【4-19】 仮住まい 上 戦術講義
【第4章 登場人物】
https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965
【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16818023214098219345
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アリアク城塞郊外にあるメゾネットタイプの借家――そこでは、紅毛の上官と黒髪の副官が、紅茶と茶菓子を片手に戦術論を交わしている。
「ブレギアの若者たちは強くなったよ。もはや、旧ヴァナヘイム国の地域領主程度では歯が立たんだろう」
宰相・キアン=ラヴァーダが創り、先代・フォラ=カーヴァルが鍛え上げた騎翔隊という恩恵があるとはいえ、新国主・レオン=カーヴァルの采配はなかなかどうして
上官・セラ=レイスの良いところは、相手に優れた点があれば、敵であろうとそれをしっかりと認めることだと、副官・キイルタ=トラフは思う。
だからこそ、トラフは
「しかし、このまま勝たせすぎるのもどうかと」
旧都・ノーアトゥーンの治安維持軍を束ねるズフタフ=アトロン大将は、持てる戦力を糾合し、ブレギア軍に痛打を与えるべきではないのか。
「ここにAとB、2つの軍勢があったとしよう」
突如、紅毛の上官は、白手袋をはめた手を2つ丸くしてテーブルに並べた。
「AとBが戦端を開く条件は、何か分かるか。ちなみに、攻城・籠城戦のように、一方が圧倒的に有利・不利な状況は除外する」
彼は戦術講義の教官のようにお題を投げてきた。
「戦闘を開始する条件ですか……」
トラフは即座に回答できない。「宣戦布告」あたりが思い浮かんだが、そのように形式的なものは、この上官が最も軽視することを彼女は知っている。
時間切れとばかりに、紅毛の教官は口を開いた。
「AもBもお互いに『己が勝つ』と思い込むことだ」
レイスは、白い拳2つを交互に飛び跳ねさせながら続ける。
「逆に、A・B双方はもちろんのこと、どちらか一方でも相手に勝つ見込みがないと判断した場合には、戦端は開かれない。これ、用兵学の基本」
彼は片手をその場でぴょんぴょんとさせながら、もう片手をテーブルの下に下げてしまう。
いまのブレギアと帝国でも、同じことが言えるのではないか――思考がそこに至り、トラフはハッと気が付く。
「まさか、アトロン将軍は、帝国が敗れると見られているのですか」
「お前、あの爺さんは、ブレギアとの決戦を避けているのが分からないのか」
各城塞都市からの救援要請がしつこいから、援軍を差し向けるふりをしているまでだ。ヴァーガル河に続いて、今度また負けちまったら大変だぞ――「帝国弱し」と旧ヴァナヘイム領でそこかしこで反乱の打ち上げ花火だ、とレイスは容赦ない。
【1-36】 戦いの終わり
https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16817330661152820737
「アトロン将軍がまさか……?」
ヴァーガル河での一戦は、旧ヴァナヘイム兵の戦意喪失が敗因ではなかったか。東都から正規軍を派兵すれば、草原の田舎兵になど後れを取ることはあるまい。
そんな彼女の胸の内を見透かしたように、上官は付け足す。
「さすがは爺さんだ。小手先の兵数と装備の増強では、
相変わらず、レイスは元総司令官のことが好きなのだろう。言葉の端々からそれが伝わってくる。
第1部 序
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816452221247529836
「帝都の宰相閣下がその気になれば、ブレギアなど……」
――何に対してむきになっているのか。
トラフは自分に呆れて、口をつぐむ。
「帝国は確実に衰退しているからなぁ」
両手で遊ぶことに飽きたのか、レイスは再びティーカップを手にする。
「
1つの方面軍を組織し運用するのは、20万から30万もの将兵を動員することを意味する。将兵軍馬等の直接負担はそれぞれの領主が請け負うとはいえ、大きな街を丸ごと動かすような大動員は、帝国政府にも莫大な経費がのしかかる。
東部方面軍は、ヴァナヘイム国を滅ぼしたのち、解散してしまった。本国からノーアトゥーンへの兵馬や物資の補充は続いてはいるものの、ここのところ最低限の物量に落ち着いてしまっている。これ以上作戦を拡大することはかなわないだろう。
【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編
https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330667919950277
軍議の合間に伝え聞いたところによると、ここからはるか遠方、北のアンクラ王国に帝国軍は艦隊を派遣する予定だという。最新技術の塊ともいえる海軍の運用。それに伴う戦費負担額は陸軍の比ではない。
「かつてこの国は、4方面同時作戦も展開可能だったってのになぁ」
その言葉とは裏腹に、昔を懐かしむような響きはまるでなかった。そもそもレイスはまだ二十代であり、懐古主義に陥るには早すぎる。
――用兵学の基本、か。
トラフは、借家の片隅にある小さな暖炉を見つめた。頼りない炎が見え隠れする。
確かに用兵学の基本に則り、彼女等はこのような辺境の街まで来たのだった。
【作者からのお願い】
この先も「航跡」は続いていきます。
辺境の要塞都市下で、本質を見抜いているレイスはさすがだと思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします
👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533
トラフたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢
【予 告】
次回、「仮住まい 下 はじめての……♡」
レイスとキイルタが急接近!?
未成年の筆者(←ウソ)は、とても見ていられませんでした(●´ω`●)
「あったかい」
彼はもう少し引っ付きたいのだろう。彼女の髪留めを邪魔そうにしている。
「香水、変えたのか。いい匂いだ」
彼の声が、耳にそそぎこまれてくる。
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