【1-33】 遠雷 下

【第1章 登場人物】

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【地図】ヴァナヘイム・ブレギア国境 第2部

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330668554055249

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 帝国暦384年11月14日の朝陽が顔をもたげた頃――対岸の尋常ではない様子が、帝国軍総指揮所に次々ともたらされた。


 空から敵の騎兵が降って来た。


 小覇王が――あのフォラ=カーヴァルが、生きていた。


 ブレギアの馬匹たちは、赤い翼を羽ばたかせて飛んでいる――。



 実際に起こりようはずもない事態・事象が次々と報告され、しかも、対処まで検討されていく。それらは、帝国側がいかに狼狽ろうばいしていたかを物語っていた。


【1-1】 騎翔隊 決戦場へ

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【11月14日5時】ヴァーガル河の戦い イメージ図 ⑦

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【1-2】 全騎 突入

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 戦況の目まぐるしい動きに、帝国総指揮所では、幕僚たちが応対という応対に追われ続け、てんやわんやの参謀同士がぶつかり転倒、資料をぶちまける体たらくである。


 彼らも、敵左翼を始末した先を見越し、索敵を怠っていたわけではなかった。対岸北方に放った偵騎が戻らないこともあり、ブレギア軍中央が左翼加勢の行動を起こしつつあるものと予測も立てていた。


 しかし、実際に左翼に駆け付けた敵援軍の規模と速度は、完全に帝国側の想定を上回るものだった。


 まさか、ブレギア国主直轄軍が最左翼の戦場に現れたばかりか、丸ごと体当たりをかけて来ようとは、誰が想像出来ようか。


「このままでは、対岸の我が軍は総崩れになります……」

「これだから、ヴァナヘイムの投降兵など、役に立たんのだ」

 ミレド少将が前歯を振るわせつぶやくと、ビレー中将は、灰皿を床に向けて力任せに投げつけた。


 てんこ盛りの吸い殻が灰と共に飛び散る。



「……」

 土手から戻ったアトロン老指揮官が足を踏み入れたのは、喧噪・躁狂・狂騒に支配された総指揮所であった。


【1-32】 遠雷 上

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 その挙措の野暮ったさから、アトロンは軍人としての見てくれは冴えない。軍服に泥を付けて戻って来たになど、一瞥いちべつをくれる余裕がある者などいないはずだった。


 ところが不思議なことに、非常時になってこの老人の存在感が増していた。


 ビレーやミレド以下、一同は敬礼して出迎える。アトロンはゆったりと答礼を行う。将校たちが思わず見入ってしまうほど、その挙措は質実であった。


「前線をうかがって参りました」

 老大将のモソモソとした間の抜けた声が、指揮所内を通る。


 の間違いではなかろうか――ビレーは目を白黒させた。


 よく見れば、軍服胸元の勲章だけでなく、白髭にまで泥をつけたままである。泥を落とすよう副官が差し出したのだろう、薄汚れたタオルを首に掛けていた。


 泥まみれでたたずむ総指揮官は、いよいよ農夫そのものであった。不敬ながら、ビレーもミレドも下を向き、そして破顔した。他の幕僚たちも、2人にならった。


 帝国軍の天幕のなかにが咲いた。


 上官の姿を見て笑うとは――不謹慎のそしりを免れないものだろうが、それは陰湿な類のものではなかった。多分に陽気なものであった。



 河向こうの最前線はともかくとして、総指揮所の幕僚たちは、一息入れることができた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


狙ったわけではなく、で幕僚たちの混乱を鎮めてしまったアトロン老将に驚かれた方、🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


アトロンたちが乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「役立てられなかった献策 上」お楽しみに。


金髪の総指揮官・レオンは、本陣でじっとしていなかった。丘上せわしなく馬を行き来させ、双眼鏡を水色の瞳に当てて外しては、土埃あがる眼下の戦場を見て回っていた。


「――シッ!!」

そして、敵――帝国軍全体が浮足立つのを見逃さなかった。それは、1つの生き物のように一斉に落ち着きを失っていた。


彼は、再びサーベルを抜き払う。1度目の時よりも素早く。


そして、朝陽に輝く刀身を高々と掲げ、叫んだ。


「喰い破れえええええェェェェェッッッ!!!」

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