの手を打ってくる。口元に自信と愛嬌をないまぜた笑みを浮かべたまま。


【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16818023214098219345



 隊商の元締めと名乗る男と城塞郊外の酒場で知り合ったのはいつのことだったろうか。最近はこの男1人と酌み交わすのが専らである。


 野郎のサシ飲みとは何とも味気ないが、を同席させるよりかはマシだった。


 当初、酒席にはその男の連れもいた。


 連れはあおみがかった黒髪を持つ眉目秀麗な女だった。だが、恐ろしい女だった――下手な冗談でも浴びせようものなら、灰色の瞳がたちまち歪んだ。


 それは、腰の銃を抜くかと思えるような恐怖じみたもので、酔いなど瞬時に醒めてしまうほどだった。


 

 その男は、ネイトよりも頭2つ大きかった。


 彼の取り入り方・あおり方は、まったくもって絶妙だった。世辞だと分かっていてもアリアク城塞2代目主人にとって、それは気分の良いものだった。


 密談における具体性が増すにつれて、ネイトはその男をドネガル家の私邸に招くようになっていく。


 ネイトの母親の主義は一貫されており、同家の家財道具は、粗末ながらも帝国式そのもので、ブレギア風土の影響など一切を排している。


 居間には椅子とテーブルが配され、グラスには葡萄酒が注がれる。床に直に座り、生臭い馬乳酒を酌み交わす蛮族の風習など、母・ボアヌからすれば、おぞましいことこの上ないのだ。


【4-10】 杯と愚痴と 下

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330667072607715



 この日も招待客は、若い主人をひとしきり煽ってきたが、酒宴の最後にいつもと言動を異にした。


 客人はネイトの耳もとに顔を寄せ、芝居がかったように声のトーンを落としたのである。




「……近いうちに、この地において大会戦が行われることでしょう」


 カンテラの炎がわずかに明滅する――客人の瞳の色は、青ではなくみどりだった。


「ほう……」

 ドネガル家の若き主人はアルコールに強い性質たちではなく、はやくも酩酊の域に入っていた。


 だが、客人には酔いを催している様子も見られない。


 いつの頃からか、この客人は自身が飲む分をいつも持参していた。余程強い酒を好むのだろう、いまも3つ目のスキットルを懐から取り出しては、ちびちびとやっている。



 酩酊主人と非酔客のやり取りがしばらく続く。


「……我らにご加担いただければ、戦後、この国における国主の座もお約束いたしましょう」


「まことか!?」

 カンテラの炎が若い城主の濁った目に光をともらせる。


「俺は、ブレギア国主になれるのかッ!?」


「あなたさまにも、帝国皇室の血が流れておられるではありませんか」


「そうか……。母上が喜ぶ顔が目に浮かぶ……」


「このアリアク城をもってお立ちください。我らが必ず後詰ごづめに駆け付けましょう」


「……実に興味深い話だ」

 そう言いながら、ネイトは勢いよく突っ伏した。その弾みで派手な音を立てて皿やフォークが散乱する。


 だが、ドネガル家当主は、それらを知覚することはなかった。そのまま寝息を立て始める。



 この日の酒席の終わりを心得たのだろう、客人は立ちあがった。再びカンテラ内の綿糸の芯がぶれ、炎が揺れる。


 しかし、炎の光がなくとも、客人の頭髪の色に変化はなかった。



 特徴的なあか色はそのままだった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


アリアクの若き城主・ネイト=ドネガルを焚きつけていたのは、セラ=レイスだった――そのことに驚かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「襲撃」お楽しみに。


物語のギアを一気に上げます。振り落とされませんようご注意ください!


「あのバカ甥が」

「城主としての職務を放棄するばかりか、毎日酒浸りとは良いご身分だ」


三男・ケフト=ドネガル、四男・グレネイ=ドネガルは、甥・ネイト=ドネガルの屋敷へ馬車を飛ばしていた。


新国主・レオン=カーヴァルの好戦的な方針はますます盛んになり、長兄・ダグダ=ドネガルの亡き後も、弟たちの執務量は増える一方であった。


そうしたなか、アリアク城主を継いだ甥・ネイトは、新国主に対する不平不満を、誰彼なくわめき散らしているらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る