これ恋 紫サイド



 両親に期待するのを止めたのはいつだったっけ。望むものを提供してやるから、好きにさせろと言ったのは、進学校の中学受験をわざと失敗した時だったな。


 散々言い争いをして、両親が出した要望は全国模試十位以内のキープと、ダンスは学生のうちに結果を出せなかったら辞めること。

 それに対して俺が言ったのは、十位以内にいる間は俺のダンスの邪魔じゃまをしないでくれ、ダンスに関する費用を出して欲しいだった。


 ダンスをやるのだって無料ただじゃない。最低限の費用にするつもりだが、大会に出るのだって移動費やら参加費がかかる。四月から中学生になる俺に金をかせぐ手段はなく、あったとしてもバイトをしている余裕はない。


 両親はしぶしぶ費用を出してくれると約束してくれた。どうせ叶うわけがない、という余計な言葉のおまけ付きで。



 両親から半ば無理矢理ダンスをする許可をもらった俺が次にやったのは、ダンスチームを探すことだった。

 なぜ、ダンス教室ではなくチームかと言うと、俺にダンスを教えてくれてた近所の兄ちゃん師匠が「ダンスは一人でもできるけど、仲間としか見れない景色がある」と口ぐせのように言っていたから。


 だが、ダンスチームを探す方法が分からない。俺はずっと両親に隠れて師匠にダンスを教わってて、その師匠は俺が小学校を卒業するタイミングでアメリカへと行ってしまった。向こうで腕をみがくのだと笑っていた姿は俺の憧れだ。


 パソコンからメールでチームに所属したいことを師匠に相談したら、すっげー喜んで、知ってるストリートダンスチームを紹介しようとしてくれたが断った。自分の力で入れてもらえなければ意味はない。

 けれど、あてがないので師匠に何チームかおすすめを教えてもらった。


 そして、Reーbertéリベルテに出会った。見た瞬間、このチームしかないと思った。何回も通い、頼み、ようやく認めてもらえるのに一月かかった。

 リーダーの雄大さんから「本当に俺たちとやりたいのか熱意が見たかったんだよ」と言われた時、過去に何かあったんだなって思った。どこか寂しそうな目をしていたから。


 リベルテに入ってからは、本当に毎日ダンスが楽しかった。新しい発見の毎日で、人と踊ることの楽しさを、仲間がいることの喜びを知った。


 学校なんか行ってるひまはないからオンラインで学びたいと言えば、母さんが喜んですぐにオンラインの家庭教師を手配してくれた。


 そんな俺の生活がガラリと変わる出会いがあるなんて思ってもいなかったんだ。



 

 最初その女の子が俺の視界に入った時、雄大ゆうだいさんの追っかけだと思った。追い払ってやろうとしたら、まさかの雄大さんの妹。

 分かるわけがない。雰囲気も顔も全然似ていないのだから。

 

 気まずくて仕方がなかったが、雄大さんの妹なら仲よくしねーと……と思って握手あくしゅをしようとしたら、無視された。

 それでも俺はめげなかった。リベルテは俺のたった一つの居場所だ。失いたくない。


「なぁ、理央は何が得意なんだ? ヒップホップ? それとも──」

「私、天宮が思ってるようなことできないから」


 冷たい視線を向けられ、負けてたまるか! ともっと話そうとしたが、集まったリベルテのメンバーが理央に親しげに話しかけたことでチャンスは来ない。

 俺がリベルテのメンバーに入れてもらえたのが五ヶ月前。それから一度も姿を見てないのに、何でそんなに仲が良いんだよ……。


「理央っていつも来てるんじゃないよな? それなのに、何でこんなに歓迎かんげいされてるんだ?」


 思わず言ってしまった言葉は不機嫌さが隠せなかった。そんな俺を雄大さんがフォローしてくれた。

 軽い自己嫌悪におちいるが、落ち込んでいる暇はなかった。雄大さんが通しでダンスをすると言ったから。


 雄大さんのかけ声で音楽が流れる。


 一回目を通して踊り、二回目は理央がちょこちょこ音楽を止めてアドバイスをしていく。

 なんで理央が? と思ったが、まぁ俺には関係ない。嫌われてるし。


 そう思っていた時──。


「天宮、そこのターンの時にもう少しひざを曲げて重心を下げて。そう、それで右肩をもっとこう内側に入れる感じを意識して」


 理央は俺へと話しかけた。リベルテのメンバーとして俺を認めてなかったんじゃないのか? 疑問に思いながらも踊る。

 他のメンバーと同じようにもらったアドバイスを体に覚え込ませていく。


 もう一度通しで踊ったあとに見せてもらった動画。それは感動以外の何ものでもなかった。こんなにも短時間で変わるなんて信じられなかった。


「なぁ、理央の目には世界がどんな風に見えてるんだろうな! 一度、理央になって見てみたい!!」


 そう言うと、理央は瞳を伏せて顔をゆがめた。


「……そんなに私なんていいもんじゃないけどね」


 小さな声だけど聞こえてしまったそれは、俺にはきっと聞かれたくない言葉だと思って、聞こえない振りをした。

 けど、暗い表情が気になって、俺は理央をダンスに誘った。俺にできるのってダンスしかないから。でも、理央から返って来たのは拒絶きょぜつ


「私は走れないし、ジャンプもできないから」


 俺は理央の「私、天宮が思ってるようなことできないから」と言った言葉の意味を知った。めんどうくさそうな振りをして、自分が傷つかないように本心を隠して話す姿が悲しかった。


 理央はこんなにすごいのに。自分の状況に泣くんじゃなくて、最大をつくして生きているのに。にくかった。理央に心を閉ざすきっかけを作った、会ったこともない人たちが。


 だから伝えた。今の理央にできる最大をやってるんだって。


「だって、普通はそんな風に言ってくれない」

「普通が何かは知らねーけど……。別に理央はかわいそうでもないし、特別でもないと思うけどな。あっ、でも理央の目は特別だ」


 そう言えば、泣き笑いみたいな顔をするから、俺が全てから守りたいなんてがらにもないことを思ってしまった。理央は絶対にそんなことを望まないはずなのに。



「お兄ちゃん、どこかに椅子いすってあるかな?」


 急に理央はそう言うと、圭吾さんが走って取りに行った。そして──。


「あま……。ゆかり、今の私の最大を見せてあげる」


 自信ありげに笑った理央のひとみれていた。それでも、理央はやると決めたらしい。



 ドンっという低い音を合図に理央は踊った。


 かっこよくて、キレイで、勇ましくて、切なくて、激しくて、悲しかった。


 理央のダンスは物語だった。ヒップホップとはまた違ったダンス。理央がたましいを込めて踊ったダンスは、まぶしくて、目が離せなかった。


 戦う男の姿に、俺が夢に挑むことと重なって泣きたくなる。


 理央のことを知りたいと思った。俺のことを知って欲しいと思った。支えたいと思うと同時に、支えて欲しいと思った。一緒に生きていきたいと思った。ダンスの中の二人のように共に生きたいと──。


 理央のことをすげーだろって自慢したくて仕方がないのに、誰にも見せたくない。そんな気持ち、独占欲の他につける名前を俺は知らない。



 あぁ、俺は理央のことが──。



「理央っっ!!」


 気がつけば、足が動いていた。


「……ゆかり?」


 そう呼ぶ理央の声までも愛しくて、抱きしめた。

 離したくない。離れたくない。


 俺は抱きしめた理央の頭をそっと離し、俺よりも小さな手を握る。


「俺と結婚してくれ」


 自然と口から出た言葉。俺は理央に落ちたのだ。きっと、この気持ちは止まらないだろう。

 

「えっと、何の冗談じょうだん?」


 そう聞いてくる理央の顔が赤い。その姿に愛しさが増していく。


「冗談なんかじゃない。好きなんだ。理央のことが」


 好きだと伝えた俺の気持ちを恋愛と感動を勘違いしたのだと理央は言う。


 まぁ、いきなりだったからな。仕方ない。だが、あきらめる気はない。

 理央に嫌われたとしても、隣にいるのをあきらめられない。


「俺から見た理央は、前を向く強さがあるのに、自分なんかってしてしまう弱さがある。口は悪いのに、繊細せんさいなところがあって心配になる。俺は理央を支えたいし、支えてもらいたい。理央のとなりにいるのが、他のヤツじゃ嫌なんだよ。それに、理央と話すだけでこんなにどきどきする。これが恋じゃないなら、何なんだ?」


 素直な気持ちを伝えて、理央の手を俺の胸へと持っていく。俺に触れている理央の手はふるえていた。


「何なんだ? って言われても分かんないよ。私、まだ紫のこと全然知らないし」

「じゃあ、これから知っていけばいい」


 そう言うと、理央は俺から目をそらした。首まで赤く染まっていて、俺を意識しているのだと思うと嬉しかった。好きが積もっていく。


「今にみてろ、絶対に俺のことを好きにさせてやるからな」


 俺は理央に宣戦布告をする。そして、俺の生活は大きく変わっていった。

 もちろん、良い方向に。



 

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