第2話 


 踊り終え、一回目と二回目のダンスを見比べるためにみんなが私の周りに集まってくる。

 

「ねぇ。なんでまた天宮が隣に座ってんのよ」

「いいじゃん、別に。仲良くしようぜ、理央」

「だから、名前で呼ばないでってば」

「俺のことはゆかりでいいぞ」

「絶対、呼ばないから」


 本当に、何でこんなに距離感近いの? 出会ったら友達で、話したら兄弟タイプでもあるまいし。

 ……めんどくさい。どうせ、すぐに私のことなんて邪魔じゃまになるくせに。もう放っておこう。


 私はリベルテのみんなが見れるようにアプリのグループで動画を共有する。だけど、そこに天宮はいない。


「俺、スマホ持ってなくてさ。理央の見せてよ」

「えっ、他の人から見せてもらえばいいじゃん」

 

 あからさまに嫌そうにしても天宮は気にした様子もない。メンタル強すぎじゃない?


「理央、見せてやってくれ。頼むよ」

「……わかった」


 抵抗ていこうしたかったけど、無言の笑みを向けてくるお兄ちゃんに逆らう勇気はない。お兄ちゃんは静かに怒ると怖いのだ。たぶん、私の天宮への態度も本当は注意したいのだろう。


 ため息をはくのを我慢して、仕方なしに2つの動画を天宮と見る。


 うん、やっぱり二回目の方がいいな。まだ改善点もあるけど、全然違う。今回もしっかり役目が果たせたことに小さく息をはく。


 良かった。これでまだここにいられる。役に立ててる間は仲間に入れてもらえる。なんて、ほっとしていれば天宮からスマホを奪われた。


「嘘だろ! すげーー!!」


 目をキラキラさせて喜ぶ天宮がまぶしい。そして、そんなに喜んでもらえたことが、私がここにいても良いのだと安心させてくれる。


「なぁ、理央の目には世界がどんな風に見えてるんだろうな! 一度、理央になって見てみたい!!」

「……そんなに私なんていいもんじゃないけどね」

「ん?」


 思わず言ってしまった言葉は、興奮しながら動画を繰り返し見ている天宮には届かなかったみたいだ。

 何であんなことを言ってしまったんだろう。言ったところでどうにかなる問題でもないのに。


「なぁ、理央も一緒にダンスしようぜ」

「無理」

「何でだよ。これだけ見れるんだから、踊れるんだろ?」

「私は走れないし、ジャンプもできないから」


 あぁ、またこれか。説明したら、どうせあやまられるんだろうな。めんどうくさくって、本当に同い年くらいの子ってイヤ。


「私、生まれつき心臓が弱いから、天宮たちと同じにはできない」

「……同じにはってことは、違う形でならダンスできるのか?」


 はい? そこ……なの? 普通はもっと気まずそうな顔するし、謝ってくるし、かわいそうな子って同情してくるのに。


「気になるとこ、そこなの?」

「そこ以外に何があんだよ。だって、理央はもう今の自分を受け入れてるんだろ?」

「うん。そうだけど……」

「まだ会ってちょっとだけど、理央は自分にできる最大をやってるように俺には見える。もしかして、心配して欲しかったのか?」


 ちがう、と首を振りながらも、私はおどろきを隠せなかった。


「だって、普通はそんな風に言ってくれない」

「普通が何かは知らねーけど……。別に理央はかわいそうでもないし、特別でもないと思うけどな。あっ、でも理央の目は特別だ」


 そう言って、天宮は笑う。泣きたくなんかない。それなのに、泣きたくなった。

 今まで誰もそう言ってくれたことはなかった。

 同じだと思って欲しかったわけじゃない。だけど、私をみんなと『違う』と最初から決めつけないで欲しかった。

 確かに同じにはできないかもだけど、同じ学校という閉ざされた世界にいるのだから。ひとりだけ別物にされるのは苦しい。


「お兄ちゃん、どこかに椅子いすってあるかな?」

「俺、車にあるから取ってくる!」


 お兄ちゃんが反応する前に、圭吾けいごさんが目の前を走り去っていく。


「えっ?」


 何であんなにはりきってるの? しかも、車に積んであるって……。椅子っていつも車に積んでおくものなの?


「圭吾は、理央ちゃんのファンなんだよ。いつでも理央ちゃんがダンスできるようにパイプ椅子を積んでるんだってさ。しかも、パイプ椅子わざわざ買ったっていうガチっぷり」


 優しい雰囲気ふんいき伊織いおりさんがクスクスと笑いながら教えてくれる。何だか、とても楽しそう。


「まぁ、そういう俺も理央ちゃんのファンなんだけどね。久々に見れるなんてうれしいよ」

「伊織さんは、口がうまいからなぁ」


 いつもだったら素直すなおに受け取れない言葉も、今はうれしく思える。これはきっと天宮のおかげだ。

 圭吾さんが走って持ってきてくれたパイプ椅子。人前で踊るのは久々で、何だかちょっと緊張する。それでも──。


「あま……。ゆかり、今の私の最大を見せてあげる」


 自信ありそうに見えるよう、私は笑う。本当は自信なんてない。だけど、どんなダンスでもきっと紫は笑わない。

 今の私にできる最高のパフォーマンスを紫に見て欲しい。


 私はゆっくりとパイプ椅子に足を開いて座り、どんな風に踊ろうか……と考える。ダンスナンバーは、リベルテのみんなと同じ曲だ。



 私は生まれつき心臓が弱かった。手術をしなくてはいけないほどではなかったけれど、薬はかさず飲まなきゃいけないし、みんなと同じには遊べなかった。

 走ることもできなければ、当然ダンスも同じようにはできない。心臓に病気があるから、体もみんなより小さくて、守られる立場から抜け出せない。


 だけど、みんなと同じにはできないけど、私には私なりのやり方ができた。同じようにステップは踏めないけど、ジャンプもターンもできないけど、それでも踊れる。

 特別な目は、座ってやるダンスへも最大限魅力的みりょくてきにできるやり方を映してくれた。


 きっと、みんなと同じやり方では見ていて物足りないものになるだろう。だから、ストーリー性も持たせよう。

 

 さぁ、私のショータイムだ。



 ドンっという低い音を合図に私は踊る。


 パイプ椅子が私のショーステージ。みんなみたいに広々と踊ることはできない。

 だから、より大きく見えるよう、座ったままなんて感じさせないように。頭のてっぺんから指先まで、表情や雰囲気ふんいき、全てで作り上げるのだ。

 ここは私だけが表現する世界。ダンサーが変われば同じにはならない。きっと明日の私も同じようには踊れない。今しかできないダンスだ。


 私は、大きく手を振り上げ拳を突き上げた。これから戦が始まるのだ。そして、ゆらりと剣をさやから抜いて切りつけた。相手の剣を避ける時は、時に小さく、時に体を大きく反らして踊る。

 負けるわけにはいかない。家には妻が待っているのだ。負けるわけにはいかない。居場所を守るために。そんな気持ちを込める。


 曲調が激しいものからゆるやかなものに変われば、夫の帰りを待つ若い妻へと姿を変える。

 顔をおおい、だらりと前屈まえかがみになる。頭を抱え、振り乱す。なげきを、祈りを。揺れる感情を指先から足先まで使って表現していく。

 悲しい、悲しい、悲しい……。戦をしなくてはならないことが。夫がここにいないことが。どうか無事に帰ってきて。他には何も望まないから。


 妻の想いを乗せたままダンスは終盤しゅうばんへと向かう。再び激しくなった音楽に合わせて、喜びで足も踊り出す。座ったままステップを踏み、足を上げ、手を差しのべて抱きしめる。

 帰ってきたのだ。愛しいあの人が。帰ってきたのだ。愛しい日常が。


 私は『戦う男と見送る若い妻』その二人の戦いを、想いを音楽に合わせて勇ましく、切なく、激しく、悲しげに表現した。

 そして、何よりも共にいられる喜びをダンスを通して語ったのだ。



 音楽は終わりを告げると同時にわぁっ! と歓声かんせい拍手はくしゅひびく。


「えっ、いつの間にこんなに?」


 目の前には人、人、人……。たくさんのダンサーとダンスを見に来ていた人たちであふれている。


「理央っっ!!」

「……ゆかり?」


 走ってきた紫に抱きしめられる。


 えっと……、何で? えっ? 何で私は紫に頭を抱きしめられてるの? 


 固まってしまった私に気が付かない紫は、そっと離れると今度は私の手を取ってしゃがんだ。その目には熱がこもっている。


「俺と結婚してくれ」

 

 

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