【4-25】 実子のコナリイ 連れ子のアルイル 上

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

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 この日も帝国宰相府最上階――執務室は、国内外の情勢についての報告から始まった。


 今朝は、書面も用意された。ネムグラン=オーラム元帥が老眼鏡をかけると、それを合図に妖艶な女性補佐官が資料を素早く差し出す。


「新型兵器公試についての最終報告。一八式機関砲においては、銃弾装填の際に詰まりジャムを起こす例あり。給弾ベルトの角度を調整し――」


 極秘の報告事項は、他の報告官・副官たちに漏れぬよう、書面で手渡されるのが常である。帝国宰相の太い指が、意外にも器用に書類を繰ってく。


「それから、こちらはお嬢様から……」

「……」

 分厚い報告書をめくっていたネムグランの指が止まる。


『アリアク城塞の件に関しては、目論見もくろみどおりに推移せり』

 そこに記されていたわずか2行弱――丸みを帯びた文字を前に、宰相の老眼鏡フレームが朝陽を受けて鈍く光った。




 帝国宰相府の大広間には、ゆうに大人の身長はありそうな巨大シャンデリアが、天井に吊られている。そこから生み出された光が壁面に濃淡を作りだしていた。


 中央には、楕円形の大型テーブルが広間全体を圧するように置かれている。分厚い天板に純白のクロスという単純なしつらえが、より一層重厚感を増していた。


 大型テーブルの周囲には、赤褐色のクッションを重々しく貼った椅子が30脚ほど並べられている。


 政・財・軍――帝国の中枢を担う重臣たちが、そこへ腰かけていた。暗黙の了解なのだろう、彼らの席はそれぞれ決まっているらしい。


 隣どうし雑談する者、手元の資料に目を通す者、会議前の広間は活況を呈しつつある。



 巨大な楕円卓のなかで、座り手のいない椅子が2つあった。


 1つは、この宰相府における絶対権力者のものであり、背もたれから肘かけまで、装飾がひときわ施されていた。席の主は、間もなく執務室からこの大広間へお渡りになるだろう。


 もう1つは、旧都・ノーアトゥーンにて治安維持軍を指揮するズフタフ=アトロン大将のものであった。彼はいま、占領したばかりのヴァナヘイム国統治にかかりきりである。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編 第4章追記

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16818093075431061948



 従卒たちが、各席に配置したティーカップに紅茶を注いでいくと、温かな香気が次々と立ち上った。続く従卒たちが茶菓子を手早く配って行く。


 帝国最大の権力者は紅茶党であった。とりわけ、南の大陸・ムルング産の茶葉を好んだ。位人臣を極めた男の前で、珈琲を頼むような命知らずは、この部屋にはいない。



 蛍石の装いをまとった豪壮な柱時計が、午前10時を知らせる。低い金属音をもって。


 時計が時を告げ始めると同時に、護衛や従卒を多数引き連れ、帝国宰相・ネムグラン=オーラム元帥が入室した。


 一同起立し、この絶対権力者に向けて機敏な動作で頭を下げる。


 ネムグランは腕を後ろに組みながら、肥満した巨体を前に進めた。


 時計の荘厳な音色に合わせるかのように、肩にある黄金のモール紐が揺れる。歩く度に絨毯が深く沈みこむ様子は、帝国宰相の威厳そのものを表しているようだ。


 彼が贅をこらした中央席に深く腰掛け、片手を揚げるのを見届けると、重臣たちもそれぞれの椅子に腰を下ろす。


 帝国の紋章――冠を戴いた黄金獅子――が大きく施された扉が、きしみながら閉じられた。床から壁までを震わす、重厚な音色を残して。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


帝国宰相にまつわるものはいちいち総代だな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ネムグランたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「実子のコナリイ 連れ子のアルイル 下」お楽しみに。


「パパ、だいすきッ!」

しばし帝国宰相の脳内に広がるコナリイ(4歳児頃)の映像をお楽しみください。

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