【4-5】 宰相の帰還

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533/episodes/16818023213408306965

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 帝国暦385年10月10日、宰相・キアン=ラヴァーダ率いる一軍が、整然とブレギア首都・ダーナに入城した。


「お帰りなさいませ」

 アニュヴァル、メイヴ、アルレル、クーウル等 留守居の臣下たちが、城門前にて威儀を正して出迎える。銀色の長髪に白き民族衣装を翻して下馬する宰相に、見惚れる思いを抱きながら。


 9月中旬、シイナ軍が撤退した。その後もブレギア領をうかがう様子がなくなったのを見届けると、ラヴァーダも兵を都に戻したわけである。有事の際に備えてボルハン将軍を残して。


【世界地図】 航跡の舞台 ブレギア国編

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16817330667919950277



 ブレギアは麦(春小麦)の収穫時期が迫っている。兵卒を早く故郷に戻さねばならなかった。


 あらかじめラヴァーダが私財を投げうって命じていたとおり、王都の中央広場には銅貨のほか、干し肉の入った革袋が山積みで用意されていた。


 麦の刈入れが終われば厳しい冬が訪れる。遠征に従事した者たちに、少しでも多く持ち帰って欲しいものだ。宰相は戦塵に汚れた頬をこころもち緩めた。



 それにしても城内が静かである。


「若君はどうなされた」

 ラヴァーダは形の良い眉をひそめながら、周辺を見渡す。よもや、またダーナ郊外――沼畔の丸太小屋に隠棲されたわけではあるまい。


【1-4】 閃光粉

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「それが……」

 アニュヴァルは言いにくそうに状況を報告する。



 宰相執務室では、多くの電報紙片が用意されていた。部屋の主は、久方ぶりに自らの椅子に腰かけると、時系列的に一番古いものから手を伸ばしていく。


 ラヴァーダは紙片に素早く目を通していった。この白皙はくせきの宰相は、暗号・地名がすべて頭のなかに入っており、復号帳や地図を片手にしなくても、その内容を即座に読み解くことができる。


 すなわち、ラヴァーダに状況報告をする場合は、いちいち復号や図示する必要がなく、情報漏洩とも無縁なのだ。いつもの光景ながら、クーウルたちは舌を巻く思いで、宰相の様子を見つめている。



 複数の中継局を経由して届いた内容は、数日のタイムラグはあるものの、西方戦線の様子を如実に伝えている。読み進めていくうちに、ラヴァーダの涼しげな目もとに厳しい色合いが強まっていく。


 ヴァーガル河での快勝からウルズ城の陥落まで連戦連勝――若君とその補佐役たちは、よほど気を良くしたものと見られる。


 そして、エルドフリーム城を落としたレオンは、得意の絶頂にあるのだろう。宿将たちの諫言かんげんを聞き入れず、まだヴァナヘイム国内に滞陣しているらしい。


 とりわけ、エルドフリーム奪取は、これまで偉大な父と常に比較され、横暴な叔父に抑圧されてきた若者が、己の力でそれら呪縛から解放されたと同義である。いまはいくさが楽しくて仕方がないに違いない。


【地図】ヴァナヘイム ブレギア国境 航跡 第2部 第4章

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 9月13日、レオンはエルドフリームにとどまらず、さらに軍を南下させ、ブレイザ城を囲んでいる。


 ブレイザ城塞までは渡してはならぬと、さすがに帝国軍も旧都から救援の兵を動かしたようだ。


 ラヴァーダは、その細く長い指でトンツーの記された紙片の先を巻き取る。

 ――若君は、帝国軍との再度の決戦を望んでおられるのか。


 セスル・ルームニル・フォール・クヴァングと、国境周辺の諸豪族が次々とブレギアになびいていた。それら従属した諸城から多くの兵馬が集まっていると、これまでの電報にある。


 膨れ上がったブレギア軍は、ブレイザ城の西――山間わずかに開けた区域に布陣を敷いている。おおかた、ブレギア軍の「当たるところ敵なし」の勢いをもって、帝国の救援軍と平原で雌雄を決しようとしたのだろう。


 しかし、帝国軍の動きは鈍重であり、ブレイザ城城主・グリム=ブレイザはこらえきれず、9月30日ブレギアの軍門に降った。それを見届けるようにして、帝国軍も兵を旧都・ノーアトゥーンへ返してしまっている。



 ブレギア軍は落とした城塞にすぐには入らず、帝国軍の後を追うように西へ20数キロ、と兵馬を進めたあと、ようやくブレイザに戻っている。


 勢いに乗ったレオンが帝国軍との正面決戦にはやり、そしてそれが叶わず落胆している様子が伝わってくるようだ。




「それから、アリアク城塞より、このような知らせも参っておりますが……」

「ほぅ……?」

 留守居のアルレルから差し出されたのは、無電の紙片ではなく通信筒であった。封蝋には、アリアク城塞司令官・ドネガル家の紋章が刻まれている。


 通信筒から手紙を取り出し読み進めていくうちに、ラヴァーダは眩暈めまいを覚えるようになる。本人も気がつかぬうちに、その瞳はすみれ色を失っていた。


 ブレギア領西端の城主からの手紙を読み終えたラヴァーダは、心を落ち着けるのに、しばし黙然とするしかなかった。動けなかった。


 自身の様子がおかしいことに気がついたのだろう、周囲の者たちが呼びかけようとした時だった。ラヴァーダは手もとを狂わせ、銀色の筒を取り落としてしまう。



 金属筒が石床に触れ、甲高い音が室内に響いた。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


麦の刈入れの時期になっても兵馬を収めないのはダメだろうと、レオンを叱りたい方、

アリアク城塞からの手紙の中身が気になる方、

🔖や⭐️評価をお願いいたします

👉👉👉https://kakuyomu.jp/works/16817330657005975533


ラヴァーダたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「越年の出兵」お楽しみに。


レオンとその補佐官等は、降将たちが差し出した兵卒を自軍に組み込み、再編を終えるや、再び旧ヴァナヘイム領に攻め込んだ。


迎撃に出た旧ヴァナヘイム軍は文字通り一蹴されている。


数千単位のブレギア騎兵が真一文字、雄叫びに馬蹄を響かせ突進してくる様は恐怖でしかない――旧ヴァ兵は散り散りになってしまったようだ。

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