第3話
えっ、俺と結婚して……くれ?
「えっと、何の
そう聞きながらも、どくんどくんと心臓が速くなる。きっとそれは、
「冗談なんかじゃない。好きなんだ。理央のことが」
待ってよ。出会ったばっかりだよ? そんなことってあり得るの? ……もしかして、私のダンスが好きって気持ちを
そう考えれば、今のプロポーズの理由も分かる気がしなくもない。きっと、すごく紫の心に刺さるダンスができたんだろう。
「もう、紫ったら何言ってんの? そんなにダンスが良かった? ありがとね。でも、恋愛と感動を
へらり、と笑いながら紫の手を離せば怖い顔をされた。何なのよ、本当に。
「確かに、理央のダンスはすごかった。俺にはあんなにストーリー性のあるものはできないし、感情豊かに踊れない。そこにホレたのもある。だけど、ダンスにだけじゃない」
えっ……? ダンスだけじゃない? だって、そんなわけない。私はみんなと同じに動けないから足手まといだし、性格だって良くない。
そんな私を好きになってもらえるはずない。
「俺から見た理央は、前を向く強さがあるのに、自分なんかってしてしまう弱さがある。口は悪いのに、
そう言った紫は、私の手を紫の胸へと持っていく。
ドッドッドッドッドッ──。
紫の心臓はびっくりするくらい速い。
「何なんだ? って言われても分かんないよ。私、まだ紫のこと全然知らないし」
「じゃあ、これから知っていけばいい」
なっ、何でこんなに強気なの? うぅ、どうしたら……。
「あのさ、お取り込み中のところ悪いんだけど、ここ公共の場だからな? それと、妹を目の前で
……公共の場? 目の前で口説かれてる?
「────っっ!?」
「えっ、仕方なくないですか? ここで俺が言わなきゃ、別の男に口説かれるでしょ? 俺、そんなの見たくねーっすよ」
「いや、この場でそれは普通やらないだろ」
「えー、俺ならやりますけどね。ってか、やりましたけどね」
目の前で話してる二人の言葉が上手く頭に入ってこない。周りからの視線も気になる。みんな見て見ぬふりしてくれてるけど、絶対に聞かれてた。
これって世に言う公開告白ってやつじゃん。
「だって、こんなにかっこよくて、可愛いんですよ? いつ彼氏ができてもおかしくな……。理央、彼氏いるのか?」
「いない……。いないけど、それ今聞くわけ?」
「仕方ないだろ。気持ちが押さえられなかったんだから。でもそっか。彼氏いないのか。安心した」
本当に、本当に色々と言いたいことあるんだけど、そんな風にうれしそうに笑われたら、何も言えなくなる。
素の私を好きだって告白されたことなんかもちろんなくて。
私なんかを受け入れてくれたうれしさと恥ずかしさでぐちゃぐちゃで……。どうにかなっちゃいそう。
「あの、ゆか──」
「あっ、そう言えばさっき全然俺のこと知らないって言ってたけど、何か知りたいことある?」
まとまらない頭で発した言葉は何を言いたかったのか。誰にも届くことがなかった言葉の続きを私は知らない。
「いきなり言われても……」
うそだ。聞きたいことはある。
何で学校来ないの? って。もしかしたら、同じ名前の別人かもしれないけど。
「うーん。じゃあ、自己紹介するか」
私が何も言えなかったからだろう。紫は話し始めた。
「天宮 紫、十三才。プロダンサー志望。
「ちょっと待った!」
やっぱり、私の後ろの席の天宮 紫なわけ? 一年生が始まって半年経つけど、一回も来てないのに何でそんなに堂々と言うの!?
「何? なんでも聞いていいぞ」
もうさぁ、そんなに嬉しそうにしないでよ。しっぽが見える! 紫の背中からぶんぶんとうれしそうに動くしっぽの幻覚が見えるんだけど!
でも、どんなにうれしそうでも簡単には聞けないよ。だって、デリケートな問題でしょ? 違うの? 違わないよね!?
「うーん。ここで止められるってことは、学校のことか……。ん? もしかして理央って
「うん。えっと……同じ一年生」
「うわっ! ちゃんと通っときゃ良かった」
「ふはっ、あはははは……」
大げさなくらいに肩を落とした紫が、おかしくて笑っちゃう。勝手に悪い方に想像して気をつかってたのがバカみたい。
紫との時間が楽しくて、この時の私はどうかしてたんだ。自分が学校でどう振る
「しかも、紫は私の後ろの席なんだから」
「理央の後ろ?」
紫はひざからくずれ落ち、ぶつぶつと何かを言っている。私はパイプいすから立ち上がり、そんな紫の近くにゆっくりと歩いて並ぶ。そして、紫がしてくれていたみたいに隣にしゃがむ。
「紫が来てくれたら、楽しいんだろうなぁ」
「行く! 明日から行く!」
「明日は休みだけど?」
くすくすと笑いながら言えば、耳を赤く染めた紫ににらまれる。だけど、全然怖くない。
「今にみてろ、絶対に俺のことを好きにさせてやるからな」
どこか自信満々の笑みに、ドクン……と心臓が大きく跳ねた。
月曜日。
「理央、おはよう。一緒に行こうぜ」
そう言って、当たり前のように家の前で待ち
「ちょっと……! 自分で持てるから、返して」
「好きな女の荷物を俺が持ちたいだけだよ。理央が持てないだなんて思ってないし。あー、
「なっ……」
恥ずかしくって、言葉も出ない。それに、何で私の手をにぎってるの?
「紫。手……」
「つなぎたいんだけど、ダメか?」
紫が首を傾げれば、色素の薄い
「それ……」
「うん?」
「紫がひとりで踊ってたやつだよね?」
「そう。今度の大会でこの曲を踊るんだ」
ゆっくりと、当たり前のように私のペースに合わせて紫は歩いてくれる。それが、くすぐったくてうれしい。
けど、いつまでも浮かれてたらダメ。誰かに見られる前にちゃんと言っておかないと。
「紫の知ってる私と、学校の私は別人だけどびっくりしないでね」
「は? どういう意味?」
紫の質問には答えずに私は笑い、手を離す。
「かばん、ありがと。またあとでね」
そう言って、私はいつもの学校での私になる。病弱で、おとなしい、みんなが求める私の姿に。
「理央、どうしたんだよ?」
「どうしたって? ふふっ、天宮くんっておもしろいね」
私を見て紫が目を見開いた。そりゃそうだろう、学校ではねこを
「理由はわかんないけど、何かわかった。それが理央にとっては必要なんだもんな?」
にこりと
「理央、好きだよ」
私の手を引き、紫は学校へと再び歩き始める。
「天宮くん、はなして……」
「やだ。俺は絶対に理央の味方だから、そんなに泣きそうな顔すんなよ」
泣きそうな顔なんてしてない。そんな感情はとっくに捨てた。それでも、じんわりとあたたかい気持ちになるのは何でだろう。
このあと、クラスメイトからは質問攻めに合うし、私と紫のうわさはあっという間に広がった。
こうして、紫に振り回されっぱなしの生活が始まった。
「理央、好きだよ」
って、ささやかれる日々が──。
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