【4-32】 襲撃

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

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 アリアク城下の街道を、蹄の音がせわしなく響いている。


「あのバカ甥が」

「城主としての職務を放棄するばかりか、毎日酒浸りとは良いご身分だ」


 三男・ケフト=ドネガル、四男・グレネイ=ドネガルは、甥・ネイト=ドネガルの屋敷へ馬車を飛ばしていた。


 次男・クイル=ドネガルは、まだ糧秣庫での在庫確認が片付かず、この馬車に乗れないでいる。飼葉の発注がひと段落したら、彼もすぐにでも発とうと思っていたが、この日はとうに陽が暮れてしまったのだ。


 新国主・レオン=カーヴァルの好戦的な方針はますます盛んになり、長兄・ダグダ=ドネガルの亡き後も、弟たちの執務量は増える一方であった。


 そうしたなか、アリアク城主の座を継いだ甥・ネイトは、新国主に対する不平不満を、誰彼なくわめき散らしているらしい。


 それどころか、最近では氏素性も知れぬ者どもを次々と屋敷に連れ込んでは、密談を重ねているとのことだった。


【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16818023214098219345



「新国主の体制はまだ落ち着いていない。このような時こそ、中傷や讒言ざんげんがはびこるものだ」


「あのラヴァーダ宰相ですら、首都ではうとんじられているそうだからな……」


 何より彼らが気がかりなのは、密談を重ねている相手のなかに、帝国軍将校が紛れている――そうした情報が、屋敷の家人から伝えられていたことだった。


 暴言や行儀の悪い振る舞いだけならともかく、帝国軍人とつながっていたことが、国主の筆頭補佐官・ドーク=トゥレム――あの性悪根暗男の耳にでも入ったら、ドネガル家も無事では済むまい。


 2人の叔父は、甥の性根を叩き直すため、ひいてはドネガル家を守るために、馬車を急がせているのだった。


 特に、密談相手の潜伏先を吐かせるためには、たとえ甥だとしても手荒な真似もやむを得ないと思っていた。明朝、一個小隊を差し向ける準備も終えている。



 馬車は大通りを右折し、細い脇道に入った。


 城塞高級将校の邸宅街への近道である。飲食店等の光などが窓越しに見えなくなり、車内も途端に暗くなる。


「やはり義姉上の影響か」

 暗い窓に向けて、ケフトがつぶやく。


 長兄の妻・ボアヌは、いつまでも帝国貴族の気質が抜けず、ドネガル一族のなかで煙たがられていた。彼女の唱える「ドネガル家 神聖不可侵論」は、親類縁者だれからも相手にされなくなり、一人息子のネイトへ注がれていった。


 結果、ドネガル家に自尊心の塊のような新当主が誕生した。


「だから俺は兄貴にずっと言っていたんだ。『さっさと離縁しろ』って」

 グレネイは苦々しく吐き捨てる。


 ダグダ長兄は、職務に邁進するあまり、家庭をないがしろにし過ぎたのだ。彼は生前、妻ともっと向き合うべきだったのではなかろうか。亡くなったいまとなっては、どうしようもないが。



 御者にはとにかく急ぐよう伝えており、馬車は速度を落とさず、進んでいく。

ところが、次に左折した時だった。



















 突然、轟音が響いたかと思うと、大きな衝撃と悲鳴のようないななきとに馬車は包まれた。












 ――何があった。

 ケフトは聴覚が戻らず、即座に状況が理解できなかった。車内はせき込むほどに土埃と硝煙の臭いが充満していた。


 右側の窓からは、割れ落ちたガラスの合間に石畳が見える。一方、左側はガラスはおろか扉ごと吹き飛んでおり、星空がうかがえた。


 ――どうやら、車体が横転しているらしい。

 車内にグレネイの姿は見つからなかった。扉が吹き飛んだ際、車外に放り出されたのだろうか。


 体の感覚を意識した刹那、腕に激痛が走り、ケフトは思わずうめき声を上げる。薄暗いためよく見えなかったが、右腕が明後日の方向を向いていた。


 弟の怪我は、この程度では済むまい――ケフトが激痛に耐えながらも、身体を起こそうとしたその時だった。


 ドン、と車体に何かが乗ったような音と振動が響いたのだ。



 軍靴の底が一部見える――吹き飛んだ左の扉口に何者かが立ち、無言で車内を見下ろしていた。小銃を手にしながら。


 まとめ上げた髪――女だった。



 星明かりの夜空に溶け込みそうな、蒼みがかった黒髪が露わになったとき、その女は、眼下のケフトに向けて数発、ためらいもなく撃ち込んで来た。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ドネガル家の三男・四男の暗殺に衝撃を受けられた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

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ドネガル一家の乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「安直な流言飛語」お楽しみに。


アリアク城塞に、不穏な動きあり――。


帝国暦386年4月15日、第1報がもたらされた当初、ブレギア首都・ダーナでは、その報告内容を信じる者はいなかった。


「……帝国の流言飛語にしては、ちと安直すぎるな」

宰相・キアン=ラヴァーダも小首をかしげ、その美しい銀髪をわずかに揺らした。

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