【1-36】 戦いの終わり

【第1章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

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 ヴァーガル河畔にて11月14日の未明から始まった戦闘は、17時頃には勝敗が決した。「ブレギア左翼生き残り」と「国主直轄軍」に挟撃された「帝国軍渡河組」は、散々に打ち破られ潰走している。


 とりわけ、若武者・レオン=カーヴァル指揮なす騎翔隊の破壊力は、各国観戦武官や新聞記者たちを驚嘆せしめた。


【1-34】 役立てられなかった献策 上

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 ブレギア左翼残存部隊から見て東側に展開する帝国各隊は、レオン直轄軍による急襲を受けた。


 背後から騎翔隊の総攻撃を見舞われた東側各隊は悲惨だった。千切れかけた腕や臓物を垂らすあけまみれの壊走は、西側に展開する帝国各隊までも浮足立たせ、最終的に全軍を狂乱状態におとしいれた。


 さらに、戦闘の終盤にさしかかってのホーンスキン家各隊の参戦がとどめとなる。ブレギア軍最大戦力たる御親類衆は、帝国将兵を絶望の淵へと追い落としていった。



 帝国軍を構成するほとんどは、旧ヴァナヘイム領民である。西を――故郷を目指して逃げようとした彼等をさえぎるように、広大なヴァーガル河が横たわっていた。


 こちらへ渡る際に利用されたいかだや小舟は、河原に多く残されていた。だが、帝国将兵全員が一度に利用するには、数が限られている。何度も往復させて彼等5万人を渡河させたからだ。


 一刻も早く河向こうへ帰りたい者たちによって、それらは奪い合いとなった。


 水際で押し合う者。

 筏の上で突き飛ばされる者。

 早く出せと怒声を上げる者。


 そうこうしているうちに、背後からが重くのしかかる。


 恐怖と狼狽に支配された帝国将兵は、生存欲が剝き出しになっていく。それは理性を失した獣そのものであった。


 定員の半数も満たない状態で離岸を促す者。

 後から筏に乗り込もうとした者の腕を斬り捨てる者。

 離岸した舟を引きかえさせようと、筏の上にいる味方を撃ち抜く者。

 追って来るなと、筏の上から背後に向けて発砲する者。

 小舟から背嚢を身につけたまま濁流に身を躍らせ、2度と浮かび上がってこない者……。


 ヴァーガル河では、帝国軍の混乱が極限まで高まっていった。



 同日15時過ぎ、水際で帝国軍を徹底的に痛めつけたことを良しとして、レオンは攻撃終了の伝騎を走らせ、信号弾を上げさせた。


 最終盤で御親類衆が駆け付けたとはいえ、もともとは帝国軍5万にブレギア軍2万が喧嘩ケンカを吹っ掛けたわけである。数からして自軍にも相当無理を重ねていることを、若き指揮官は心得ていた。


 以降、負傷した味方兵馬の救助や東岸にとどまり抵抗を示す残敵掃討へと、ブレギア軍は移っていく。



 ところが、伝騎も信号弾も無視する一隊があった。


 ブレギア御親類衆・スコローン=ホーンスキン麾下の一隊が、必要以上に追撃していくではないか。彼等は帝国軍から奪った小舟で、いよいよ西の対岸へ乗り上げるかに見えた。



 向こう岸に漕ぎ付けようとした彼らをするかのように降り注いだのは、弾雨であった。突出した御親類衆の一隊は、対岸の水際で待ち受けていた帝国軍残留部隊によって散々に撃ちすくめられたわけである。


 河面には、帝国将兵にブレギア兵が加わった。それらは等しく、時折沈みつつ河下へと流されていく。


 水際で迎撃の指揮なすは、ズフタフ=アトロン大将であった。


 どういう統制を敷いているのだろうか。河東の味方が大打撃を被ったというのに、河西に残っていた彼等は、動揺する気配も見られない。


【1-33】 遠雷 下

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 さすがは帝国の名将の求心力だと、各国の観戦武官たちは感服し、称賛する。



 そうした帝国老将の奮戦も、戦局全体には大きな影響を与えていない。


 ブレギアの追撃を河岸で追い払うと、アトロンも戦域を拡大することなく、傷ついた味方将兵の収容に尽力した。




 こうしてヴァーガル河流の戦いは終幕したのである。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


敗勢の帝国軍は悲惨だな、と思われた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


レオンたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「無事で何よりッ 《第1章 終》」お楽しみに。

長らく第1章にお付き合いくださり、ありがとうございました。


「おう、おう、両将軍よ、大儀であった」

「……」

「……」

作り笑いを顔中に浮かべ、大仰に腕を拡げて迎え入れようとしたウテカ=ホーンスキンなどに目もくれず、ブイクおよびナトフランタルはまっすぐに進んでいく。


両将軍の姿を認めるや、傍らの皿に盛られていたチャツァルガンの実を鷲掴みにし、椅子から立ち上がる。そして、彼等のもとに近づくと、不敵な――それでいて、幼さもわずかに残る笑顔を浮かべたまま、手にしていた朱色の果物を差し出した。


「無事で何よりッ」

そう言うレオンも、血と泥と汗に汚れていた。

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