【4-19】 仮住まい 上 戦術講義

【第4章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16818023214098219345

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 アリアク城塞郊外にあるメゾネットタイプの借家――そこでは、紅毛の上官と黒髪の副官が、紅茶と茶菓子を片手に戦術論を交わしている。


「ブレギアの若者たちは強くなったよ。もはや、旧ヴァナヘイム国の地域領主程度では歯が立たんだろう」


 宰相・キアン=ラヴァーダが創り、先代・フォラ=カーヴァルが鍛え上げた騎翔隊という恩恵があるとはいえ、新国主・レオン=カーヴァルの采配はなかなかどうして刮目かつもくに値する点があるという。


 上官・セラ=レイスの良いところは、相手に優れた点があれば、敵であろうとそれをしっかりと認めることだと、副官・キイルタ=トラフは思う。


 だからこそ、トラフは一抹いちまつの不安を口にする。

「しかし、このまま勝たせすぎるのもどうかと」


 旧都・ノーアトゥーンの治安維持軍を束ねるズフタフ=アトロン大将は、持てる戦力を糾合し、ブレギア軍に痛打を与えるべきではないのか。



「ここにAとB、2つの軍勢があったとしよう」

 突如、紅毛の上官は、白手袋をはめた手を2つ丸くしてテーブルに並べた。


「AとBが戦端を開く条件は、何か分かるか。ちなみに、攻城・籠城戦のように、一方が圧倒的に有利・不利な状況は除外する」

 彼は戦術講義の教官のようにお題を投げてきた。


「戦闘を開始する条件ですか……」

 トラフは即座に回答できない。「宣戦布告」あたりが思い浮かんだが、そのように形式的なものは、この上官が最も軽視することを彼女は知っている。


 時間切れとばかりに、紅毛の教官は口を開いた。

「AもBもお互いに『己が勝つ』と思い込むことだ」


 レイスは、白い拳2つを交互に飛び跳ねさせながら続ける。


「逆に、A・B双方はもちろんのこと、どちらか一方でも相手に勝つ見込みがないと判断した場合には、戦端は開かれない。これ、用兵学の基本」


 彼は片手をその場でぴょんぴょんとさせながら、もう片手をテーブルの下に下げてしまう。


 いまのブレギアと帝国でも、同じことが言えるのではないか――思考がそこに至り、トラフはハッと気が付く。

「まさか、アトロン将軍は、帝国が敗れると見られているのですか」


「お前、あの爺さんは、ブレギアとの決戦を避けているのが分からないのか」

 各城塞都市からの救援要請がしつこいから、援軍を差し向けるをしているまでだ。ヴァーガル河に続いて、今度また負けちまったら大変だぞ――「帝国弱し」と旧ヴァナヘイム領でそこかしこで反乱の打ち上げ花火だ、とレイスは容赦ない。


【1-36】 戦いの終わり

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「アトロン将軍がまさか……?」

 ヴァーガル河での一戦は、旧ヴァナヘイム兵の戦意喪失が敗因ではなかったか。東都から正規軍を派兵すれば、草原の田舎兵になど後れを取ることはあるまい。


 そんな彼女の胸の内を見透かしたように、上官は付け足す。

「さすがは爺さんだ。小手先の兵数と装備の増強では、帝国うちが負けると分かっている」


 相変わらず、レイスは元総司令官のことが好きなのだろう。言葉の端々からそれが伝わってくる。


第1部 序

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「帝都の宰相閣下がその気になれば、ブレギアなど……」

 ――何に対してむきになっているのか。

 トラフは自分に呆れて、口をつぐむ。


「帝国は確実に衰退しているからなぁ」

 両手で遊ぶことに飽きたのか、レイスは再びティーカップを手にする。


ネムグラン=オーラム宰相閣下によって、かつての勢いを取り戻したように思われる帝国軍だがな、大々的な2方面作戦を軽々しく展開できなくなっているのさ」


 1つの方面軍を組織し運用するのは、20万から30万もの将兵を動員することを意味する。将兵軍馬等の直接負担はそれぞれの領主が請け負うとはいえ、大きな街を丸ごと動かすような大動員は、帝国政府にも莫大な経費がのしかかる。


 東部方面軍は、ヴァナヘイム国を滅ぼしたのち、解散してしまった。本国からノーアトゥーンへの兵馬や物資の補充は続いてはいるものの、ここのところ最低限の物量に落ち着いてしまっている。これ以上作戦を拡大することはかなわないだろう。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

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 軍議の合間に伝え聞いたところによると、ここからはるか遠方、北のアンクラ王国に帝国軍は艦隊を派遣する予定だという。最新技術の塊ともいえる海軍の運用。それに伴う戦費負担額は陸軍の比ではない。


「かつてこの国は、4方面同時作戦も展開可能だったってのになぁ」

 その言葉とは裏腹に、昔を懐かしむような響きはまるでなかった。そもそもレイスはまだ二十代であり、懐古主義に陥るには早すぎる。



 ――用兵学の基本、か。

 トラフは、借家の片隅にある小さな暖炉を見つめた。頼りない炎が見え隠れする。


 確かに用兵学の基本に則り、彼女等はこのような辺境の街まで来たのだった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


辺境の要塞都市下で、本質を見抜いているレイスはさすがだと思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


トラフたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「仮住まい 下 はじめての……♡」

レイスとキイルタが急接近!?

未成年の筆者(←ウソ)は、とても見ていられませんでした(●´ω`●)


「あったかい」

彼はもう少し引っ付きたいのだろう。彼女の髪留めを邪魔そうにしている。


「香水、変えたのか。いい匂いだ」

彼の声が、耳にそそぎこまれてくる。

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